月の夜
2020/10/02 00:28
月の明るい夜には狐の面を被ってくる。
「そんなに顔が見られたくないなら、新月の日だとかに来ればいいのに」
「それだとお前の顔が見れないだろ」
「ふふん、悪趣味」
人のことばかり見たいだなんて。
けれどこの人は俺の大事な太客なのでなんだってよかった。愛し、愛されるフリをして一夜を明かす。
「もう帰ってしまうの」
「ああ……」
肌蹴させた服を着直して男は帰る準備をした。
蝋燭の弱い光が、男の妖しげな面を照らす。笑っているのか泣いているのか、よくわからない面だ。
「たまにはのんびりしていったらいいのに」
男はいつも日が昇る前に帰ってしまう。どこかのお伽話のごとく、魔法が解けてしまうとでもいうかのように。
「今夜はよく喋るのだな。足りなかったか?」
「そうだね」
俺は起き上がり、男に抱きつく。身長差も体格差もあるから、男の首に手を回して無理やり俯かせた。
ちゅっ。
「こういうのも、くれたっていいんじゃない」
画面の上にキスをする。
身体を売って買うだけの関係でしかないのに、いつからか物足りなくなった。
もっともっと愛されたいと願う俺だけれど、男がどんなことを考えているのかは少しもわからない。
「あーあ、あんたばっかりズルいんだから」
普段しない甘え方をしたところで、男の身支度する手が止まるわけでもない。俺ばかり感情を晒しているようで不満が湧き上がるが、それを押し殺して布団に寝転ぶ。
結局、これは恋愛の真似事で、多くを望めば失ってしまう。欲しがったが最後、俺の負けなのだ。
「ばいばい、おやすみ。また来てね」
「そうするよ……」
金だけ置いて静かに出ていく。
月の明るい夜は嫌いだ。眩しくてしばらく眠れそうにもない。
終わり
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