短編


 少年Aの選択

 小さい頃から周りは大人ばかりだった。家庭教師に使用人、兄達も俺と歳も離れていたし、自分と同い年の子供はテレビの中くらいでしか見たくなくて。当時、友達というものに憧れていた俺は親に『友達が欲しい』と強請った。そして、連れてこられたのは二人の少年だ。

 一人は姿勢はいいけど無口な黒髪の少年。
 もう一人は縮こまってびくびく震えてる茶髪の少年。

『今日からお前の友達になる、コウメイとリツだ。好きにしたらいい』

 そう父親は言った。
 無口なのが、コウメイ。震えてるのが、リツ。
 その日から二人はうちの屋敷で暮らすことになり、三人でいる時間が多くなった。
 初めての同年代の友達ということに最初は戸惑ったけど、次第に慣れていき、今ではもう一緒にいることが当たり前の存在になっている。二人共、俺には欠かせない存在となっていた。

「来斗、朝だ。……起きろ」

 耳障りの良い、静かな声。優しく体を揺すられ、ゆっくりと瞼を持ち上げればそこには見慣れた顔があった。

「うんん……?」
「朝食の用意が出来てある。……冷める前に食べた方がいい」

 片目が隠れるくらいに伸ばされた前髪。無表情だったそいつは、俺と目が合うと静かに微笑んだ。
 コウメイは毎朝寝付きの良すぎる俺を起こしに来てくれる。小さい頃、使用人たちのいうことを聞かなかった俺に、コウメイが自分から申し出たのだ。
 それから、高校に上がった今でもこうしてずっと起こしに来てくれるのだけれど、正直、朝からコウメイを見るのは、辛い。

「……ん、おはよ。コウメイ」
「おはよう。よく寝たみたいだな」

 いつもは仏頂面のくせに、二人になるとコウメイは笑う。俺に向かってだけ見せてくれる、優しい笑顔。
 ……うん、心臓に悪い。
 なんだか目のやり場に困って、早くこの場を切り抜けようと起き上がろうとすると、ふと伸びてきた指に頬を撫でられた。電流が流れたように全身が、緊張した。

「……痕がついてる」

 囁くようなその声に、ぞくぞくと全身が震える。
 あまりの不意打ちに「えっ?」と口から漏れた声は裏返ってしたい、そしてすぐに、その言葉を理解した。
 自分の頬に触れ、枕の痕がくっきりと残った皮膚に青褪める。

「……うわ、本当だ……っ」
「……ふっ」
「なに笑ってんだよ、おい」
「いいから早く顔を洗ってこい。……今日から新学期だろう」

 くそ、今日こそは少しはかっこいいところを見せてやろうと思ってたのに。
 朝からこの調子じゃ、きっと無理だ。
 声を潜めて笑うコウメイに恥ずかしさと情けなさでいっぱいになった俺は、「おう」とだけ言い残し逃げるように寝室を後にした。

 俺の家はどうやら長く続いている資産家家系らしく、自室から洗面所、洗面所から食堂へ行くまでに無駄な移動時間を使うくらいは広い屋敷だった。
 全く、朝からついていない。肝心のコウメイは全く気にしてない様子で俺の横歩いているし、ほんと、少しは気にしてくれてもいいんじゃないのかと謎の要求をしたくなる。
 それでもまあ、無理はない。朝から起こされることも、俺が枕の痕付けるのも、ずっと一緒に育ってきたこいつにとったら当たり前のことで、日常茶飯事だ。
 ……ここまで意識する俺の方がおかしいというのは、わかっていた。

「おはようございます、来斗様」
「おはようございます!」
「んー……」

 すれ違う度に使用人たちは並んで頭を下げていく。その前を歩き、家を後にした俺は門の前に停めてある車へ乗り込んだ。続いて後部座席に乗り込んだコウメイは扉を閉め、車は動き出した。
 学校はそれ程遠くない。それでも、車で移動することに慣れてしまった体は自分から動く気すら失っていて。
 あっという間についた校門前。車を降りれば、丁度登校していた生徒たちの視線が一気に集まった。
 昔からだ。俺が丁塚来斗と名乗れば、周りの人間は顔色を変える。それが面白くて、俺は一般の生徒が通うような平均的レベルの高校を選んだ。最初はそんな生徒たちの反応が面白かったのだけど……。

「来斗、ちょっと待て」
「ん?」

 さっさと登校しようとしたとき、呼び止められる。
 なんだとコウメイを振り返った時、ネクタイを掴まれた。そして、顔が近付く。

「ネクタイが曲がってる」

 ぎょっとして凍りつく俺に、コウメイは俺に聞こえるくらいの声量で囁いた。
 辺りの女子生徒から悲鳴にも似た声が飛び交い、顔が、全身が、火を噴くように熱くなった。
 それも束の間。コウメイは、すぐに俺から離れる。

「……これでいい」

 微笑むコウメイに、バクバクと脈打つ心臓は今にも破裂しそうで。
 絶対、こいつわざとだ。俺をからかってるんだ。そう思わないと、おかしくなりそうだった。
 こんなにも、コウメイが好きだなんて。

 コウメイはどちらかと言えば厳しい方だろう。
 俺の友達として、教育係として、お目付け役として、小さい頃からずっと一緒にいた。
 高校に上がる時、コウメイも一緒の学校に来ると聞いて喜んだのはまだ記憶に新しい。
 コウメイは俺よりも頭がいい。だから、もっと俺よりも頭のいい学校へ行くかと思ってた。そんなコウメイは、もちろん、学校でも人気があった。女子生徒からはもちろん、男子生徒、教師陣からまでも信頼を置かれている。そんなコウメイが俺を優先してくれるのは嬉しくて、誇らしくて、一般的にいう優越感というやつだろうか。
 だけど、コウメイが委員会に入ってから、放課後一緒になる時間は少なくなった。
 もとより放課後はコウメイの習い事で一緒にいられなかったので、実質的にはそれ程影響ないのだろうけれど、今こうして俺が一人でいる間、コウメイが他の女子たちと同じ空間にいると思うと少し、いやかなり、気分が悪かった。


 放課後、校門前。

「来斗っ」

 車を呼び出そうと携帯を取り出したとき、聞き慣れた声が飛び込んでくる。
 驚いてそちらを見れば、そこには色素の薄い私服の青年が一人。

「リツ。なんだ、お前もういいのか?」
「うん、全部済んだよ」

 目を伏せ、どこかもじもじしながら呟くリツ。
 頭を撫でてと強請るようなその仕草に思わず頬を緩めた俺は、リツの癖っ毛に指を絡め、そのまま頭を軽く撫でた。

「ご苦労様」

 瞬間、かあっと耳まで赤く染めたリツは言葉に詰まった。
 それも僅かな間だ。ちらりと俺を見下ろしたリツは相変わらずおどおどとした態度で「あの」と口を開いた。

「それじゃ……一緒に帰ろうか。僕が送るよ。どうせ、コウメイのやつ委員会あるんだよね」

 熱っぽい目。もじもじと自分の指を絡めあい、落ち着かない様子で俺に擦り寄ってくるリツ。

「……だめ?」

 なにも答えないでいると、不安そうに細められたその目にじわりと涙が滲む。
 リツは、昔から変わらない。いつでも俺の機嫌を伺って、俺の後ろからついてこようとする。
 今は、そんなリツが可愛く思えた。

「いや、いいよ。それよりも、寄り道したいんだけど、いいよな」

 何度も頷くリツ。俺は校門前に停められているリツの車の助手席に乗り込んだ。

 リツは俺とコウメイよりも二つ年上だ。
 小さい頃はあまり気にならなかったけど、その些細な年の差はこうして周りと関わるようになってからやけに大きく感じる。
 例えば、車の免許を取れるだとか。例えば、一人で暮らせるようになるだとか。些細なものだけども、俺にとってリツはなんとなく遠い人のように思えてしまうのはきっと俺がまだ子供だからなのだろう。

「ん……ぅ、ふ……っ」
「来斗……ッ」

 どっか適当な路地に停めた車の中。
 人がいなくなった途端、覆いかぶさってくるように助手席へやってきたリツに制服の中を弄られる。
 車内は温かいからあまり寒さは気にならないが、それよりも目の前のフロントガラスだ。
 誰が来てもおかしくない今、周りなんて全く見えていないかのように首筋にしゃぶりついてくるリツに押しつぶされそうになる。

「っは、お前、がっつき過ぎだってば……」
「だって、僕、頑張ったんだよ……あの女、ぎゃーぎゃー騒ぐから煩くて……最初手こずっちゃってさ……っ、ん、でも、大丈夫、ちゃんと片付けたから」

 音を立て、首筋を吸われる。密室と化した車内。胸元までたくし上げられたシャツの下、剥き出しになった上半身にリツの手が這わされる。
 冷たくて、大きい手のその感触にぶるりと震えたとき、肩口から顔を上げたリツは濡れた瞳でこちらを覗き込んでくる。

「だから、ご褒美……頂戴……?」
「っ、ぁ、ご褒美……?何?」
「き、キスッ」

 リツの声が裏返る。
 思いの外大きな声に自分でも恥ずかしくなったらしい。真っ赤になったリツは、控えめに俺を見上げた。

「キス、して……?」

 リツとこういう関係になったのは、いつからだったっけ。
 リツとコウメイと俺と、三人で一緒にいることが多かった時期。
 マスターベーションというものもまだ理解できなかった頃、コウメイといるとなんだかむずむずして一人になると俺は部屋に引きこもって自分のを扱いていた。
 それをたまたまやってきたリツに見られたのが、そもそもの始まりで。

『大丈夫だよ。何もおかしくなんてないから』

 僕も手伝ってあげる、と申し出るリツに気圧され、なされるがまま流されて数年。
 今では当たり前のように性欲処理を頼むようになっていて、リツも、それを望んでいて。

「っ、ん、ぅ……ッ」

 リツの唇に軽く自分の唇を押し付ける。
 柔らかい感触。離れようとして、すぐに伸びてきた手に髪を掴まれ、後頭部を抑えられる。

「っは……ん……ッ」

 ぬるりとした舌が唇を這い、その僅かな隙間から割って入ってくる濡れたそれに背筋が震えた。
 荒い息が、吹きかかる。
 覆いかぶさってくるリツは真っ赤になった頬を緩め、微笑んだ。寧ろ、にやける、と言った方が適切かもしれない。

「……ふふ、来斗とキス……しちゃった……ッ嬉しい……すごい嬉しいよ、来斗……っ」
「っ、ぁ、は……ッ」
「来斗……ね、もっかいして……ッ」

 そう甘えてくるリツに、俺はゆっくりとその唇にキスを落とした。

 自分がおかしいという自覚はあった。リツの優しさに甘えて、利用してる。その上で、リツは俺に応えてくれる。
 コウメイが知ったらどんな顔をするだろうか。真面目なコウメイのことだ、軽蔑するだろう。
 考えただけで怖くて、震えが止まらなかった。
 それでも、俺はコウメイへの想いを紛らわす方法を他にしらない。

「リツ……なあ、頼みがあるんだけど」
「ん?どうしたの?」

 車の中。汗だくになった制服を着替えた俺は、カバンの中からファイルを取り出した。
 それを見た瞬間、リツの目の色が変わった。

「来斗……」

 無言でそれを渡せば、全てを悟ったリツは優しく微笑んだ。そして、押し黙る俺の頭を撫でる。

「わかった、すぐに始末するから安心して」

 幸せそうに笑うリツに、俺はなにも言えなくなった。
 こんなこと、ダメだ。そう頭で理解していても、自分が抑えきれなくなる。
 特に、コウメイが女子といるとき。自分が男だけらということでこんなに悩んでいるのに、あいつらは自分が雌だからそれを活かして簡単に近付いてくる。
 コウメイが誰かと二人で一緒にいるのを見てるだけで吐き気が込み上げてきて、途端制御が効かなくなるのだ。
 そういう日は、自然とリツの元へ足が出向いてしまう。もうこれは、癖みたいなものだろう。
 夜、リツに家の前まで送ってもらった俺はそのまま裏口からこっそり入ろうとして、現れた人影にぎょっとした。

「……おかえり」

 扉のすぐ横、待ち伏せていたコウメイに心臓が止まりそうになる。

「た……ただいま。早かったんだな」
「ああ……」

 委員会がある日は決まって遅くなる。
 だから、少しくらい寄り道しても大丈夫だろう。そう思っていたのだけれど。

「……リツと一緒だったのか」

 早く部屋へ上がろうとコウメイの前を通り掛かったとき、肩を掴まれた。
 不愉快そうに顔を顰めるコウメイに、背筋が寒くなる。

「ん、まあ。途中で会ったから……送ってもらった」
「……」
「あの、コウメイ……痛いんだけど……」

 指先に込められる力。掴まれた肩にぎちぎちと鋭い痛みが突き刺さる。動けなくなる俺に、気付いたようだ。
「悪い」と小さく呟いたコウメイはすぐに俺から手を離した。
 そのまま押し黙るコウメイ。もしかして怒っているのだろうか。
 そう不安になった俺が「コウメイ?」と恐る恐る尋ねたときだ。
 伸びてきた手に頭を押さえ付けられ、そのままぐしゃぐしゃに髪を掻き回された。

「先にシャワー浴びてきたらどうだ。……香水臭いぞ」

 そう一言。溜息混じりに吐き捨てるコウメイに、「お、おう!」と慌てて返事する。
 そのままコウメイは何も言わずにその場を後にした。
 ああ、やってしまった。コウメイの後ろ姿を眺めながら、俺は激しい自己嫌悪に陥った。
 一人は、苦手だ。なにをしていても余計なことばかり考えてしまう。

 広い浴槽の中。コウメイに言われた通り風呂に入りにきた俺は、先程の怒ったコウメイの顔を思い出しては一人嘆いていた。
 コウメイとリツは、仲が悪い。それを気付いたのは、リツがこの家を出ていってからだった。
 それまで俺は、ずっと三人でいられると思っていたし、二人もそれを望んでいると思っていた。
 だけど、それは全て俺の思い込みで、現実は全く逆で。
 リツが戻らなくなった日。

『お前には俺だけで十分だろ?』

 泣きじゃくっていた俺に、コウメイはそう言った。
 その言葉は、三人でいることが当たり前だと思っていた俺にとっては大層ショックなもので、コウメイにとってリツはそれほど重要ではないのだと知った途端、酷く虚しくなった。
 それはコウメイなりの慰めだと今では理解できるけれど、それでも、コウメイは俺が今でもリツと会っていると知るとああして嫌そうな顔をする。
 そんなコウメイの態度に、余計、胸の奥の背徳感は燻るばかりで。

「……はぁ」

 湯気に混じって、息が漏れる。人肌よりも少し温かいお湯が心地良い。
 なんとなく、抱き締められているように感じてしまうのは相当俺の頭が逆上せている証拠なのだろう。

「……っ、コウメイ……」

 油断すると、すぐにコウメイのことばかり考えてしまう自分に今更呆れはしない。
 目を瞑り、自分の下腹部に手を伸ばした俺は、硬くなり始めていた自分のものに触れる。
 湯船の中。自分の手をコウメイの手に重ね、掴んだそれをゆっくりと上下させる。

「っ、ん、ぅ……ッ、うう……ッ」

 興奮はすぐに全身へと回った。
 擦ればこするほど腰の奥がじんと熱くなって、次第に手の動きは激しさを増す。
 自制心は呆気なく崩壊する。もともと、我慢は出来ない方だったから、もしかしたら最初から存在していないのかもしれない。
 湯船に波が立ち、腰が動いた。あんなに、リツに手伝ってもらったのに。
 コウメイのことを考えるとすぐに欲情してしまう自分が恥ずかしくて、死にたくなる。

「んん……ッ!」

 声を上げそうになり、咄嗟に口を塞いだ。瞬間、びくりと大きく腰が揺れ、お湯の中、俺は射精した。
 お湯から出て外に出す余裕すらなかった。そんな自分になんとも情けなくなる。

「ッ……何やってんだろ、本当……」

 一時的な性欲を満たしたところで、なんの意味もないことはわかっていた。
 これじゃ本当にオナニーと一緒だ。それにリツを巻き込んでしまっている時点で、素手に自慰の域を超えているのだろうが。

 あれは、いつのことだっただろうか。そうだ、俺が小学校を卒業してから数ヶ月。
 桜が咲き始めた春の日、中学の入学式を目前としたときだった。俺は、多忙な父さんに呼び出されたんだ。

『どうしてお父さんがあの時二人を連れてきたのかわかるか?』
『どうして?』
『お前に、これからの人生を共にする部下にどちらか一人を選んでもらうためだよ』
『部下?』
『お前のために働く人のことだ』
『どちらか一人って?リツかコウメイってこと?』

 突然の父さんの言葉に、酷く動揺したのを覚えている。
 二人に甘えて生きてきた俺にとって、どちらかという選択肢はまず頭になかったのだ。

『どうして、二人じゃダメなの?』

 勿論、理不尽な父さんの言葉に納得なんて出来るわけなくて。
 そんな俺に、父さんは顔色を変えるわけでもなく淡々と言葉を紡ぐ。

『来斗、お前には考えて、一つのことを選ぶことを覚えてもらいたい。選ぶことの重大さ、責任を。そのために、お父さんは二人を連れてきたんだ』
『そんなこと、いきなり言われても……』
『二人には、最初からそのことを伝えてある』
『ッ……え……?』
『お前がどちらを選んだとしても、二人は納得するはずだ』
『なにそれ……なんだよ、それ……』

 突然の父さんの言葉に、次から次へと混乱する。
 どうしてこんな意地悪するのだろうか。俺が馬鹿だからか?父さんは俺のことが嫌いなのだろうか。
 コウメイだって、リツだって、そんなこと一言も言ってくれなかった。俺だけ、仲間はずれにしていたのか。
 泣きそうになる俺に、父さんは『来斗』と窘めてきた。
 早く決めなさい。そう、いいたげな目に急かされ、俺はますます混乱した。
 優しいリツか、厳しいコウメイ。

『お、俺は……』

 どれだけ考えていたのかわからない。回らない頭の中、俺はゆっくりと口を開いた。
 そこで、映像は途切れる。

「……」

 けたたましく鳴り響く目覚まし時計。
 大きな窓から差し込む朝日に俺は目を細めた。

「夢、か」

 それにしても、随分とリアルな夢だった。
 額にぐっしょりと滲んだ汗を拭い、俺は起床する。
 父さんに迫られたあの日、結局俺はどちらも選ばなかった。否、選べなかったのだ。
 リツが大きな怪我をして、入院することになったのだ。それから、俺の世界は変わった。
 暫くの間入院することになったリツが、そのままうちに戻ってくることはなかった。
 リツと再会したのは、俺が高校に上がる前だった。

『来斗、卒業おめでとう』

 そう現れたリツは、最後に見たときよりも背が伸びていて、一瞬誰だかわからなかったくらいだ。それから、リツになんで家を出たのかと問い詰めた。
 リツは笑ってはぐらかすばかりで、ただ泣き笑いの表情で『会いたかった』と繰り返すばかりで。
 会えない間、どこにいたのかなにしていたのかすらわからない。
 ただわかったのは、リツは一人で生活出来るようになっていてそれ程離れていない場所で暮らしているということくらいだった。
 昔のようなどこか怯えたような様子はなく、その代わり、よく笑うようになっていた。
 どちらも選ばずに、どちらとも過ごす日々がまた始まる。
 勿論、父さんにリツと会ったことは言っていないしこれからも話すことはないだろう。

「おはようございます、来斗様、コウメイ様」
「……うー」
「来斗、しゃきっとしろ」
「ういー」

 翌朝。制服に着替えた俺はコウメイとともに家を出る。
 まだ寝ぼけ眼の俺とは対照的に、しゃきっと背筋を伸ばしたコウメイ。本当にこいつは寝起きなのだろうか。きっと俺はコウメイがサイボーグだと言われても驚かないだろう。それくらい、こいつには生活感というものを感じなかった。
 なんて事を考えながら、コウメイの横顔を眺めていると、目があった。
 そして、コウメイは深く息をつく。

「全く……本当、世話がやけるな」
「悪かったな、駄目なやつで」

 そう、ぽつりと呟く。そんな俺に少しだけ意外そうな顔をしたコウメイ。

「なんだ……自覚あるのか」
「うるせえ!」

 そこはフォローしてもらいたかった。
 あまりにもばっさりと斬られ、なんだか情けなくなる俺にコウメイは笑う。それも束の間。

「おい、ちょっと待て」
「あ?」

 びっくりして立ち止まれば、ゆっくりと近付いてきたコウメイにネクタイを掴まれた。そして、ずれたそれを直される。

「……また曲がってるじゃないか」

 少し背中押されたら、唇がぶつかってしまいそうなくらいの距離。
 早速邪な思考を働かせそうになる自分にはっとし、コウメイから飛び退く。

「わ……わざとだっての。これ、最先端ファッションだから」
「馬鹿」
「う」

 我ながら苦しい言い訳とは思っていたが、なにもそこまでばっさり切り捨てなくてもいいのではないだろうか。
 項垂れる俺に、ふ、と表情を緩めたコウメイはぽんと俺の頭を叩く。そして、

「じゃあ、行くぞ」
「……!おう!」

 今日もまた、一日が始まる。
 制服のポケットの中、震えるのを感じながら俺は事を考えながら後を追い掛けていく。


「…………」

 home 
bookmark
←back