短編


 02

「よ、八葉」
「………賀茂君」
「んだよ、疲れてんな。お勉強もいいけど、ちゃんと息抜きできてんのか?」

 予備校から家へと帰る途中。見たくない顔がそこにはあった。
 仲間たちと一緒にいた賀茂は俺の顔を見るなり近付いてくる。

「……大丈夫だよ、これくらい」
「けど、顔色悪いぞ。なんか顔赤いし」
「……ッ!」

 いきなり賀茂に首に触れられ、凍り付く。分厚く、硬い掌に心臓を鷲掴みにされたような感覚だ。全身から血の気が引く。

「っ、さ、触らないで……ッ!」

 そう賀茂の手を振り払えば、賀茂は目を丸くした。周りの奴らは何事かとこちらを見てる。

「おい賀茂、なに弱い者いじめしてんだよ
「馬鹿、してねえよ」
「あーあ、八葉君かわいそー」
「振られてんじゃん、賀茂

 周りの笑い声がやけに大きく響く。
 目の前が段々暗くなっていくのだ。……あのときと同じだ、暗いリビングのなか、声を潜めて言い争っている両親を見たときと同じ――。

「……ッ、」
「八葉? ……って、おい、八葉!」

 いても立ってもいられなかった。
 いたたまれなくなり、俺は堪らずその場から逃げ出したのだ。
 どこへ逃げようだなんて考える暇もなかった。ドクドクと脈打つ鼓動。胸が、心臓が苦しくて、俺は胸を抑えたままとにかく人がいない場所を探した。

 やってきたのは住宅街の閑静な公園だった。
 既に暗くなり、街灯に照らされたそこには子供たちの姿は見当たらない。
 俺は逃げるように公衆便所へと駆け込んだ。
 ただの体調不良などではない。この感覚には覚えがあった。
 目の奥がじんわりと熱くなり、腹の奥どろどろとした熱が燻るような感覚――発情だ。
 こんな短い間隔で発情期がやってくるなどとは思っていないだけに戸惑った。
 早く、早く薬を飲まなければ。洗面台に鞄を置き、中を弄る。が、見当たらない。
 どうして。と思い、気付く。そうだ、丁度切らしていたから今夜の帰りに買い足す予定だったのだ。
 それを、あの男に――賀茂に邪魔された。

 今からでも薬局へ駆込めば、そう思い、公衆便所から出ようとしたときだった。
 出入り口の前、そこに立っていた人影に気付き、青褪めた。

「……ッ、か、賀茂君……」

 そこには賀茂が立っていた。出入り口を塞ぐように無言でこちらを見ていた賀茂に血の気が引く。
 抑制剤がない今、αである賀茂といるのは危険だと思ったがやつはただ冷めた目でこちらを見ていたのだ。

「……八葉お前、ヒートか?」
「っ、ちが……これは……」
「違わねえだろ。……お前βだったよな、それに、なんで首輪もしてないんだ」

「俺が抑制剤飲んでなかったらどうするつもりだ?」と呆れたような顔をした賀茂。近付いてくる賀茂に息が苦しくなる。心臓がおかしくなりそうなほど早くなり、俺は堪らず後退るがあっという間に壁に追い込まれた。

「か、賀茂……ッ」
「それとも、誰かに襲われるの待ってたのかよ」

 賀茂にはヒートが効いていない。はずなのに。
 覆い被さる影に、近付くほど濃厚になる賀茂の甘い香りに頭の奥がじんわりと溶けていく。
 乾いた指先に首筋を撫でられれば、それだけで皮膚がぴりっと痺れるるのだ。

「っ、ぁ……ッ」
「否定しろよ、八葉」
「っ、ちが、お、俺……ッ」
「なんで俺にΩになったこと隠してた?」

 賀茂はいつもアホみたいに笑ってて、だから、こんな風に怒ってる賀茂見たことなかった。
 そもそもなんで賀茂が怒るのかわからない。Ωのことだって、お前に言う必要はないはずだ。
 それなのに。

「っ、賀茂……ッ、ん、ぅ……ッ」

 唇を塞がれ、体の芯からぞくりと震える。
 初めての感覚なのに、まるで待っていたかのように全神経が喜ぶのが分かり恐怖した。
 違う、なんで、こんなことしたくないのに。

「っ、ふ、ぅ……ッ」

 肉厚な舌を挿入され、歯列から顎裏まで舐られる。ぞわぞわと無数の虫が這い上がってくる感覚に耐えきれずに逃げようとするが、大きな掌に後頭部を掴まれ更に喉の奥まで犯されるのだ。

「ん゛ッ、う゛……ッ」
「っ、は……小せえ舌、……ッなあ、八葉、俺達こうやってキスすんの何年ぶりだろうな?」
「っ、ん、し、らな゛、やめ、ぉ゛……ッ、ん゛……ッ、ふ、ぅ……ッ」

 ぢゅぷ、と更に舌をしゃぶられ、噛まれる。性器に見立ててやつの舌先でねっとり粘膜同士をこすり合わせるように根本から先っぽまでを丹念にしゃぶられれば、それだけで咥内には唾液が滲みだすのだ。
 何故、賀茂にキスされてるのか。賀茂の言葉の意味すらもわからない。それでも顎の下を指先で撫でられながら更に喉の奥まで太い舌で犯されれば、あまりの息苦しさと感じたことのない心地よさに何も考えられなくなるのだ。

「っ、ふーっ、ッ、う、ん゛ぅ……ッ」

 逃げたいのに、がっちりと固定された頭は動かすことすらできない。お互いの唾液でぐちゃぐちゃに混ざりあった咥内、賀茂に乱暴にかき回されるだけで下腹部が熱くなる。
 唇と舌がふやけてしまいそうなほどのキスに耐えきれず、腰を抜かしてしまえば、賀茂の筋肉質な腕に腰を抱き止められた。

「っ、か、もく……ッ」
「あー……ッ、その顔、お前、そんな顔もできんのな」

「安心したわ」とそのまま尻を掴まれて息を飲む。抱き寄せられ、臍の辺りに硬い感触が推し当てられる。硬く膨らんだそれがなんなのか確認する勇気もなかった。

「な、んで……ッ」
「なんでって、そりゃ抑制剤飲んでも関係ねえだろ」
「……っ、は、離し……ッ」
「離さねえよ……そもそも、こんな調子でどこに行くんだ? 俺以外のわけわかんねえやつに襲われて終りだろ」

 スラックス越しに尻の肉を揉まれ、摘まれる。それだけで腰が跳ね上がった。
 逃げたいのに、逃げられない。わからない。自分の体のはずなのに、体が言うことを聞かないのだ。
 食い込む指先に尻の割れ目を撫でられ、ひく、と喉が震えた。嫌なのに、こんなこと望んでないのに、屈辱なのに、自分の意識とは反対に体が反応するのだ。

「かわい……震えてんのか?」
「っ、ぃ、いやだ、賀茂君……っ」
「お前が悪いんだろ、お前がもっと早くΩだって教えてくれてたらこんなことなんてせずに……」

 言い掛けて賀茂は口を閉じた。その代わりに、俺の股の間に膝の頭を入れてくる。
 強制的に開脚させられ、制服の下、膨らんだ下腹部を眼下に晒された。慌てて閉じようとするが賀茂の足が邪魔で閉じれず、「賀茂君」と声を上げれば賀茂のやつはそれを無視して俺の股間を膝で柔らかく圧迫してくるのだ。

「っ、ひ、う……ッ」
「はは、八葉も勃起すんのな。……なあ、ヒートってどんな感じ? 他のやつはもっとガツガツしてんのに、お前はしおらしいのな」

「そーいうところも余計エロいわ」と、肩口に顔を埋めてくる賀茂に首筋を舐められ、飛び上がりそうになる。
 首は駄目だ。このまま項に歯を立てられるのではないかという恐怖のあまり、賀茂の頭掴んで引き剥がそうとするが、うっすらと浮かぶ首筋の血管をしゃぶられれば力が抜けてしまいそうになる。

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