人形姫・09


カカシが眠る合間も、少しだけ仕事をしていた。それが心の救いだったりする。

今日は、アカデミーの仕事のお使いに、名前は里の門まで来ていた。
凄い忍の方を迎えに行って、執務室まで連れて来て欲しいと言うが、この忍だらけの里で凄い人と凄くない人の違いなんて分からない。派手な見た目だから、見れば分かるからと言われた。そもそも、そんな重要なことを一般人の自分がやっていいのかと問えば、美人じゃないといけないんだと言われてしまった。

「美人が良いなら、くノ一の先生達の方が美人なのになぁ。って、言っても先生達は任務か」

窓ガラスに映る自分の顔をミョーンと引っ張った。この幼い顔は、美人とは程遠いと思う。それに、最近は看病のせいか、体調も悪くて顔色も悪い。唇も血色が悪く、口紅で誤魔化している。化粧がなければ、若い割に酷い顔だ。

最近の寝不足も祟ってか、門の下に着くと気が抜けてフラリと目眩がした。体の力が抜けて、倒れそうになる。

あ、倒れる。と思った瞬間、誰かが体を優しく支えてくれた。

「大丈夫かのぉ」
「あ、ありがとうございます」

その優しい方は、名前を近くのベンチに移動させた。

「本当にありがとうございます」
「気にするな。木ノ葉にこんな美女が居るなら、もう少し早く帰ってこれば良かったのォ」

顔を上げれば、歌舞伎役者が目の前にいた。赤い隈取、白髪の獅子のような髪、高い下駄、派手な装束に身を包む。この世界で個性的な人達を沢山見てきたが、目の前の男はトップレベルだった。木ノ葉の額当てをしておらず、名前はこの男が忍かどうかさえも分からない。

「木ノ葉の方……ですか?」

名前の言葉に、男は「あいや!」と叫びだし、目を光らせた。長々と口上を述べると大見得を切った。その勢いに圧倒されながらも、この人は歌舞伎役者なんだと名前は理解する。この世界にも歌舞伎ってあるんだと、名前は嬉しくなった。

「わぁ、かっこいいですね」
「そ、そうかのぉ!」
「はい!とっても!」

男は、鼻の下をだらしなく伸ばし名前の褒め言葉にデレデレと喜んだ。ひとつ大きな鼻息を吐き、男は豪快に歯を輝かせる。

「どうだ、これからわしとデートなんてのは。」
「すいません、私、お使いを頼まれてるんです」
「そうか、残念じゃのお。その遣いはすぐ終わるのか?」
「はい、えっと、凄い忍の方が来れば」
「ほぉ。それは気にしなくていいのぉ」

男は、名前の肩を抱き、里の中心街に続く道を歩き始める。名前は慌てて腕から離れようとしたが、ガッチリと掴まれてしまった。

「すみません!私、お使いが!」
「大丈夫、大丈夫」

何が大丈夫何だろうと思いながらも、名前は必死に食い下がる。しかし、男の勢いに押されて名前は門から遠ざかって行く。あぁ、怒られちゃう、と名前は心の中で泣いた。

男は昼から酒を飲み、名前にご馳走もしてくれた。正直、上層部からのお使いを反故にしてしまい、味なんてものはしなかった。モソモソと口の中の食べ物を噛んでいると、男が話し掛けてくる。

「名前ちゃんは、恋人はいるのかのォ?」
「え?えぇ、まぁ」
「こんな美女と付き合えるなんて、その男は幸せ者だのォ」
「そ、そんな」

カカシの顔を思い出す。むしろ、こっちが幸せだと名前は思った。

「わしは物書きもしておっての、作品の為にも美女とデートをしなければならんのだ」
「作家さんもしてるんですか?凄いですね!」

歌舞伎役者で作家なんて、なんてマルチな人なんだろうと感心した。すごい!と褒める名前に気を良くした男は、懐からゴソゴソと何かを取り出す。そして、それを名前に見せつけた。

「え!それ!?」
「何!?うら若き乙女も知るほど有名になったか!?」
「それをいつも読んでる人が居るので」
「そいつはセンスがあるのぉ」

見せられたそれは、完全にカカシの愛読書だった。こんな所で繋がるなんて、名前は世界の狭さを知った。

「あなたがお書きになったんですか?」
「もちろん!」

カカシが目覚めた時の為にサインでも貰おうかと考えていると、男が立ち上がる。名前は、残りの一口を飲み込んだ。

「さて、デートもして貰ったし、そろそろ名前ちゃんの仕事場に行くかのぉ」

なぜ来るんだろうと思いながらも、この人のせいです!と言い訳も出来る気がして、何より言ったら聞かない人だろうと思い名前は連れて行くことにした。
今度は、名前が男を先導する。足取りが重く、心臓がバクバクと嫌な音を立てる。アカデミーの前を通ると、聞き慣れた声が名前を立ち止まらせる。

「あ!名前先生!ありがとうございます!」
「は!イルカ先生!本当にすみません!」

イルカが、名前のもとに駆け寄る。名前は咄嗟に頭を下げると、イルカの頭の上にハテナが浮かんだ。想像と違う反応に、名前の頭の上にもハテナが浮かんだ。

「何か謝る事を?」
「私、お使い頼まれたのに……」
「え?」
「え?」

ハッとして名前は、後ろにいる男を見上げた。もしかして、この男は…。

「名前ちゃん、黙っていて悪かったのォ。またデートしてくれのォ」
「自来也様!ホムラ様、コハル様がお待ちです」
「え、えぇ!?」

自来也は、名前にウインクをすると執務室に続く廊下を進んでいく。大きな後ろ姿を見届けながら、名前はヘタリと座り込んだ。

「名前先生、大丈夫ですか!?」
「はい…大丈夫…です」

何はともあれ、名前は無事任務遂行できてホッとしていた。

「凄い忍の方って、あの方なんですね……」
「知らずに連れて来てくれたんですね。やっぱり美人の名前先生に頼んで良かったです。あのお方、忍なのに美人には目がないんですよ」
「そうなんですね……」

執務室で自来也達が何の話をしたかなんて、知る由もなかったが、後日、ナルトが自来也と共に里を出て行くと噂で耳にした。今だに眠るカカシの胸元に頭を乗せて、名前は今日の報告をする。

「ねぇ、カカシさん、ナルト君が自来也様と里を出ていくそうですよ。」
「やはり、名前ちゃんの恋人はカカシだったか」

ベランダから声がして、名前はハッと顔をあげた。ベランダには自来也が立っていて、名前は掃き出し窓を開けて招き入れた。

「自来也様!」
「ミナトと女の趣味は正反対だのぉ」
「ミナ…ト?」
「カカシの師で、四代目火影の男だ」

自来也は、窓に立て掛けれた写真を指差した。先生としか言ってくれなかったから、カカシの先生が火影であったことに大層驚いた。自来也は、カカシの枕元に立ち見下ろした。

「カカシを助けられる者を知っておる、綱手姫と言う凄い医療忍者だ。そいつを連れて来るから、それまでカカシを頼む」
「自来也様…お願いします」
「お礼は、デートでイイからのォ。ワシが相手なら、カカシは文句も言えないぞ」

カッカッカッと自来也は豪快に笑うと、煙と共に姿を消した。自来也が無事里に戻って来られるように、ナルトが戻って来られるように、カカシが助かるように、名前は願いを込めた。





それから1ヶ月が過ぎた。
自来也とナルトが木ノ葉に戻ってきた。綱手を連れて。

「変わらないな……ここは」

三代目の火影岩の亀裂、師の生き様を見せつけられている様だった。

「まず診て欲しい奴がおる。うちはの小僧と、カカシ、あと…ガイの弟子だ」
「うちはのガキか…カカシはどうした?」
「イタチの写輪眼にやられた」
「イタチねぇ」

綱手は、サクラのいるサスケの病室に向かう。手のひらを頭に翳した。
誰も治せなかったものを、ものの数秒で治してしまう綱手は魔法使いのようにも、神のようにも見えた。サクラを安心させるように、綱手は微笑みかける。直に、目が覚めるだろう、と。

「次は、カカシだ」

手をかざせば、流石は木ノ葉のエリート。すぐに目を覚ます。写輪眼のお陰で、酷いダメージにはならなかったようだ。のぼーっと起き上がるカカシを、綱手は見下ろす。

「エリートだと思ってたけど、お前も人の子だねぇ」
「返す言葉もありません」

ぼーっとする頭を持ち上げ、カカシは綱手に感謝をした。
綱手は、カカシのベッドに頭だけ預けて眠る名前に目線をやる。窓から流れ込む清々しい風が、名前の睫毛を揺らしていた。久しぶりにみる名前の顔色は少し青白く、目の下にはクマができていた。自分を看病してくれていたのだろう、カカシは目頭が熱くなった。

「カカシ、この女の子は?」
「えっと……」

しどろもどろなカカシの様子に、綱手はニヤリと口の端をあげた。頭をクシャクシャに押さえ込むように撫でられ、カカシの体は再びベッドに倒れ込む。

「お前もやることはやってるんだな、安心したよ」
「はぁ、まぁ……」
「相当疲れが溜まっているみたいだな。毎日看病してたんだろう。ちゃんと感謝しなさい」
「もちろんです」

綱手は、名前の頭を優しく撫でる。そして、道中、自来也からされた話を思い出す。ふと考え込んでしまったらしい、綱手の手が止まりカカシは不審に思い声を掛ける。

「綱手様……?」
「カカシ、お前の体が回復したら話がある。お前の恋人のな」
「はい……」

カカシは胸騒ぎを抑えることが出来なかった。今すぐにでも話してもらいたかったが、綱手を求める人達が多くいる事を考えると止められなかった。
綱手が去り、綱手が撫でた所をカカシも撫でた。カカシには解らなかったが、名前に何が起きているのだろうか。久し振りに見た名前の寝顔、愛しい寝顔。愛しくて愛しくて、カカシは動きにくい体を無理やり動かして抱きしめた。

「ん……」
「名前、おはよう」
「え、カカシ、さん?」

名前は目を真ん丸にして固まってしまった。カカシは名前の体を包み込んで、顎を掴んだ。

「ねぇ、名前、キスしよっか」
「…うん。カカシさん……」

カカシに跨がった名前の体を抱き寄せる。そして、唇を重ねた。カカシは、眠っていた時間を取り戻すかのようにキスを重ねる。唇を離せば、すぐに名残惜しくなって再びキスをした。

「カカシさん、生きていてくれてありがとう」
「名前、ありがとう。ずっと看病してくれてたんでしょう?」
「大したことは出来ませんでした」
「そんな事ないよ」

名前の髪に鼻を埋め、カカシは息を吸い込む。やっぱり彼女は天使だ。カカシは名前を、さらに強く抱き締めた。


ー24ー

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