人形姫・06


店が並ぶ通りを少し奥に行けば、今度は旅館が建ち並ぶ通りに変わった。少し歩いて、カカシが立ち止まる。

「ここだよ」
「わぁ、すごく立派な旅館……」

立派な門の向こうに見える旅館は、他よりも高く豪華な造りをしており、見るからに高級感を漂わせていた。
門の鐘を鳴らせば、ベルボーイが門を開けてくれ、荷物を全て受け取って二人を奥の旅館へと続く石畳を先導する。今まで歩いた森とは違い、手入れの行き届いた草木が並び、どこからか芳しい花の芳香も漂う。賑やかで穏やかな里とは全く違う空気が流れていた。
名前が思った通り、ここは高級旅館だった。
建物の中に入ると、豪華な装飾が施された部屋に通された。そこでウェルカムドリンクを出され、全ての手続きを座ったまま済ませられるようになっていた。他の客と顔を合わせることもなく、自分達の部屋に行くことができるようになっているようだ。
きっとお忍びで、有名な方々が来ているに違いない。
綺麗な女将がお部屋までご案内しますと、入って来た方とは逆の扉を開けた。見た目の大きさと違って、長い廊下には部屋がポツリポツリとあるだけだった。

「はたけ様のお部屋は、高層にありますのでエレベーターを使います」

名前はエレベーターがあるのか!と内心驚きながらホッと息をついた。階段を使いますなんて言われたら、再びカカシにおんぶして貰わなきゃならない。誰もいない森の中では良かったが、流石に女将の前では恥ずかしい。

名前が良く知った鉄のエレベーターではなく、木製の機械仕掛けのエレベーターに乗り込むと、女将は10の札を引っ張る。どうやら、部屋は10階にあるらしい。カタカタと言う音と共に、エレベーターが上がっていく。ゆっくりと上昇する間を埋めるように、女将が話し掛けてくる。

「はたけ様は、新婚さんですか?」
「え!?」
「ハハ、そうなんです。やっぱり新婚に見えます?」

笑いながら、カカシは名前をさり気なく抱き寄せる。

「えぇ。奥様、とてもお美しいですもの。ご自慢でしょうね」
「まぁ、いやぁー、実はそうなんですよ」
「ウフフ、お熱いんですね」

名前がポッと頬を赤らめるのを見て、女将は綺麗な口角を更に上げた。話し方もそうだが、女将の洗練された所作に名前は思わず真剣な目で見てしまう。いつかこんな風に、美しく振る舞うことが出来るのだろうか。

「こちらがお部屋です」
「わぁ、素敵」

畳敷きの客間はとても広く、バルコニーがある方は一面ガラス張りで採光も眺めもバッチリだった。外のバルコニーには露天風呂とソファまでついている。主室のすぐ隣にある襖を開ければ、寝室につながっていた。大きなベッドが間接照明で照らされ、主室と違ってモダンな雰囲気で全く違う世界のようだった。
ここの物価はあまり元の世界とは変わらない。かなり高そうな部屋だな、と思いつつ、カカシのこなす任務のランクと数を見ているとこれくらい何てこと無いないのだろうと感じた。とは言え、何かお礼しなきゃなと思った。

「テラスの露天風呂以外にも、大浴場と広い貸切風呂も御座いますのでご使用になりたい場合にはお声掛け下さいませ」

また何かありましたら、お気軽にお声をお掛け下さいと言って女将が部屋から退出する。その瞬間、名前は畳の上に寝転がった。

「うーん、やっぱり畳は落ち着く」
「名前、よく頑張ったね」

カカシは、名前の隣に座って頭を撫でた。

「ううん、ほぼカカシにおんぶして貰ってたもの」
「俺は最初からそのつもりだったよ」
「えぇ、私ってそんなに頼りないかな」
「いーや、里から出るのは初めてだったしね。やっぱり里内より森の道は整備も行き届いてないしさ。ま、一般人が1時間であれだけ歩けたら上出来」
「ありがとう、なんだか先生みたいね」
「一応、先生だし?」

そうだった、と名前は笑った。
名前の中では早く着いたが、カカシにとっては予定通りの到着らしい。

「名前って、緊張しないんだね」
「緊張?どうして?」
「自分で予約しといて言うのもだけど、ここは高級旅館だから、名前若いから緊張すると思ってた。慣れてるんだ」
「うーん、前の世界で私のお仕事する場所自体が、高級料亭や高級旅館だったから慣れてるのはあるかも。でも、泊まったことはないよ。初めて!」
「そっか、それは良かった。さてと、一休みしたら外に行く?色んな店があるから、里じゃ手に入らないものも沢山あるみたいだよ」
「うん!行きたい!」

名前は起き上がり、女将が淹れて行ってくれたお茶をふぅふぅと冷ましながら外を眺めた。泊まる部屋は高層階にあって、窓から向こうまでずっと見渡すことが出来た。温泉街の外は、とにかく森が広がっていて地平線さえ見えてしまいそうなほどだった。空は広く、鳥達が自由に飛び回り、飛行機の姿は当たり前だがひとつもない。本当に不思議な世界だ。

「ずーっと向こうまで見えちゃいそう。この世界は、こんなに広いのね」
「名前がいた所と違って、高い建物なんて殆どないしね。火の国は、気候も安定していて国土も広い」
「へぇ、他の国は違ったりするの?」
「うーん、砂の国なら聞いたことあるだろ?あの国は、名前の通り国土が砂漠ばかりなんだ。余り雨も降らないしな。かと言って年中、雪が降る国もあるし、雨ばかりの国もある。国によって、全然違う場所もある。大陸で繋がってるけど全然違うよ」

名前は、やっと少し冷めたお茶をゴクリと飲み込んでふーっと息を吐いた。

「やっぱり、私は木ノ葉に来られて良かったわ。ここはいつも過ごしやすいし、カカシがいるもの。年中雨だったら、髪の毛も決まらないし」

カカシにとって、名前の言葉は予想外なほどに自分の心を高揚させた。あぁ、もう何でこの子はこんなに愛しいんだろう。

「俺も、名前が来てくれてよかったよ」
「本当?」
「うん、本当。こんなに可愛くて素敵な子が来てくれるなんて思わなかった」
「えへへ」

名前は、湯呑みをテーブルの上に置いてカカシに飛び付いた。名前の勢いに、カカシの体は押し倒されて、ごろりと畳に抱き合ったまま転がった。
口布の越しにキスをすれば、互いの唇の柔らかさがよく分かる。

「名前の唇柔らかい」
「カカシのも柔らかいわ」

カカシは、名前を抱き上げてベッドに一緒に崩れ落ちる。

「え!?カカシ!」
「2人きり、任務の心配もない。いっぱい愛し合おう」
「う、嬉しいけど、まだ疲れてるし……街を歩きたいし、温泉も入りたいし……ね?」
「ま、そうだよね。ちょっと興奮し過ぎた、ごめん」

名前の頭を撫でながら、自らの胸に閉じ込める。
興奮した人のことを子供みたいと揶揄して来たにも関わらず、カカシだって興奮しているんじゃないかと思った。興奮の矛先がちょっと自分とは違ったけれど。

「ここの天然温泉は、怪我と肌に良いらしいからゆっくり入って、それから散歩行こうか」
「うん!浴衣早く着たかったの」

女将が見立ててくれた浴衣をそれぞれ手に取り、大浴場の入り口で分かれた。

ー34ー

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