亡霊が思うには


 05

 八月某日。
 いつもに増して蒸し暑い応接室には更に暑苦しい先客がいた。

「あ、準一さん、南波さん。おはようございます」

 窓の外の林からミンミンとけたたましく鳴り響く蝉の鳴き声に掻き消されそうになるほどの静かな声。
 ソファーに腰を下ろしていた奈都は、扉から入ってきた俺たちを見て笑った。久しぶりに見たその顔に、俺はビックリして目を丸くする。こうして奈都と顔を合わせるのはこの間のお使い以来だ。

「おはよう」
「……おう」

 ソファーまで歩いていく俺に、とことことついてくる南波はそう続ける。
 どうやら同性に対しての苦手意識はあるものの、見境がないわけではなさそうだ。奈都のようないかにも無害そうな相手には結構普通に接することが出来るらしい。とは言っても、相槌を打つくらいだろうか。
 並んでソファーに腰を下ろす俺と南波に、奈都は少しだけ驚いたような顔をする。

「花鶏さんが言ってたの、本当だったんですね」
「……ん?なにが」
「準一さんが南波さんを飼い慣らしているって」

 あの人、そんなこと言っていたのか。確かに意味は間違えてはないが他にももう少し言い方があっただろうに。
 案の定その露骨な言葉は南波の神経を逆撫でしたらしく、先ほどまで大人しかった南波は目を見張り「んなわけねーだろうが!」と声を荒げた。

「すっすっすっすっすみません!無神経でした、その、ごめんなさい、怒らないでください」

 いきなり怒鳴る南波にビクッと肩を跳ねさせた奈都は、そうアワアワと謝罪する。
 ここ最近双子たちに家畜扱いをされて南波も精神的に来ているのだろう。いつも以上にイライラしている南波に『あれ、やっぱりいつも通りだな』なんて思いながら俺は話題を変えることにした。

「ところで、他のやつらは。奈都しかいないのか?」
「あ、そうですね……先ほどまで花鶏さんたちも一緒だったんですがなんか慌てて外へ出ていきました」
「外に?」

 なにかあるのだろうかと思い、俺は窓の外に目を向ける。掃除したばかりなのか、磨かれたガラス越しに雲一つない真っ青な空が映った。
 なんか野生動物でも見付けたのだろうか。しょうもないことでいちいちはしゃぐからな、あの人たちは。

「どうやらまた、外から誰かが来たようです」

 そう続ける奈都に、僅かに隣の南波が反応する。
 また、ということはあれか。この間みたいなやつのことか。幸喜に脅かされ気絶した中年の男を思い出す。
 なんでだろうか、小さく胸がざわついた。

「僕は見てないのでよくわからないんですが、気になるんなら庭の方に行ってみたらどうですか?多分、そこにいると思いますよ」

 俺の表情からなにか察したようだ。

「今日は陽射しが強いので、僕は行きませんでしたけど」

そう続ける奈都は自嘲するようなな笑みを浮かべる。確かに、今日は一段と気温が高いようだ。
「そうだな」と頷いた俺は、そのまま座ったばかりの腰を持ち上げた。
 野次馬根性というのだろうか。目的があるわけではなかったが、『外から来た誰か』という言葉に心当たりがあっただけに確かめられずにはいられなかった。
 数日前、死んでから初めて会った友人の顔を思い出す。ないとは思うが、やはり気になった。
 そのままソファーから離れようとして、不意にリードを強く引っ張られる。南波だ。
 ソファーから動こうとしない南波は逆に俺の持つリードを引っ張り、無理矢理足を止めさせられる。

「……?南波さん?」

 その場から動こうとしない南波を疑問に思った俺はそう声をかける。

「……行きたくない」

 すると、俺から顔を背けた南波はまるで駄々っ子のようなことを言い出した。
 嫌そうな顔をしてガチガチになりながらもちゃんといつも後を着いてくる南波ばかりを見ていたせいか、珍しく自己主張をしてくる南波に俺は目を丸くする。

「南波さん、行きたくないんですか?」
「……どうせ、なんもないっすよ。外、暑いし」

 尋ねる俺に、南波はそう相変わらずどこかよそよそしい口調で答える。
 なんでなにもないと決め付けるのかとか、暑いのは毎日じゃないかとか、色々引っ掛かることはあったがどうしても南波は行きたくないようだ。
 最初は花鶏たちと顔を合わせたくないのかなとも思ったがそれも今さらすぎるし、どうやら他に理由があるように見える。
 無理矢理にでも引き摺ってやろうかと思ったが、それもそれで可哀想だ。というかそれ以前にリードを引く南波の力が強く、逆にこちらが引っ張られるのが目に見えている。
 花鶏たちのことが気になったが、この調子じゃ南波も動かなさそうだ。そう俺が半ば諦めたときだった。

「あ、よかったら僕がリード持ってましょうか」

 ふと、俺たちのやり取りを眺めていた奈都がそう思い付いたように提案してくる。
「奈都が?」目を丸くする俺に、奈都は「はい」と笑った。

「どうせ僕はここに居ますし、花鶏さんたちにも秘密にしておきますよ」

「準一さん、外、気になるんですよね」そう続ける奈都は確かめるように聞き返してくる。
「いや、まあ……」まさかの奈都にこんな提案を持ち掛けられるとは思っていなかった俺は僅かに狼狽した。
 確かに、いい案のように聞こえる。
 まあ別に逃がすわけじゃないし、預けるだけだしな。花鶏はこのことについてはなにも言わなかったはずだ。
 南波を一瞥するが、相手が奈都だからだろうか。藤也のときのように取り乱すことはなかった。

「じゃあ、少しだけ頼んでもいいか」

 言いながら、俺は南波のリードを奈都に手渡す。
 それを受け取った奈都は「任せてください」と口許を弛ませた。

 ◆ ◆ ◆

 屋敷横、外庭にて。
 奈都にリードを預け、屋敷の外まで一瞬で移動した俺は花鶏たちがいるはずの場所へ探す。
 南波のリードを持っている間俺も瞬間移動を使えなかったのでこうやって移動するのは久しぶりだ。相変わらずどこか落ち着かない気分になるが、それすら気にならないくらい便利なことには変わりない。
 それにしても、なんで南波は嫌がったのだろうか。珍しく駄々を捏ねる南波のことを気になりながら、俺は屋敷の外周を歩く。
 屋敷の周りには建物を覆うように聳える木々に囲まれ、どこからともなくなんか変な鳥の声が聞こえてきた。
 まったく、どこにいるのだろうか。もしかしたらとっくに外庭から移動してしまったのだろうか。なんて思いながら歩いていたときだった。

「んー久し振りだなあ、こんなに大量収穫なんて!お盆万歳!」
「……幸喜汚い」
「アッハッハッハッ!汚いってなんだよーひっどいなあ、お前だけには言われたくねーって……ああ、これのことな!」

 ふと、前方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。笑いが混じった軽薄そうな声に、物静かな落ち着いた声。どちらも瓜二つで、俺にとって聞き覚えのあるものだった。
 幸喜と藤也だ。
 屋敷から少し離れた草むらの中。そこから、二人の声が聞こえてくる。
 やっと見付けた。思いながら、俺は声がする方の草むらに近付いた。
 高い草の影からちらりと二人の背中が見える。花鶏らしき姿はない。
 声をかけようとしたときだ。
 草むらへと近付いた俺は、二人が座り込んで見下ろしているものに気付いた。
 人だ。顔は見えなかったが、伸びた二本の足は確かに人間のものだった。
 それだけなら予め奈都に知らされていたので気にならなかった。問題は、その人間の体から滲んだものだ。
 人間の体を中心に全身から滲み出た黒い染みに、自然と俺は全身が強張るのがわかった。水溜まりでもつくるかのように地面に出来たその染みには俺に取って見覚えがあるもので、辺りに充満した鉄が混じったような生臭さに吐き気が込み上げてくる。
 咄嗟に一歩下がったとき、足元の草を踏んだせいでガザリと音を立った。

「……ん?」

 背後からした足音に気付いた黒髪もとい藤也がこちらを振り返る。
 いつもと変わらない無愛想なその顔見知りの相手に僅かに緊張を弛めたとき、藤也の口を見た俺は目を見開いた。
 赤くべっとりと濡れた口許。汚れた唇を舐めるその舌はやはり赤く濡れ、それがなんなのか気付いたときにはもう既に周りの景色が変わっていた。


 屋敷内、応接室。

「お帰りなさい。早かったですね」

 瞬間移動で現れた俺に、奈都は特に驚くわけでもなくそう笑顔で出迎えてくれる。しかし、先程のショックが大きかったようだ。それに答えようとするが、口が動かない。
 青い顔をしたままソファーに腰をかける奈都は俺の異変を悟ったようだ。

「……なんかあったんですか?」

 そうどこか心配そうな顔をして見詰めてくる奈都に、俺は答えていいのかわからず「いや、大丈夫だ」と答える。緊張からか自然と声帯が震え、なんだか酷く情けない声になった。
 口許を手のひらで押さえたまま、俺は黙り込む。
 なんだったんだ、あれは。ただの俺の見間違えか。
 あまりにもショックな映像に思わず逃げてきてしまったが、今思えばそれはそれで間違った判断だったかもしれない。
 お陰で、俺の中で生まれた混乱はただ大きくなるばかりで。端から見ても分かるくらい自分が焦っているのがよくわかった。

「そんな、大丈夫って……」

 狼狽する俺に対し、心配そうな顔をする奈都はそう語尾を弱くする。
 心配してくれるのは嬉しかったが、もしかしたら俺の早とちりかもしれないという可能性があるだけにあまり下手なことは言えなかった。
 藤也の血に倒れてた人間。地面の血。ただ単に人間をビックリさせようとした双子の悪巧みなのかも知れない。
 前にシャンデリアの下敷きになった幸喜のことを思い出す。

「あ、悪い。リード預かるよ」

 ふと、南波のリードを持つ奈都の手に目を向けた俺はそう笑いながら手を差し出した。
 奈都はどこか納得がいかなさそうな顔をしたが、「わかりました」とだけ呟きリードを俺に渡す。
 距離があったせいで南波の首を引っ張ってしまい、「ぎゅっ」となんか色々出そうな声を漏らす南波は慌てて俺の隣まで移動した。

「……あの、三人には会えたんですか?」

 よっぽど俺の様子が気になるのか、そう遠回しに聞いてくる奈都。
 三人とは、花鶏と双子のことなのだろう。
 ソファーの背凭れにもたれ掛かり、自分を落ち着かせようと試みる俺は「藤也と幸喜にはな」とだけ答えた。
 そう言えば、俺は花鶏の姿を見ていない。自分で言ってからそのことに気付いた俺同様、奈都もそのことが気になったようだ。

「そうなんですか?三人一緒に出ていったんでてっきり一緒にいるかと思ってました」
「……いや、俺が見たのは人と双子だけだ」

 言ってから、なんだよ人ってと苦笑する。
 自分だって人なのに、無意識の内に分けて発言する自分自身に生ぬるい気持ちになった。大分俺も毒されているようだ。

「人って、例の……?」

 こちらをじっと見詰めながら尋ねてくる奈都に、俺は「ああ」とだけ頷く。
 拍子に先程見た赤く口を濡らした藤也の顔を思い出してしまい、不自然に声が上擦ってしまった。
 僅かに挙動が怪しくなる俺に感付いたらしい。

「その人がどうかしたんですか?」

 どこかぽやんとした見た目に比べて大分鋭い性格をしているようだ。
 俺を見据えたまま問い掛けてくる奈都はどこか昂っているように見える。
 まるで動揺する俺が心配で、というより外部からやってきた人間になにがあったのかということに強い興味を惹かれているようだ。

「別に、どうとかそういうのは……」
「もしかして、その人既に死んでたんじゃないんですか?」

 言いかけて、奈都に言葉を遮られる。
 そうソファーから腰を浮かし、テーブルに手をついた奈都はそう詰め寄るように問い質してきた。
 そこまで俺はわかりやすいのか、それともただ単に奈都の勘がいいのか。恐らくその両方なのだろう。見事図星を指摘された俺は、詰るようにこちらをガン見してくる奈都に気圧され思わず緊張した。

「おい」

 わからない。そう口を開こうとしたとき、低く唸るような声に遮られる。
 南波だ。

「……さっきから事情聴取みてーでこっちまで気分悪くなんだよ。そんなに気になるんなら自分の目で見て来たらいいだろ」

 隣に腰を下ろし自分の首輪を弄っていた南波は、そう正面の奈都から視線を外したまま続ける。
 事情聴取みたいというより事情聴取なのだが、もしかしたら南波なりに気を利かせてくれたのかもしれない。
「……南波さん」まさか南波に庇われると思ってはおらず、少しだけ驚いた。
 いや、庇う庇わない云々ではなくただ単に自分が気に入らなかっただけなのかもしれないが。

「……すみません、熱くなりすぎたみたいです」

 南波に止められ、そうしょんぼりと眉を下げる奈都は「ごめんなさい」と頭を下げる。
 先程まで火がついたように詰ってきたと思えば、止められるとすぐに頭を冷やす。熱しやすくて冷めやすいとは奈都みたいなことをいうのかもしれない。落ち着きが早いのは嬉しいが、どこでスイッチが入るかわからないだけにビビる。
「いや、俺がハッキリしないのも悪かったしな」奈都から視線を逸らし、俺は「悪い」とだけ謝罪した。

「いえ、気にしないでください」

 そんな俺に対し、そう首を横に振る奈都。そしてそのままソファーから立ち上がる。

「……どっか行くのか?」

 もしかして今ので気を悪くしたのかもしれない。
 席を外す奈都に声をかければ、奈都は少し困ったように笑った。

「南波さんに言われちゃったので、自分で見てきます。あ、臍曲げたとかそういうのじゃないので気にしないでください」

 不安になっていたのが顔に出ていたのかもしれない。そう慌てて言い足す奈都に俺は「そうか」とだけ答えた。
 奈都の言葉を聞いて少しだけほっとする反面、死んでいるかもしれないと自分で言って起きながらそれを見に行くという奈都の神経に驚く。
 でもまあ、本人がすると決めたことに口を挟むのもお門違いだ。それに、『あれ』がただの見間違えかどうかもわかる。
 俺は、黙って奈都を見送ることにした。
 相変わらずソファーの端でちょこんと座る南波も奈都を一瞥するだけでなにも言わない。
 奈都が応接室の扉へ近付こうとしたとき、奈都がドアノブに触れるよりも先に何者かの手によって応接室の扉が開いた。

「おや、二人ともここにいましたか」

 ぴょこりと扉から顔を出した和装の美成年、もとい花鶏は応接室を見渡しながらそう続ける。
 どうやら俺と南波はセットのようだ。最早数にすら入れてもらっていない南波に同情せずに入られなかった。

「花鶏さん……お帰りなさい」

 現れた花鶏にそう軽く会釈する奈都に、花鶏は「ただいま」と微笑んだ。

「おや、もしかして出掛けるところでしたか?」

 扉の付近に立っていた奈都に気付いたらしい花鶏は言いながら応接室の中へと入ってくる。
 その腕の中には買い物袋のような大きめの紙袋が抱えられており、どっからそんなもん持ってきたんだと俺は目を細めた。

「まあ、はい。ちょっとそこまで歩こうかと……」
「そうだったんですか……。もしよろしければと思ったんですが、少々お時間頂いても構いませんか?」
「……僕ですか?」
「ええ。あと、そこのお二方も」

 そうソファーに座る俺と南波を交互に見た花鶏は持っていた袋をテーブルの上に置く。中に重いものが入っているらしいその袋はごとりとテーブルを僅かに揺らした。袋の底の方は僅かに土で汚れており、どことなく懐かしい香りがする。

「……なんですか、これ」

 とことことテーブルへと戻ってくる奈都を一瞥した俺はテーブルの上に置かれたその紙袋に目を向けた。
 興味半分恐怖半分の俺に花鶏はニコニコと笑いながら「どうぞその目でお確かめ下さい」と促してくる。正直、あまり良い予感がしない。

「あの、変なものとか入ってないですよね」
「変なもの?」
「……首とか」
「まさか。そんなはしたない真似しませんよ」

 まるで心外かとでも言うかのように呆れる花鶏に叱られたような気分になる俺は「すみません」と続ける。
 花鶏のはしたないの定義が謎だったが、また怒られたら嫌なので深く突っ込むのはやめておいた。

「……お前、またあそこに行ったのか」

 ふと、紙袋に集る俺と奈都を一瞥した南波はそう側に佇む花鶏に尋ねる。
 あそこ?
 先ほどまで黙り込んでいたと思ったら気になることを口にする南波に俺は目を向けた。

「ええ、あなたも行きたかったですか?」
「んなわけねえだろ。服が臭くなる」
「そんなに匂いますかね。死臭が目立たなくなって丁度いいと思うんですが」
「年寄りくせーんだよ、お前」
「おや、泥臭い野犬のような匂いさせるあなたよりかはましだと思いますが」

 どうやら年寄り臭いと言われたのが頭にキたようだ。
「首輪、似合ってますよ」そう微笑む花鶏はそう南波に笑いかける。

「喧嘩売ってんのか、てめぇ」
「まさか。可愛い冗談じゃないですか。それに、あなたには首輪よりも縄の方が似合ってますしね」
「……ッ」

 微笑みながら続ける花鶏のその一言に、南波の顔が思いっきり引きつった。
 どうやら南波の逆鱗に触れたようだ。急に押し黙る南波に、なんとなく嫌な雰囲気を感じた俺は咄嗟に「花鶏さん」と口を挟む。

「これ、中見てもいいんですか」

 そう脈絡もなく尋ねる俺はソファーから腰を浮かし、紙袋に目を向ける。
 俺の方を見た花鶏は先ほどと変わらぬ涼しい顔で「どうぞ」と続けた。
 とにかく、話を逸らすことは出来たようだ。
 側までやってくる奈都と一緒にガサガサと紙袋の口を広げた俺。そして、中に入っていたものを見て俺たちは目を丸くする。

「あ……花鶏さん、これ……」
「……どっから盗ってきたんですか」

 干菓子の落雁に小振りのスイカに野菜や甘酒、そして雑誌にぬいぐるみ。
 食物から始まって様々なものが入り交じったその紙袋に、俺と奈都は呆れたように顔を見合わせる。そんな俺たちに花鶏は大袈裟に肩を竦めた。

「おや、心外ですね。……では、どうぞ準一さん」
「……俺?」
「はい、準一さんが落ちたところに供えられていたのでこっそり持ち帰って来ました」

 その言葉に俺は顔を上げ、花鶏を見る。
 目が合って花鶏は「嘘じゃないですよ」と静かに続けた。

「これって、勝手に食べていいんですか」
「もちろん、あなたへのプレゼントなんですから」

 というか、食べれるのだろうか。
 よく事故現場などにお供え物なのだが置かれているのは知っているが、まさか自分が差し入れられる側の立場になるなんて思いもしなかった。
 どんな人間がわざわざ用意してくれたのだろうかなんて思いながら甘酒を手に取ったとき、紙袋の奥にもまだなにかあることに気付く。
 封筒だ。紙袋の奥には一枚の茶封筒が入っていた。

「花鶏さん、これ……」
「その続きは自室でゆっくり見てはどうでしょうか」

 茶封筒を取り出そうとする俺の手首を掴み制した花鶏は、そう柔らかく微笑む。
 全身に緊張が走った。
 まじでどこで拾ったんだ、これ。
 顔を強張らせた俺は、再び紙袋の中に目を向ける。
 紙袋の中の茶封筒には、『準一へ』と見覚えのあるきったない字で名前が書かれていた。

 ◆ ◆ ◆

 紙袋のことが気になった俺は花鶏たちに断りを入れ、南波とともに応接室を後にした。
 薄暗い屋敷内。
 徒歩で自室まで戻ってきた俺は、開きっぱなしの壊れた扉から殺風景な部屋の中に入った。
 紙袋の中が気になってつい大股で歩いてきてしまったが、相変わらず不機嫌そうな南波はなにも言わずに一定の距離を保ちついてきてくれる。
 自室に入るなり、紙袋を床の上に置いた俺は中から茶封筒を取り出した。そして、ボールペンかなにかで書かれた宛名に目を向ける。
 お世辞にもあまり上手いとは言えないような特徴的な字。……間違いない、仲吉の字だ。
 茶封筒に穴が開くほど見詰める俺は、なんで現場にこんなものがあるんだと顔をしかめる。
 答えはただ一つしかないと自分でも理解していたが、だからこそなにかの間違いかと思いたかった。仲吉が直接持ってきたとしか考えられない。問題は、仲吉がいつこれを用意したかだ。時間によっては、色々心配が出てくる。
 しかし、そんな俺の疑問についてはすぐに解消された。
 ある意味最悪の形となって。

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