人形姫・07




脱衣所に入れば誰もおらず、貸し切り状態だった。
廊下ですれちがう人もいるから、決して客がいない訳ではないのだろうからラッキーだ。

「やったー」

衣服を脱ぎ、タオルだけを持って浴場の扉をあけた。想像よりもずっと広い浴場にテンションが上がる。
里の中に銭湯があることは知っていたが行ったことはなく、こんなに広いお風呂に入るのはこの世界に来て初めてだった。

えっと、まずは体を洗わなければ。
女将が言った通り、アメニティーは充実していて持ち込みなんて必要なかった。里では見たことのない高そうなシャンプーやトリートメントが並べられており、どれにしようか選ぶだけで悩んでしまう。美しい容器を指でなぞりながら、どれにしようかと胸を踊らせる。
散々どれにしようか考えた挙句、舞妓時代に愛用していた椿油が入ったシャンプーとトリートメントを手にとった。
こう言う所が、変に保守的なんだよなぁ、と思い返す。里で使っているシャンプーだって、紅やサクラからオススメしてもらったものばかり。化粧品だってそうだ。
手に持っていたシャンプーを戻し、隣のお洒落過ぎて何が書いてあるか分からないシャンプーを取った。

「あー、気持ちいい」

頭からやわらかいシャワー浴びながら、髪をすすぐ。森の中を歩き続けたせいか、髪にはホコリが絡まっていた。手櫛で少しずつ解す。
この世界に来てすぐの頃、紅に連れられて髪を切りに行った。
そこで肩につくくらいの長さにまで切った。あれから何度も整えには行っているが、気付けば胸にかかるくらいに伸びていた。

そっか……もう1年以上経つんだ。本当にあっという間だった。

その間に色んなことがあった。アカデミーで仕事をして、偉い人達の下で事務をして、商店街で特別な目線を向けられることもなく買い物ができる。そして、何より大切な人達に出会った。
置屋のお母さんが、男と旅行に来ているなんて聞いたら卒倒してしまうだろう。

シャンプーを手のひらに馴染ませて、泡立てる。甘い香りがフワリと広がった。ああ、なんていい香りなのかしら。
名前はうっとりとしながら髪を洗う。カカシの銀色の髪と違って、自分の髪は暗くて少し茶色い。そんな髪を綺麗だよと言ってくれる。名前にとっては、カカシの髪の方がずっと綺麗だと思う。髪だけじゃない。口布の下に隠されているものも、すごくカカシは綺麗だ。
普段よりも丁寧にトリートメントをして、綺麗になりますようにと願いを込める。洗い流せば、つるつるとして綺麗になった。やっぱり高級なシャンプーとトリートメントは違う、里に戻ったら少しだけ高いものに変えよう。

ボディーソープもたっぷり泡立てて体を磨く。もう少し胸が大きくなれば、カカシも魅了出来るかも。アカデミーの先生に教えてもらったマッサージを、少しでも大きくなればとせっせと施す。くの一の先生達みたいに色気が出ますように、大浴場に誰もいなくて良かったと心から思った。

全身を綺麗にして、まずは一番大きな湯船に向かった。縁にしゃがんで、少しずつお湯を体に掛けていく。あまり熱くなくて、すぐに全身を入れることができた。まろやかで少しトロリとした泉質は、肌に良いらしい。頬にもパシャパシャと湯を当てた。

「ふぅ……」

全身をピーンと伸ばせば、体の凝り固まっていたものがほろほろと解けて伸びていく気がした。
ふと、日頃付き合っているカカシのストレッチの真似事をしてみようと思いついた。確か、この筋をこうやって伸ばしてたよな……見よう見真似で伸ばしてみた。いとも簡単に筋が攣ってしまい失敗した。何とか溺れないように気を付けて、命からがら湯船から這い上がる。
やはり、相当舞い上がっているみたいだ。お湯に顔を突っ込んでブクブクと息を吐いた。落ち着いて、私、そう言い聞かす。

隣には、炭酸泉、薬湯、岩盤浴があり、外には露天風呂もあった。それぞれひとつずつ入って試していく。うん、これも気持ちいい。特に炭酸泉が気に入った。皮膚の上についた炭酸の気泡を払えば、肌が赤くなっていて血行が良くなったのがよくわかる。
やっぱり大きいお風呂は良い。里に戻ったら、サクラを誘って銭湯に行こう。

ーーあ、しまった!

温泉を試すのにハマって、出るのをすっかり忘れていた。カカシを待たせてしまっているのかもしれない。
名前は慌ててお湯から上がって、化粧水とクリームを肌に塗り、ボティミルクを全身に塗り込んだ。とても良い香りで、ついつい全身隈なく使ってしまった。あぁ、また時間が掛かってしまった。

今度こそ慌てて、女将が見立ててくれた着物に袖を通す。空色の淡いグラデーションのついた地に、白い花が咲いている。帯は朱色のシンプルなもので、腰で蝶々結びをすれば可愛らしい。

乾いた髪をひとつに纏めて、やっとカカシと分かれた場所に戻った。

「カカシ、ごめんね」
「ゼーんぜん、待ってなーいよ」

既にあがっていたカカシは、本を読みながら座って待っていてくれた。いつもの本ではなく、どうやら旅館が置いた本だったらしく、本を棚に戻すと名前のもとに来てくれた。
カカシも浴衣を着ていて新鮮だった。長身でスタイルがよく、浴衣も良く似合っている。浴衣マジックと言うのだろうか、普段よりもずっと素敵に写って見える。やっぱりこの人はずるい。勝手に胸がドキドキとしてしまう。

「浴衣着ても、顔は隠すのね」
「ん?変だった?」
「ううん、良かった」
「良かった?」
「だって、顔隠してなかったら、格好良すぎて見られないもの」

袖で顔を隠しながら、名前はチラリとカカシを見上げた。左目は相変わらず閉じているが、普段は開いている右目が嬉しそうに弓形に曲がっている。これは喜んでくれているのだと、名前まで嬉しくなった。

「名前って本当に俺を喜ばせるのがうまいね。職業柄?」
「本心ですよ」
「そりゃ、なおさら嬉しーね」

カカシは鼻歌まで歌い出して、彼も舞い上がっている。部屋に戻った途端、カカシが抱き締めてきた。

「名前、良い香りがするね。いつもと全然違う」
「でしょう?シャンプーもいっぱい種類があってね、すっごく悩んだの」
「そう、ねぇ、浴衣姿見せて」
「こう?」

名前は、両手を広げてクルクルと回れば、カカシは満足そうに笑っている。

「うん、凄く可愛い」
「えへへ」

名前の浴衣姿が、予想よりも遙かに愛らしく、カカシは参ったなと心の中で呟いた。襟から覗く細く白い首と、少しほつれたうなじの髪の組み合わせは、これ程までの破壊力なのかと。
それだけじゃない。慎ましやかに布で身を包まれてしまうと、男の本能なのか、その下に隠された身体の膨らみや曲線を想像せずには居られなくなる。
合わせられた襟をはだけさせれば、見た目の幼さの割に色っぽい体が露わになるだろう。今夜は我慢なんて出来ないぞ、いや、する気もないのだが。

「ねぇねぇ、早く外に行こう?温泉饅頭食べたいな」
「うん、そうしようか」

腕に絡まってくる名前を見下ろしながら、カカシは綱手にグッジョブです……!!と、心から感謝をした。

ー35ー

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