人類サンプルと虐殺学園


 33

扉の向こうには異様な空間が広がっていた。
黒と紫を基調としたゴシック調の内装で統一されたフロアに本物か偽物なのかわからないような標本の数々。ところどころ血が滲んだそのフロアには様々な魑魅魍魎が楽しそうに話している。バーというよりはパーティーのような雰囲気だが、内装が内装なだけに怪しげな会合にも思える。
そして壁際にはバースペースと、ボックス席。
そして奥に繋がった階段から個室へと移動できるようだ。
フロアスタッフはバースペースのウエイター一人だけのようだ俺達は人混みに紛れる。


「……巳亦、隠れなくて大丈夫かな?」

「曜、こういうのは堂々としとけば案外バレないんだよ。それに、中は暗い」

「ほ、本当に……?」

「取り敢えずホアン君たちと合流しよう」


本当に大丈夫なのか……?とヒヤヒヤしながらも、俺は巳亦に従うことにした。
それにしても、なんだろう。バーという単語から大人な場所だと思っていたが、やけに客同士の距離が近い気がする。
なんとなく目のやり場に困りながらホアンたちを探していたときだ。いきなり、つんつんと肩を叩かれる。ぎょっと振り返れば、薄暗い中でもわかるほど露出の多いお姉さん(……なのか?)がするりと腕を絡めてくるではないか。


「お兄さんたち、よかったら私達と一緒に飲まない?」

「悪い、先約が入っててね」


や、柔らかい?!と狼狽えるよりも先に、足を止めた巳亦によって引き剥がされる。そして、「残念」と肩を竦めた女妖怪は別の男に声を掛けては体を密着させてるではないか。そのまま奥へと移動する二人を見てしまった俺はカルチャーショックのあまり巳亦の服を引っ張った。


「こ、こういう店なのか……?!」

「なるほど、だから店が品定めした会員しか入れないのか」

「だから……?!」

「つまり……そうだな、曜にはまだ早い」


きっぱりと言い捨てる巳亦に俺はもう何も返せない。
帰りたい気持ちがあるが、それよりも戻ってこない黒羽とホアンたちにまさか皆……とあらぬ疑いを持たざる得ない。
異様な雰囲気に酒の匂い、鼓膜を揺らす不協和音に段々酔ってくる。場酔い……というやつか。薄暗い視界のせいもあるかもしれない。


「それにしても……ここにはいないのか?リューグも一緒なんだよな」

「だと思うんだけど……もしかして、個室に移動してるとか……?」

「その線はなくもないが……上は簡単に入れる場所じゃなさそうだぞ」


階段を上るには必ずバーの前を通らなければならない。それに、今見ると一人見張りらしきスタッフが増えている。カップルらしき妖怪たちがスタッフになにか差し出して、それを確認したスタッフは二人を階段へと上げていた。
……なんだ、あれ。通行証みたいなものなのだろうか。
そう、眺めていたときだ。


「お客様、こちらサービスのドリンクです」

「っひぃ!」


いきなり背後から声をかけられ、飛び上がりそうになる。
振り返れば、そこにはテミッドの着ていたものと同じ細身の執事服を着た青年がにこやかに微笑んだまま立っていた。トレーの上には数人分のグラス。バレたのかと思ったが、どうやら手の空いてるもの全員に用意してるらしい。 
「ああ、ありがとう」と巳亦は差し出されたグラスを受け取る。そして、ウエイターは俺にも差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます」とそれを受け取れば、ウエイターは恭しく頭を下げ、そして他の手持無沙汰な客の元へ向かう。
お酒なのだろうか、綺麗な紫色のそのドリンクに目を向けたとき、「飲むなよ」と横から伸びてきた巳亦の手にグラスごと取り上げられる。
そして、自分のグラスと俺のグラスを嗅ぎ比べた。


「これだな」

「え?」

「毒が入ってる」

「……っ!毒って……」

「恐らく、さっき外であった妖怪が飲まされていたものと同じものだろうな」


「飲むフリだけするんだ。絶対に口をつけるなよ」そう言って、巳亦は俺にグラスを返した。
フリ、と言われても。と、ちらりと離れた場所で客と話してるウエイターに目を向ける。とりあえず口つけるフリだけしておくか。
すると、巳亦は俺の顔を覗き込んできた。


「そんなに飲んで大丈夫か?……あまり飲み慣れてないんだろ?」


アドリブでそんなこと言われてみろ、うっかり毒を飲まないようにするだけでも精一杯な俺は焦りと動揺でガチガチに緊張する。


「だ、いじょうぶだと……思う……」

「無理するなよ、あそこが空いてるみたいだ。座るか?」


「う……うん」


そう、巳亦に肩を掴まれ、フロア端のボックス席へと腰をかける。すごい、このソファーふかふかだ。と感動してる暇もない。俺の隣に腰を掛けた巳亦は俺からグラスを取り上げ、テーブルに置いた。そして、耳元に唇を寄せてくる。


「五分経ったら具合悪いふりをするんだ。そのまま外へ連れて行く」

「わ、わかった……でも、具合悪いフリって……?」

「さっき、外で会ったあの妖怪みたいな感じでいいよ」


さっきの……。思い返してみるが、確かあの妖怪は一人で自立できることすらできなかったように思える。
どうすればそれらしく見えるのだろうか……。思いながら隣の巳亦にしなだれ掛かったとき、巳亦の目がこちらを向いた。 


「……曜、まだ早いぞ。それじゃ酔が回るのが早すぎるだろ」

「えっ!あ、ごめ……」

「――いや、いい」


咄嗟に巳亦から離れようとしたとき、伸びてきた巳亦の手に反対側の肩を抱かれる。


「み、み、巳亦……っ」


肩から腕のラインをなぞるように手のひらで撫でられれば、全身がびくりと反応する。思わず巳亦を見れば、そこには上機嫌な巳亦がいて。 


「ちょっ、巳亦……」

「大丈夫だ、ここはそういうのもアリな店だから」

「あ、アリって言ったって」

「……まあ、そうだな。だから、こうしてた方がさっきみたいに声掛けられずに済む」


こうしてって、と言い掛けたとき、視界が遮られる。そして、唇に触れる柔らかい感触にぎょっとするのも束の間、二股に割れた舌が俺の唇に這わされた。

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