人形姫・08




敵襲は暗部が調べることとなり、名前は別の病室に移っていた。
あの日から、既に1週間が経っていた。

今回のせいで名前が大蛇丸と暁から狙われていることが、里の上層部にまで届いてしまった。上層部がどんな反応をするか分からないが、綱手は案ずるなと言ってくれた。

サクラが、植物状態の人間には外部からの刺激が効くらしいと調べてくれて、カカシは名前の腕を擦ったり手を揉んだり、声を掛けたりしていた。とは言え、名前に腕枕をしたり抱き締めたり、キスをしたりしていたから、結局は今迄とやっていることは変わりない。
名前が倒れてから、カカシは里の近くの任務はこなしていたものの、敵襲があってからは作戦や小隊編成を組んだりして病室から出ることはなかった。

「名前、ま、安心してよ。俺の後輩がちゃんとやってくれてるからさ。にしても、名前が言ってたバケモノ……」

カカシの脳裏に、あの時の光景が浮かび上がる。おびただしい量の髪の毛で構成されたバケモノ。音の忍は命を落としていたが雷切による外傷はなく、あのバケモノによって殺されたのだろうと結論付けられていた。

「確かに、あれは怖いよね」

かつて名前がこの世界にくる前に襲われたと言っていた。
その記憶が怖くて、まだ付き合ってもいない頃に何度か一緒に寝てほしいと頼まれたこともあった。名前自身はすぐに気を失い詳細を覚えてはいないと言っていた。それが本当ならば幸いだ。
写輪眼で見えたバケモノは、複数の色の違うチャクラが混じり合いバケモノ自身での制御が利かなくなっているようだった。それ故に、チャクラを求めてあの男のチャクラを吸い尽くしてしまったのだろう。
人の髪には念が籠もりやすい。だから、チャクラの見えない名前は髪の毛を狙われたのだろう。

「もうバケモノはいないから安心して」

カカシは話し掛け、名前の髪を整えてやる。
すると、病室のドアが少し開き、コンコンとドアが叩かれる。カカシが見遣れば、綱手がその隙間からスルリと体を滑り込ませた。

「名前はどうだ?」
「綱手様。特に変わりありません」
「そうか」

綱手は、ひとつ大きな溜息を吐いた後、名前の枕元に腰を預けた。

「寝顔ばかりじゃ飽きてきたぞ、名前」

名前の額にチャクラを流し込みながら綱手が呟く。毎日の綱手の治療のお陰で名前の顔色は良くなり、呼吸も安定していた。ぱっと見ではただ寝ているだけのようだ。あの日、色を失った唇は今でも忘れられない。

「悪いがカカシ、任務に行ってくれないか。ガイに頼んだんだが、名前への三度目のお千度参りが終わるまでは無理だと言い張りだすんだよ。だからと言って、お前に頼むと本末転倒な気もするが……」
「……分かりました」
「助かるよ」

治療を終えた綱手は羽織を翻し、病室から出ていった。綱手の気配が完全に離れたのを確認すると、カカシは溜め息をついた。昨日のことがあって、離れるなんて恐ろしくて出来やしない。だが、任務なのだから仕方ない。

「ごめんね、名前。任務に行くから留守にするよ」

名前の前髪を撫でながら、再び溜め息を漏らす。こんな可愛い名前を置いて行くなんて、たとえ名前が健康だったとしても辛い。カカシは猫背を更に落とし、また溜め息を漏らした。

「……や……」

カカシは息を呑んだ。

小さくだが確かに聞こえた。

「名前?」

カカシは小さな吐息も漏らさぬように、その口元に耳を寄せる。自分の息さえも煩わしく感じ、ぐっと息を止める。

「名前、どうした?」

唇の僅かな震えさえも見逃さぬようにじっと目を凝らす。唇がほんの微かに震え、小さな歯の間から細く息が漏れる。名前の手を握り、カカシは固唾を呑んだ。

「……や、だ」

虫の羽音よりも小さな声だったが、確かに名前の唇から出たものだ。

「名前……」

両手で頬を包み込みながら、カカシはもう一度名前の名前を呼ぶ。指先に微かに感じる頬の筋肉の揺らぎ。睫毛が瞬くように震え、その間から透き通る黒い瞳。少しずつそれは姿を現し、鏡のようにカカシを映した。

名前の瞳に映る自分の顔。笑ってしまうほど情けない顔だったが、カカシはそんなの気にもならない。

「名前、良かった……」

通常の7割ほどしか開いていない瞳がキョロキョロと周りを見渡し、カカシに戻る。状況が理解できないのか、それとも、予想したくはないが記憶がないのか。カカシは前者であってくれと願いながら名前を見詰める。
名前は穴があくかと思うほど見詰めるカカシを見詰め返し、3回不規則に瞬きをした。

「カ……カカシ?」

どうしたの?名前が尋ねる。カカシは息も忘れてしたことを思い出し、やっと息を吐いて吸い直した。

「良かった……」

答えになっていないのに、名前も良かった……と返事をする。
カカシはマスクを下ろすのも忘れ、名前の唇に触れた。

「あ、ごめん」

名前は唇の端だけで笑い、再びカカシの唇を受け入れた。今度は素肌のままで。しつこいと怒られるのも覚悟で何度も触れた。角度を変え、

「……し、しょっぱい」
「今日だけは大目に見てよ」

仕方ないなぁ……舌足らずの言葉にカカシの胸には愛しさが込み上げる。もう声を聞けなくなってしまったらどうしよう。何度も悪夢に見た。

綱手様への報告はまだ少し、もう少しだけ名前を独占したい。
カカシは名前の滑らかな頬に唇を寄せながら、名前が怒るまでこうしていようと密かに試みることにした。


ー52ー

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