人形姫・11


名前と自宅に帰ると、寝息をたててすっかり眠っていた。こりゃ、明日まで起きそうにもないぞと思いながら、頑張った名前を労うようにキスをすると音も立てず家を出た。


カカシは、サスケの身を拘束していた。ナルトと喧嘩をしてから、すっかり様子のおかしくなったサスケに話をするために。

「サスケ、復讐はやめろ」

目の前の愛弟子は、自分を見ている筈だった。それなのに、その瞳には自分すら映っていない。その瞳に映るのは、憎き兄の姿だけなのだろう。
大切な人達をみんな殺してやる。と言われたが。

「みんな、殺されたよ」

カカシは、悲しみを浮かべた優しい笑みをサスケに向けた。
サスケのように復讐を考えた時もあった。他国に轟くこの強さなら、きっと復讐だって上手く行く。しかし、師から教えてもらったのはそんな事じゃない。カカシは、サスケの前にしゃがんだ。

「俺も、復讐を考えた時もあった。でも、復讐をしなくて良かったと思っている」
「戯れ言だな」
「心の傷を癒やしてくれる大切な人が、見つかったからだ」
「……」

サスケの目が疑いに満ちていた。一晩で大切な人を全て失ったのだ。無理もない。

「復讐をすれば、闇の中に身を投じることになる。闇の中では、自分の姿さえ見る事はできない。大切な手がそばにあっても、見つける事はできない。だから、やっと見つけた光の中にいろ」
「何を言ってる!俺はずっと闇の中だ!」
「俺には、名前先生が教えてくれた。お前にとっては、ナルトが教えてくれた筈だ」
「名前?あの平和ボケが?」
「名前先生はな、サスケ、お前と一緒で家族を殺されたんだ。でもな、家族から受け取った愛を忘れずに、憎しみも乗り越えて来た。お前は、頭も良い。俺の言っている事が分かるだろう?」

サスケは俯いていた。彼に自分の声が届いたかは分からない。届いていて欲しい。

「まだ間に合う。よく考えろ」

拘束を解いて、カカシはサスケの前から去る。あとは、サスケを信じるしかないのだ。残されたサスケはギリギリと、歯を食いしばった。





名前は、残業で帰りが遅くなっていた。
忍の先生達は任務に駆り出され、名前と他に居る数人の事務員でアカデミーがいつでも復旧できるように事務仕事をしながら、報告所の仕事もこなしていた。付き合っていることもおおっぴらになって、前よりもカカシは堂々と名前に会いに来るようになった。
この時間でパックンもカカシも来ないということは、任務が長引いているのだろう。

「暗くなる前に帰らなきゃ……」

歩みを速めた瞬間、何者かが名前の背後に立つ。名前は、大きく体を震わせて立ち止まる。

「名前、お前はカカシの大切な人と聞いた」
「その声、サスケくん?」

名前の首筋に鋭く冷たいものが、血管に這うように沿えられた。あ、これは。

「私を殺すの?」
「あぁ、そうかもな」
「クールで格好いいサスケくんがね……」

サスケだと分かった瞬間、なぜか怖くなくなった。

「サスケくんがどんな人生を過ごして来たかは知らない。でもね、それは間違ってる」
「お前までそれを言うのか!」

首筋に触れる冷たさが、自分の体温と馴染んできた。

「殺したいなら、殺せばいい。でもね、サスケくん、あなたが今日まで生きているのは愛情を受け取っているからよ」
「……愛だと?」
「愛を知らない人間は生きていけないの。それを忘れた人間もね。サスケくんは、カカシ先生、ナルトくん、サクラちゃんから愛されてる。それを忘れないで」
「……」

はぁ…お母さん、お父さん、私も殺されるみたい…。でも、殺されたら会えるかな…。名前は、自分の運命を呪った。

「お前もやはりカカシに似て、戯れ言ばかりだな…。木ノ葉は平和ボケしている」

名前は、瞳を固く閉じた。サスケの息がクッと止まり、腕の筋肉が収縮した瞬間。

「サスケ」

名前の体は、熱い体に抱き締められていた。
サスケの体は、忍犬に捕らえられていた。足元にはクナイ、首筋に当てられたのはこれだったのかと名前は胸が締め付けられた。 

「カカシ……」
「またカカシか、間一髪だったな」
「名前先生を殺しても、どうにもならないだろ。冷静になれ」

サスケは、唇を噛み締めて血が口の端から流れていた。名前の胸は、ギュぅと締め付けられ、痛くて痛くて堪らない。名前は、カカシから離れ、胸に強くサスケを抱き締める。

「サスケくん、私も君を愛してる。過ごした時間は誰よりも少ないけれど、君は私の死んだ弟にそっくりでね。何だかほっとけないの」

サスケは、名前を睨みつけた。それでも名前が強く抱き締めると、名前の体はサスケによって突き飛ばされた。

「きゃ!」

すかさずカカシが受け止める。

「サスケ」
「俺は、復讐者だ」

そう言うと、サスケは闇の中へと去って行った。

「カカシ、ごめんね」
「俺こそ、早く来ていれば」

残されたのは、カカシと名前と、そしてサスケの残したクナイだけだった。





「うちはが……」

報告所の勤務。いつも通り上忍待機所で掃除をしていると、上忍達の口からサスケの名があがる。名前は、耳をそばだてる。

「あのうちはの末裔が里抜けした」
「うちはサスケが抜け忍になるとは」
「カカシがついて居ながらな…」

カカシは、木ノ葉崩しの件で甚大な人手不足を補うために、ほとんど帰る暇もない程に任務をこなしていた。カカシほどの優秀な忍は、いつも犠牲になると名前は感じる。

「あれ、名前ちゃん」
「あ、ゲンマさん」
「何、泣いてんの」
「え?」

ゲンマに言われて、涙が流れているのに気付く。

「カカシと喧嘩でもしたか?」
「え!いや!」

きっと彼は、理由が分かっている。口の端をニッと上げて、ゲンマは冗談を吐いた。

「あいつもこんな美人を泣かすなんてな。辛くなったら、いつでも俺に乗り換えな」

ゲンマは、千本をクイッと上げて名前の頭を優しく撫でた。

「ゲンマさん、ありがとうございます」
「お礼は、今度カカシが里外任務に出たらお茶でもしてよ」
「ゲンマさんったら……」

ゲンマは、ヒラヒラと手を振って待機所から出て行った。彼の後ろ姿が見えなくなって、名前もゴミを纏め待機所を出た。
収集所にゴミを出しに外へ出ると、見慣れた少年が慌ただしく向かってくるのが見えた。

「ナルトくん?」
「あー!名前先生!」

寝癖もそのままに、ボサボサ頭でナルトは遠くから大声をあげる。

「どうしたの?」
「サスケを連れ戻すんだってばよ!」
「サスケくんを」

名前の胸は、ギュンと締め付けられた。

「せ、先生!?」
「やだ、私また泣いてる」

ナルトは、全てを把握したかの様に全てを包み込む笑顔を向けた。ゲンマの含みのある大人の笑顔とは違って、真っ直ぐで純粋な笑顔。

「サスケはぜってー連れ戻す!!」

名前も、ナルトに精一杯の笑顔を向けた。彼ほど力強い笑顔では無いのかもしれないが、それが名前なりの誠意だった。

「名前先生の笑顔は可愛いから、元気がでるってばよ!」
「ありがとう、ひとつだけお願いがあるの」
「?」
「絶対に、絶対に生きて木ノ葉に帰ってきてね」
「おう!」

イルカ先生があげたという、他の下忍よりも少しボロボロの額当てをギュッと締め直し、ナルトは阿吽の門に向かって掛けて行った。



ー26ー

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