亡霊が思うには


 07

 花鶏の過去が気にならないといえば嘘になる。
 だとしてもだ。無理矢理暴くことによって奈都のように自暴自棄になってしまったり、南波のように自分の自分を苦しめてしまうのであればそれは最善なのだろうか。
 ――そもそも、花鶏は自分の過去のことを忘れたという話も聞いていない。
 死んだ直後、いままで自分の過去の記憶を喪失していた南波ならいざ知らず、もし花鶏は過去のことを全て覚えていたならば。いて尚、成仏することもできずにこの場に留まっているというのならば。
 その根深さを考えると安易に踏み入れていいのか戸惑った。

 ……奈都のやつ、ちゃんと返したんだろうか。
 しばらく部屋に閉じこもって考えていたが、どうしても奈都の様子が頭にちらついて離れない。
 奈都があんな風に大胆な真似をするとは。思えば初めて会ったときから大人しそうな顔をしてなかなか力技を使うやつだった。

 花鶏の様子も気になったし、写真のことも気がかりだった俺は一度応接室に顔を出してみることにした。花鶏の部屋に直接尋ねる勇気はなかった。


 ――屋敷内、談話室。

「ども……」

 そう、恐る恐る扉を開いたときだった。

「待ちやがれこのクソガキッ!!」

 聞こえてきた罵声に驚く暇もなく、こちらへ目掛けて飛んでくる花瓶にぎょっとする。
 慌てて扉の影へと隠れれば、隣の壁に直撃した花瓶はそのまま凄まじい音ともに飛び散った。
 唖然としていると、丁度扉の横からにゅっと幸喜が顔を出す。そして、固まる俺を見てニィと厭な笑みを浮かべるのだ。

「あっちゃー、惜しー。もう少しで大当たりだったのに」

 一瞬何が起きたのか分からなかったが、この二人が揃えばいつものことなのだろう。
 まさか俺が現れるとは思っていなかったらしく、南波は酷く狼狽する。

「っ、じゅ……準一さん……っ! おい、大丈夫か……っ!」
「お、俺は大丈夫っすけど……」
「丁度良かった。準一準一聞いてよ、南波さんってばノリ悪くてさあ、昔のままの南波さんでよかったのに脅かし甲斐がないっての」
「うるせえ、あんな手に一度も二度も引っ掛かると思ってんのかよ、あ゛あ?!」
「とか言っちゃってさー」

 脅かし甲斐って……短気なところはあまり変わっていない気もするが、もしかしなくても幸喜は男性恐怖症のことを言っているのだろう。がっくりと肩を竦めた幸喜だったがそれもほんの少しの間のことだ、そのまま俺のへずいと近付いてくる幸喜にぎょっとする。

「もーいいや、南波さん飽きちゃったしやっぱ準一と遊ぼーっと」
「は? って、おい……っ」

 厭な予感に後退ろうとするが、一足遅かった。
 シャツの襟首を力づくで掴まれれば、そのままきゅっと首が締まる。「ぐえっ」と潰れた蛙のような声が漏れた。
 幸喜に捕まる俺を見るなり、南波は青ざめる。

「っテメェ、おい!」
「じゃ、南波さん後片付けよろしくー!」

 止めようと掴み掛かる南波をかいくぐり、そのまま幸喜は歩き出した。そんなことをされれば、更に首は締まっていくわけで。
「おいっ、幸喜っ!幸喜っ!」という止める南波に構わず応接室から出ていく幸喜。引きずられるような体勢のまま、幸喜は俺から手を離す素振りすらなく歩みを進めた。

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