短編


 似た者同士、或いはそれ以上の。

 優越感に浸るために必要なもの。
 それはゴミの屑まで受け止めることか出来る程の器。

「ごめん、輝、ごめん、もうしないから、浮気。だから、なあ、嫌いにならないでくれ。俺を、一人にしないでくれ」

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしてすがり付いてくる恋人の久志を両手で抱き止め、僕は涙で濡れ赤くなった鼻頭に軽く唇を押し付けた。
 ぽかんとして赤く潤んだ目で見上げてくる恋人に僕はにこりと微笑む。

「もう、浮気したら駄目だからね。今度したら嫌いになるから」
「わかった。しない、もう二度としない…っ」
「うん、じゃあ約束のキスして」

 そう言って目を瞑り、小さく唇を突き出せばしがみつくように抱き締められ乱暴に唇を重ねられる。
 震えた手。逃がさないとでもいうかのように必死に抱き締められる窮屈感は僕の心を満たしてくれる。

 みんなは僕をバカだという。そして久志をクズと。
 久志がクズなのは僕が一番承知している。今回みたいに久志の浮気を知ったのはじめてじゃない。
 何度も何度も久志は浮気を繰り返してはその度に僕に泣きながら謝ってきた。
 流されやすいのだ、彼は。優しいから。皆は軽蔑するけど僕にとって彼は愛しいクズだ。
 彼は、僕がいないとダメだ。彼もそれをよくわかってる。だからこそ浮気しても涙流してまで僕の元に帰ってくるんだ。
 僕は彼を誠実で一途な人間と思っていないが、それを踏まえて彼を愛していた。
 誰だって自分にしっぽ振ってなついてくる愛玩動物がいたら可愛くて堪らないだろう。つまりはそういうこと。
 彼は羽振りがいい。誕生日プレゼントも僕が欲しがったものをちゃんと用意してくれるし、些細な記念日も忘れたりはしない。彼は顔がよく、オバサン相手に小遣い稼ぎもしているから金もある。いい金蔓だった。
 一時だろうとも浮気相手に貢ぐのは許せなかったが、どちらにせよ全ては僕のものになるから気にしないようにしているけど。

 ある日の夜。
 久志から電話がかかってきた。

「久志」
『なあ、輝。ごめん、今からこっち来れるか?』
「いいけど、どうかしたの?」
『いいから、早く来いよ。待ってるから』

 なにかいいことがあったのだろうか。楽しそうな無邪気な久志の声。
 通話はすぐに切れた。
 今日はなにかの記念日だったのだろうか。久志みたいにまめじゃない僕は一々そんなこと覚えてなかったがとにかくいい話には違いない。臨時収入でも入ったのだろうか。
 上着を引っ掻け、僕は久志の家に向かう。

 久志の家はなかなか上等なアパートの一角にあった。
 今流行りのモデルルームなんとか。独り暮らしで、今一緒に暮らす話をしていたりもする。合鍵をつかって久志の部屋の扉を開けば、広めの玄関にはたくさんの男ものの靴。
 てっきり久志しかいないと思っていたので先客に驚きつつ、僕は靴を脱いだ。

「輝、ようこそ。外寒かっただろ?早く入れよ」
「ねえ、ちょっと待って久志。誰か来てるの?」
「ん、まあな」

 ニコニコしながら歩み寄ってくる久志は俺の肩に手を置き、奥の部屋へと誘導する。足を進める度、聞こえてくる楽しげな笑い声は大きくなった。
 久志はリビングの前まで行き、扉を開く。

「じゃーん、連れてきたよー」

 リビングには数人の見知らぬ青年がいた。
 陽気な久志の声を合図に全員の視線がこちらを向く。僕はそのまま足を止めた。

「へえ、やっぱ本物のがかわいいな」
「だろ?俺の自慢の恋人」
「輝君だっけ?今日はよろしくねー」
「……え?ああ、うん、よろしく」

 もしかしたら、久志が僕を友達に紹介するつもりなのだろうか。
 サプライズ好きの彼のことだ。可笑しくはないが、なんとなく、ただならぬ不安に襲われた。その原因はすぐにわかった。
 リビングの隅にある機材だ。なにかの撮影で使われるようなカメラや照明器具を見付け、僕は硬直する。

「実はさ、ほら、前やったじゃん、ハメ撮り。あれ周りのやつらに売ったらさ、すっげー評判よくてなんかもっと本格的なのもやってみないかって話になっちゃって」

 狼狽える僕に気付いたのか、耳打ちしてくる久志を睨めば彼は無邪気に笑った。

「秘密にしてたのは悪かったけど、俺の輝が皆に褒められるのが嬉しくて」
「だからって、こんな」
「なあ、良いだろ。別に変なことするわけじゃねえんだし、いつも通りでいいから」

「な?」と念を押す久志は「皆いいやつだから大丈夫だって」と笑う。
 俺の好きな人畜無害そうな笑顔に場違いながらきゅんとした。
 まるで昔から知ってるやつらに対するような久志の口振りが気になったが、追求する勇気はなかった。

 まさか、久志がこんなことを企むようなほど頭が回るやつとは思わなかった。
 今まで久志と浮気したやつらの顔を思い出す。あいつらも、同じようなことを言われたのだろうか。それとも、僕だけか。考えてみても答えは出ない。だけど、思い込むのは簡単だ。

「輝……やっぱり、ダメかな」
「いいよ。久志と一緒なら」

 久志がどこまでもクズだろうが人とのセックスを金にするようなやつだろうが、僕は構わない。
 久志に必要とされているという優越感に浸るためなら僕はゴミの屑まで受け止めよう。

転がされているのはどちらなのか。
(甘い自分に喝采の拍手を、)

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