人形姫・09
それから、目まぐるしく日々は流れ、数え切れないほどの出来事があった。
暁は人柱力を本格的に集め始め、ナルトも狙われる存在となっていた。
同期のアスマの死、父を仇に思っていたチヨバア様の死に様。
そして、自来也の死は、ナルトをはじめ多くの人々の胸に悲しみを落とし込んだ。
ナルトが、隔離の意味も含め仙術の修行に旅立ってからのこと。里は暁の襲撃に遭い、壊滅状態に陥っていた。
目の前で訳もわからず失われていく命。悲しんでいる暇もない。カカシは、自分に出来る最善の策だけを落ち着いて考えていた。
だが、策は尽きていた。カカシは瓦礫に埋もれながら、男と対峙している。視界の傍らにはチョウザが横たわっている。
男の黒い外套には赤い雲の模様。
それを見て、名前を元の世界に帰して良かったと初めて思った。こんな奴らに名前を利用されなくて本当に良かった、と。
今迄の敵とは次元が違う。影分身に万華鏡写輪眼、チャクラを使い果たしカカシには命の底が見えていた。それでも、それでも自分が生まれ育ち、名前が大好きだと言ってくれたこの里を守りたい。大切なこの里を守りたい。
チョージに敵の情報を握らせ、綱手様のもとへ行くように命令する。暁は走り出すチョージを狙い攻撃を加える。カカシはなけなしのチャクラを左目の写輪眼に集めた。
俺に出来ることはただひとつ。
名前、約束果たせないみたいだよ、ごめん。
暗い闇の中に立っていた。
仄か向こうにオレンジの煌めきが見えて、カカシは吸い込まれるように歩みを進めた。揺れる光は焚き火の炎だった。その火を絶やさないように、長髪を後ろで束ねた男が枝を足す。
カカシはその後ろ姿を見て、ああ、自分は死んだのだと理解した。男の隣に腰を下ろすと、男は穏やかな表情で口を開いた。
「久しぶりだな」
まだカカシが子供だった頃に自害した父親だった。
「そんな若さでここに来るなんて」
「良いんだ、里を守る為だった」
「そうか」
サクモは火に小枝を足した。不思議なことに、炎は冷たくも熱くもない。
「話を聞かせてくれないか?」
「長くなるけど」
「ああ、時間はたっぷりある」
「あのね、父さん」
カカシは、父親がいなくなってからのことを正直に話した。上忍になってからのこと、暗部に入ってからのこと、仲間を四代目を失ったこと、可愛い教え子達が出来たこと、それから。
「それから、大切な女性も出来た」
「そうか」
「名前って言う子でね。普段は優しくて抜けてて、危なっかしいんだけど、俺よりも強い所が沢山ある人で……」
「お前も俺と同じ趣味だったんだな」
「そうなの?」
「母さんも実は抜けてたからな」
サクモもカカシも、互いに火を見つめながら話をしていた。心に掛かる負荷を数値化すると、配偶者の死がこの世で最も高いらしい。状況は違えど、母に会えない父の心を想像するとカカシの胸は勝手に痛んだ。
「あ」
「どうした?」
「写真持ってた」
カカシは腰のポーチから、名前の写真を取り出した。この写真をカカシは名前がいなくなってからの長い時間、幾度となく見返しては思い出に慰められる日々だった。
またこの笑顔を向けられたら、あの手で自分の手を握ってくれたのなら、この身が灰になってしまうほどに喜びに燃えてしまうだろう。
「彼女を残して、カカシも心残りだろう」
「それは、そうだね。でも、名前は違う世界の人間なんだ。だからきっと大丈夫」
「まさか、お姫様なのか?」
「ま、そんな感じの子ではあるんだけど」
カカシは、名前のことも正直に話した。出会った時のこと、それからの幸せな3年間。
「カカシと付き合える女の子が居るだろうかと思っていたが、ちゃんと見つけられたんだな」
「……はは、まあね」
小枝はパチパチと音を立てる。二つの影がゆらゆら揺れる。
「俺は父さんを凄いと思うよ」
「…………」
「名前が死んだら、きっと俺は行きていけない。大切な母さんが死んでからも、父さんは俺を育ててくれた」
「何も、俺は父親らしいことは出来なかった」
「いいや、こうして大切な人を見つけて、この歳まで生きて来られた。それは父さんのお陰だよ」
きっと、サクモが生きていたのならこんなこと言えなかったに違いない。離れてみて分かる、離れても感じる存在の大きさ。離れなければ分からないなんて、何と昔の自分は愚かだったのか。
「俺は、父さんを誇りに思うよ」
その時だった。
カカシの身体に光が注ぐ。その光に細胞ひとつひとつが吸い込まれるような柔らかな感覚に陥った。
「やはり、ここに来るのは早すぎみたいだな。次会う時は、その名前さんもな、母さんと一緒に待ってるよ」
「うん。本当に可愛いから覚悟しといてよ」
カカシが微笑んで、サクモも笑った。
「父さん、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
体が光に包まれて、カカシは目を覚ます。
目の前には瓦礫の山と化した里が広がっていた。
周りの人々が口々に良かったと嗚咽を漏らしていた。やはり自分は生き返ったのだと。
チョージから、ナルトがたった1人で敵の下へ向かったことを教えられ、カカシの足はただナルトの場所へと向かっていた。
戦い終わったナルトを背負い、里の人達が今か今かと待つ場所へと向かう。里の英雄だと、担ぎ挙げられる様子にカカシは自分をとっくに超えた教え子を誇りに思った。
名前にも見せたかったな。
隣で笑いながら涙を流すイルカを見下ろし、カカシも三日月のように目を細めた。
ー74ー
[
back]