人形姫・06


「中忍試験?」

休日に買い物をしているとナルトに会い、中忍試験があるんだ!と言われた。
中忍ってことは、イルカ先生と一緒かぁ。どんな試験をするのだろうか。

「試験受けるの?」
「当たり前じゃん!」
「すごい!頑張ってね!ナルトくんなら余裕で合格だね!」

また、当たり前じゃん!火影になるんだからよ!と言ってナルトは去って行った。ナルトが居なくなると、周りが急に静かになった気がして、本当に嵐のような子だと名前は笑った。
買い物を終え、家に帰るとカカシがいた。

「あれ?お仕事は?」
「終わったよ」

カカシは名前の持っていた買物袋をヒョイと取ると、手早く買ったものを冷蔵庫に入れていく。名前は、出かける前に洗った食器を拭いて片付ける。

「カカシさん、ありがとう」
「いーの」
「あ、そう言えばね、ナルトくんに会って中忍試験受けるって意気込んでましたよ。火影になるんだー!って」
「ハハ。あいつは本当に」
「ね」

買物袋が空になって、カカシは名前の頭に手をポンとのせる。

「試験終わったら、少し遠くへ旅行に行こうよ。と言っても、長い休みが取れそうにないから火の国内だけだけど」
「うん!行きたいです!」
「色々あったから、名前は里から出られない身だったけど、今は自由にして良いからね」
 
名前は、まず、毎日に慣れることに必死で里から出るとか考えた事もなかった。そっか、自分は異世界の人間だから、自由に里から出られない身だったんだと初めて知る。

「そっか、私、里から出ちゃダメだったんだ」

カカシは申し訳なさそうな顔をしたが、名前が気にしてないのを察し、すぐにいつもの顔に戻る。名前には、里から出られない理由がイマイチ理解出来ていないのだろうと推測された。平和な世界に住んでいたんだものね。

スパイだと疑われたことが、酷く昔の事の様に感じた。

暗部の監視、カカシの監視によって疑いは晴れたが、信頼されるまでになったのは、名前自身の努力の賜物だとカカシは思っている。

「名前、今夜はご飯食べたら出掛けようか。」
「外、出ていいんですか?」
「いーよ。一緒ならね」

名前が笑って、カカシも笑った。

今夜は、満月だからね。と。

食事を終えて家を出る。途中、店でカカシはビールを、名前はお団子を買った。手を繋ぎながら、夜の里を歩く。
名前は、夜は外に出ない様にカカシに言われていた。元の世界では、夜に仕事をしていたから気にせず外に出ようとしたら、カカシに怒られた。
この世界は、名前がいた世界と違って危ないからと。
名前には言わなかったが、カカシは闇の手配書に載る賞金首。その恋人が外に身一つでいれば、狙われる事もおかしくない。何よりそれが心配だった。

「里は、星がよく見えますね」
「名前のいた所は見えないの?」
「私の住んでた所は都会だったから、夜でも昼間みたいに明るくて、空を見上げても見えなかったんです」

真っ暗な夜空を吸い込んだ名前の瞳は、星を映しているからだろうか、とてもキラキラしている。どんな宝石よりも美しくて、カカシは自分の瞳が酷く汚いものに思えた。
幼くして父を失い、そして大切な家族を全て失った名前。
カカシも、子供の頃に父を失った。似た境遇に遭いながらも、名前はその美しさを失わずにいる。

「名前はさ、どうしてそんなに綺麗なの?」

自然と突いて出た言葉だった。心の呟きを、そのまま口に出してしまっていた。

「え、えーと、え?」

名前は、顔を赤くして物凄く照れている。あぁ、可愛いなと愛しさを感じる。

「ごめーんね」
「う、ううん」

赤い顔を冷ますために俯いた名前を見下ろしながら、カカシは歩みを止める。突然立ち止まるものだから名前はカカシに激突した。そして、不思議そうな顔をしてカカシを見上げる。
ヒョイと名前の体を抱き上げると、名前の顔を自分の胸に押し付けた。

「ちょっと走るよ」
「は、え?きゃあぁぁぁぁ! 」

カカシは軽々と、木々の間を走り抜け、一際大きな木の根本にたどり着く。今度は、枝から枝へ木を登っていき、あっという間にてっぺんの近くまで来ていた。カカシは、名前を太い枝の根本に座らせると、自らは幹を背に名前の体を後ろから包み込むように座った。

「大丈夫だった?」
「凄くスリリングでした……」

生気が少し抜けた名前に、カカシは苦笑いをした。名前の細い体を、後ろからギュッと抱き締めて、カカシは空を見上げる。

「綺麗……でしょ?」

カカシの言葉で、名前は空を見上げた。生気を失った瞳に、再び輝きが戻る。今宵、一番の輝きが。

「綺麗……」

満月が、名前の瞳に映り込む。青く輝く満月が。
差し込む唯一の光は、目の前の満月と輝く星だけ。
名前が、空に向かって手を伸ばす。

「届くかなぁ」
「ん?」
「星に手が届くかなぁ。ここは高いから届きそうですね」

名前は、何度も掴むように握ったり、手の平を広げたりする。カカシは、その手を握り指先にキスをした。

「俺は、もう届いたよ」

名前の頬が赤く染まり、自分で言ったセリフのくせにカカシは何だか照れ臭くなった。誤魔化すために、ビールに手を伸ばす。

「ビール………飲もうかな」
「そうですね」

カカシは、乾いた喉にビールを流し込む。苦味と炭酸が喉を刺激して気持ちいい。
お団子を1口ずつモグモグ食べる名前、小動物みたいで可愛い。無性にワシャワシャと撫でて、壊れるほどに抱き締めてしまいたい気持ちになる。この少女に出会ってから、何度この気持ちに襲われた事だろうか。カカシは、その気持ちを抑えて名前を優しく抱き締める。

「名前、応援してくれる?」
「うん?」
「ナルト達のこと」
「もちろん」

今度は、名前がカカシの指先にキスをする。

「カカシさんの事も、ずっとずっと応援してますから」
「ありがとう」

名前は、今、笑っているのだろうか。
カカシは、今、喜んでくれているのだろうか。
お互いの顔が見えない体勢で、互いの気持ちを探り合う。顔を見なくても、言葉を交わさなくても、いつかお互いの事が全て分かるようになるのだろうか。

いや、なるはずだ。

それには、まだ少し時間が掛かるだけだと互いに思っているはずだと。

「名前、帰ろうか」

月に薄い雲が掛かり始める。
少し暗くなった里の風景はとても幻想的で、名前は目に焼き付けておく為にジッと見つめてから、カカシに返事をした。
今までの人生、悲しい事が多かったけれど、やっと彼のお陰で幸せと言うことを思い出してきた気がする。思えば、耐え難い不幸に見舞われたが、自分は恵まれていたと思う。
家族は失ったけど、大人の助けを貰いながら花街と言う華やかな世界で生きていくことが出来た。
この全く知らない木ノ葉の世界に来てしまったけれど、カカシ達のお陰で普通で幸せな生活を営むことが出来ている。

「カカシさん、ありがとう」
「ん?」
「ううん、独り言」

自分がどうしたいか。
名前は、その答えを探していた。

ー21ー

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