人形姫・06




復帰して慌ただしく毎日が過ぎ、体も生活に馴染んで来た。

このご時世、舞妓の数も少ない上に長い眠りから目覚めた舞妓だと珍しがり、ひっきりなしに呼ばれていた。休日を最低限にしてお座敷に精を出す毎日だった。
始めこそ疲れて置屋での食事中に、頭がコクリコくりと船を漕ぐこともあったが、なんとか体も心も落ち着いてきた。

そんな中の貴重な休日に、名前はお母さんとお茶菓子を楽しんでいた。せっかくだから外で美味しいものを食べようかと提案されたが、外に出ても今の名前には追っ掛けを気にしないほどの余裕は持ち合わせていなかった。お母さんもそれを理解して、無理に名前を外に出そうとはしなかった。

お茶を啜りながらお母さんは、そうそうと思い出したように口を開く。

「あのね、踊りも作法も頑張ってくれてるからね、あと半年で襟替えをしようと思うの」
「へえ、珠藤頑張ってるものね」
「違うわよ、花風のことよ」
「へ?私、まだ復帰して半年だよ?」

お母さんは、お茶を啜りほっと一息ついた。

「顔も大人びて来てるし、舞妓で居られるのもあと少し。協会の方も名前の頑張りを認めてくれてるのよ。来年襟替えすれば、空白があるとは言え4年の修行期間になるし充分だわ」
「あ、ありがとう……ございます」
「決めるのは貴女だから、ゆっくり半年考えて頂戴ね」
「はい」

襟替えとは、舞妓が芸妓になる、一人前になる証。ここで引退する舞妓もいれば、芸妓として独り立ちする者もいる。
木ノ葉から離れて1年が気付けば経っていた。リハビリ期間を経て、お稽古とお座敷の往復する毎日。ただただ慌ただしく寂しがる暇さえもなかった。とにかく忙しさがそれを忘れさせてくれた。

それが良かったのかどうなのかも分からない。

しかし、確かにひとつ言えることは木ノ葉で生活する前と後では毎日への心持ちが違うと言う事だ。
当時は目の前の稽古や仕事をただこなしていただけの毎日だったが、今はちゃんと日々を粗末にしないようにと心掛けている。明日生きられることがどんなに素晴らしいことか、里の人達が教えてくれたことだ。

昼には稽古に、夜にはお座敷に赴く生活をしていると、ゆったりとした木ノ葉での生活が夏休みのように儚く美しい思い出のようになっていた。
カカシに会いたいと、ひとりになると心の声が唇から零れてしまう。どの飛行機に乗ったって、カカシに会えないのだと思うと大きな岩のように現実がのしかかった。

その度に思うのだ、自分が向こうの世界に生まれていたらどんなに良かっただろうと。カカシと同じ世界で生まれ、同じ常識を持ち、周りの人と同じチャクラを持つ体を持っていたのなら。万が一、この世界に飛ばされてしまったとしても修行を重ねて世界を行き来できる忍術を身に付けることが出来たのかもしれない。

そう考えると、あまりにも自分が無力で解決策を生み出すことさえ出来ない絶望感に打ちひしがれる。だから、積極的にカカシのことは考えないように努めていた。

そうしないと、押し潰されてしまいそうで怖かった。



ー71ー

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