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「これを、わたしが……」
●●●はズボンを広げてみた。
ダラリと下がる、黒のズボン。
いくらトワがクルーの中で
一番細身、だとしても‥‥
小柄な●●●には大き過ぎるし、足の長さも全然違う。
「どうしよう‥」
履くか履かまいか、一瞬迷う。
しかし今更、どうすることもできず
じっとズボンを見つめる●●●は渋々ながらもスカートのホックをパチンと外した。
「うん‥‥よし、と」
やっとのことで履いたズボンは、思った通りブカブカで‥
それでも、ズボンと一緒に入っていたベルトでウエストを絞め
引きずるすそは幾重にもロールアップして
なんとか着替える事ができた。
「ーーー」
見下ろすズボンはシワシワで‥‥
履き心地が悪い。
見れば見るほどおかしな自分に
どんどん気分が滅入ってくる。
「大丈夫、、だよね…」
それでも何度か足を踏み絞め、うんと1つ頷いて
ダイニングへと進み出た。
「お待たせしました」
厨房から、身体を出したその途端
クルーの間で失笑が漏れた。
じわりと顔が熱くなる。
引き返えそうかと一瞬、迷う。
リュウガはテーブルに肘をついて、舐めるように眺め見た。
「悪くねえな。ズボン姿のお前も‥悪くねえ、」
「…っ」
頭のてっぺんから爪先まで……
リュウガは、舐めるように眺め見る。
恥ずかしさを誤魔化すように、●●●はじとりと彼を睨んだ。
「船長はまた、そうやってわたしをからかう!これで満足ですか?着替えますからっ!」
早口で言って、くるりとリュウガに背を向ける。
シンは素早く立ちあがり、その手を掴んで引っぱった。
「……きゃっ!」
後ろに強く引っ張られ、身体がグラリと後ろによろめく。
倒れる背中に大きな胸がぴたりと密着した気がした。
「まだ終わりじゃない――」
「……っ」
熱い吐息が耳に掛かって、顔がかぁぁぁっと熱くなる。
「まだ終わりじゃないって‥」
振り向こうとしたとたん、腕に何かを通された。
見ればそれはえんじの上着。
「‥‥シンさん、これッッ‥」
シンが着ている上着と同じ。
身体を捩る●●●を余所に、シンは背後でくくっと笑う。
「着替え用の俺の上着だ。少しでも汚したらどうなるか‥‥
充分過ぎるほど、分かっているよな」
ゾワゾワゾワ
背筋に冷たいものが走る。
●●●は慌てて身体をよじった。
「ちょっ!だったら脱ぎます、着たくないです!今すぐこれを脱がせてくださいッッ!」
「おい、逃げるな」
「だって、これ、いやーーー!」
右に左に身体を揺らすが、シンは身体を離してくれない。
あれよあれよと上着を羽織れば
今度は前に回り込む。
「ちょっとシンさんッッ!!」
「あー、うるさいっ!」
叫び虚しく、上までボタンが留められる。
シンはようやく身体を起こすと、ニヤリと笑って見下ろした。
「フン……こんなもんだろ」
「‥‥っ」
「どうです、船長、」
見上げる顔がヒクリと引きつる。
シンが身体を横にずらすと、遮る視界がパッと開けた。
「……プッ!」
いきなり、クルーから失笑が漏れた。
しかも、さっきよりさらに大きい声で‥‥
――当然だと思う
だって‥‥上着の肩はガックリ落ちて
袖からは、指の先しか見えてない。
シンの上着はヒザまであって
その下からは、ブカブカのズボンが覗いているのだ。
「……っ////」
突っ立つ顔が、みるみる真っ赤になっていく。
目の前にはニヤニヤ笑うクルーたち。
満足そうに頷くリュウガは片手で顎をザラリと撫でた。
「悪くねえ。胸も隠れたみてえだしな、」
そして椅子をガタッと鳴らすと、●●●の前に進みでた。
●●●もリュウガにずいと詰めよる。
「ちょっと船長、これはいったいどういう事です?!」
怒りがもう爆発しそうだ。
しかしリュウガは腰を屈めて、右から左から斜めから…
●●●の顔を、じろじろ見る。
「ちょっと、船長!」
ふむふむとリュウガは顎に手を置くと、不意に身体をゆったり起こした。
「あとは‥‥髪と顔か‥」
「は?」
髪と顔?もう、ちゃんと説明してくださいッッ!」
話がちっとも噛み合わない。
「ちゃんと説明してください!」
怒りが頂点に達したその時、
ブンッッと何かが空気を切った。
ズボッッッ。
「ヒッ!」
とたん、見上げる視線が暗くなる。
なにも見えない視界の中で
リュウガは頭をポンポン撫でた。
「似合う似合う、似合うなァ〜♪」
揶揄するような笑い声。
頭を軽く締め付ける感覚。
素早く●●●は頭の上に手をやった。
「…………、」
「どうだ、気に入ったか?」
リュウガがニンマリ笑いかける。
手にあるそれは大きな帽子。
白い羽飾りがつく、やたらツバの大きい、真っ赤な帽子だ。
「気に入ったか?って、なんです、これ……」
さっき背中に持っていたのは、きっとこれに違いない。
眉根を寄せる●●●の手から、リュウガは帽子を受け取った。
「見れば分かるだろ?これは立派な船長帽だ」
リュウガは指で大きな帽子をくるくる回す。
海軍のお偉いさんじゃあるまいし
今どきこんな派手な帽子を、被る人とかいるのだろうか。
「‥‥で。こんな派手な帽子を‥なんでわたしに?」
しかも、●●●の頭には大き過ぎる。
ツバを指で持ってないと鼻の上まで被ってしまう。
眉を寄せればリュウガの顔が真顔になった。
「よく聞けよ?」
腰を屈めて、指で顎を持ち上げる。
一直線に交わる視線。
直後彼の低い声が、●●●の耳朶を揺すぶった。
「お前を雌島に上陸させる」
途端現実が押し寄せた。
リュウガの口が、ふっと弛む。
「安心しろ。お前が女とは気づかれねえよ」
ぽすっと頭に手が置かれる。
そう云うことかと、●●●は思った。
顔を隠す大きな帽子。
体型を誤魔化すシンの上着。
トワのズボンはブカブカで‥‥
どこから見ても自分は男に見えるだろう。
納得すればハヤテが椅子をガタッと鳴らした。
「女、つーより…頭のイカれた野郎だな♪」
ハヤテは机にヒョイと飛び乗り、ハハハと笑って口を弛める。
シンが前に進み出た。
「頭のイカれた野郎というより、やけに小さい、頭のイカれた野郎だろ」
シンも腕を組んだまま、呆れたように笑っている。
――やけに小さいが、余分だ。
そこにナギが近づいてきて、ふくれる頭に手を乗せた。
「船長から、雌島の話しは聞いてるな」
●●●は無言でコクンと頷く。
「なら、説明は要らねえ。雌島に着いたら船長たちが、女どもの気を引く。その隙におれとお前は裏通りに出て買い出しだ」
見つめる目が、不安で揺らぐ。
「安心しろ。買い出しの注文は俺がする。とにかくお前は声を出すな。一言もだ‥」
ナギの右手が●●●の頭をガシッと掴む。
いつも以上に力が込められギリギリ痛い。
ゴクッと唾を呑み込む●●●は、ナギの顔をじっと見る。
それから首をぎゅっと竦め、無言でコクンと頷いた。
「よし」
それを見届け、リュウガが肩を抱き寄せる。
「なら、今から島に上陸だ。すぐに準備にとりかかれ!メシ食ったら、とっとと島からずらかるぞ!」
おおぉぉぉー!
とたん椅子がガタガタ鳴いて、クルーがキッチンを飛び出した。
その背中をあっけに取られて見つめる●●●は、
それでも押し寄せる不安に、片手で赤い上着を握り
逆の手で胸をぎゅっと掴んだ。
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