尻軽男は愛されたい


 本能的初恋

「大地、お前さぁ尻の穴使ったことある?」
「アナル?あるよー、っていうかゴム嵌めんのダルいからいっつもそれだし」
「違う違う、お前のケツって意味」

 中一んとき、二つ上の先輩の部屋に行ったときのこと。
 隣に座り焼酎飲んでた榛原先輩の言葉に「ケツぅ?」と眉を潜めたとき、背後に回された大きな手におもくそケツ撫でられてびっくりする。

「っ、うわ、ちょ、せんぱ、どこ触って」
「なんかさー、友達が言ってたんだけどケツって男の方がきもちいーんだって」

「お前気持ちいいの好きだろ」と顔を近付けてくる先輩のアルコール混じった吐息を唇で感じながら俺はつい「うん」と素直に頷き返す。その反応に先輩は満足そうに頷いた。

「だから試してみようかって」
「俺が先輩に突っ込まれんの?」
「突っ込んで欲しい?」
「やだ、先輩とした子皆痛がってたもん」

 そういつの日か先輩とやった女子が先輩の悪口をボロクソ言っていたことを思い出す。
 先輩はでかい。しかも、性急な上に乱暴で避妊をしないだとかなんだとか。
 当時、セフレの女子にだらだら聞かされ全く活用性のない情報を知ってしまったとうんざりしていたがまさかこんな形で役に立つときが来るとは。嫌がる俺に先輩は小さく笑う。

「指ならいいだろ」

 まあ、指なら。って、そういう問題なのだろうか。

「なんかヤル気満々じゃないですか」
「だってお前といるとなんかムラムラすんだもん」
「セフレいっぱいいるくせに後輩にまで手ぇ出すってどうなんすか」

 そう呆れたように先輩を見据えれば、榛原先輩は「色々挑戦したくなる年頃なんだよ」と笑いそのままスウェットのゴムを伸ばし下着の中にするりと手を滑り込ませてくる。
 直接皮膚を這うその武骨な指の感触に無意識に腰が跳ねた。

 ヤリチンの榛原柚葉。基本ヤリ捨てする榛原先輩は女子からは危険視されている。アンチ榛原先輩のやつを見る度そんな大袈裟なと思ったが、確かにこの節操のなさは確かに危険だ。

「お前もそうだろ?大地」

 耳元で囁かれれば甘い声に背筋が震える。自然と口許に笑みが浮かぶのを感じた。

「そーかも」

 ◆ ◆ ◆

 先輩にケツ弄られて、翌日。

「葵衣ちゃんって男とヤったことある?」
「なにいきなり、頭湧いたの?」

 何気なく腐れ縁の幼馴染みに尋ねてみたら軽蔑の眼差しを向けられる。
 幼い女の子みたい可愛い顔に似合わない相手を見下げる冷ややかな目は俺を睨むように見上げた。

「あるわけないじゃん。っていうか想像させないでよ、気持ち悪くなっちゃった」
「お前男からモテるし頼んだら一人や二人ヤらせてくれそうなんだけど」
「なんでわざわざ頼まなきゃいけないのかまったく理解できないんだけどね」

 幼馴染みもとい岸本葵衣は薄く微笑み、辺りに目を向ける。

「それに、僕がホモならわざわざ大地にこんなこと頼まないから」

 校舎裏。
「うぅ」と呻き声を漏らしのたうち回る男子生徒数人を見下ろした岸本はせせら笑い、助けを求めようと手を伸ばした男子生徒の手の甲を踏みにじる。ぎゃっと悲鳴を上げ、男子生徒が跳ねた。薄汚れたコンクリートの校舎に滲む赤黒い染みと同じものが染み込んだ己の制服を一瞥した俺は「だよなぁ」と小さく呟く。
 筋肉バスターをしようとして失敗して変な風に叩き落としたときついてしまったのだろう。まあどうでもいいけど。

「つーかなに?大地まさか男にまで手ぇ出したわけ?」
「違う違う、榛原先輩から聞いてさ」
「榛原?榛原柚葉?僕、あの人嫌い!」

 先輩の名前を出した途端顔を歪める岸本に「あぁ、背ぇ高いもんな」と笑えば岸本は「人をコンプレックスの塊みたいに言うのやめてくれる?」と眉を寄せた。
 岸本は生粋の女好きだ。女尊男卑な岸本はヤリ捨て上等な榛原先輩が気に入らないのだろう。
 そういや、岸本の取り巻きの女の中に榛原先輩の被害者が何人かいたなあ。なんて改めて先輩の下半身男っぷりを確認してるとき。

「それにさぁ前から僕、あの人とつるむのやめろっつったのにまだつるんでたわけ?」
「んーかっこいいじゃん」

 ぎすぎすとした笑顔で迫ってくる幼馴染みにそう適当に返せば、岸本は「大地はほんと悪趣味だね」と呆れたように目を丸くさせる。

「お前のケツ追い掛けるこいつらよりましだっての」

 ◆ ◆ ◆

 放課後になり、やることもないからさっさと帰ろうかと校門へと足を向かわせたとき。
 たまたま通りかかった体育倉庫の裏で人影が動くのがわかった。ちょっとした野次馬根性を働かせた俺は何気なく壁に身を潜め、倉庫の物陰を覗く。

「ねえ、お願い。彼女いるなら二番でもいいし、あれだったらセフレでもいいから」

 聞こえてきたのは女子生徒のすがるような声だった。
 雰囲気からして痴話喧嘩かなにかかと思ったがやけに生々しいその内容は間違えなく告白なのだろう。下心が剥き出しになったその言葉に、女にこんなこと言わせるやつなんてどんなやつだと気になり女子生徒の向かい側に立つ男子生徒に目を向けた。そのとき、その生徒は女子生徒の肩を掴む。

「先輩」
「古賀く、んっ」

 おお、やんのか。なんて耳を澄ませた矢先だった。
 呼ばれ、嬉しそうに顔を上げたその女子生徒は引き剥がされる。

「すみません。……俺、そーいうのよくわかんないんで」

 振り払われ、呆然とする女子生徒の前。
 男子生徒はそうどこか冷めた声で続けた。その声には聞き覚えがあった。
 古賀君……古賀愛斗か。いつも怒ったような顔をしているクラスメートの声と今告白を断った男子の声が重なる。

「あと、もう少し自分の体を大切にした方がいいですよ」

 やはり吐き捨てるようなぶっきらぼうな声。言いたいことだけを言いさっさと立ち去ろうとする古賀愛斗に女子生徒は「古賀君」と声を上げる。
 しかし古賀愛斗は構わずこちらへと歩いてきて、咄嗟に俺は近くの草むらに隠れた。
 目の前を通りすぎていく足音。その後ろから先ほどの女子生徒が古賀愛斗の後を追い掛けていく。
 立ち去る二人を眺めたまま、俺は二人の背中が見えなくなるまでその場から動けずにいた。

「……」

 なんで隠れてるんだ俺。
 古賀愛斗の告白現場に遭遇してしまうなんて。
 いや、まあ確かに愛斗は顔はいいしモテそうだとは思ったけど性格はつまんねーし、つーか、普通あのシチュエーションで告白断るのかよ。
 セフレでいいっつってんだから相手してやって適当に貢がせりゃいいのに。もったいない。

『あと、もう少し自分の体を大切にした方がいいですよ』
「……」

 脳裏に蘇る愛斗の低い声に、きゅんと胸が締まる。
 どこの少女漫画のヒーローだよ、面と面向かって言わねえよそんなこと。思うのに、頭の中で古賀愛斗の言葉がぐるぐる回ってる。
 自分を大切にってなんだろうか。自分の手に入れたいもののために自分を犠牲にするのは大切にするとは言わないのだろうか。

「よお、大地」

 そんなこと考えながら再度校門へと歩いていたとき。
 不意に、遠くに見覚えのある長身の影を見付ける。手招きするその影に歩み寄り、そいつの元へ向かった俺は「先輩」と呟いた。

「どうしたんだよ、んなアホみたいな顔して」

 アホみたいな顔と言われ、なんとなく顔に触れる。
 校門と校舎の間。改めて佇む榛原先輩に目を向けた。

「一人?珍しいじゃん」
「いーもん貰ったから大地にプレゼントしてやろうと思ってさ」

 言いながら、先輩は着崩した制服のポケットからなにかを取り出す。
 一本の紐に大小様々な球体が連なったそれは見覚えのあるものだった。パール、っていうのだろやうか。AVかなんかで見たような記憶がある。

「使ったことある?」
「ない、けど」
「なら、使い方教えてやろうか」

『あと、もう少し自分の体を大切にした方がいいですよ』

 なんでこのタイミングで古賀愛斗を思い出すんだ。
 慌てて首を横に振り、そして俺は目の前でにやにや笑う先輩を見上げる。
 自分を大切にか。口の中で古賀愛斗の言葉を呟き、俺は目を細め、微笑んだ。

「じゃ、手取り足取り教えてください」

 開き直りというのは時に恐ろしい。と、思う。


 先輩にパールの使い方を聞いてから数日後。
 学校の便所の個室にて。

「っあ、ふ……ッくぅ……っ!」

 ぎちりと音を立て肛門の中へと押し込められる球体に、俺はびくんと跳ねるように背を伸ばす。
 痛みよりも、違和感。連続した球体の最後の一個が体内へと飲み込まれた。
 腹の中でガチャガチャと触れ合うシリコンの玩具に俺ははあっと息を吐く。下腹部がうずく。

「お前結構入るようになったじゃん、最初は一個目で死にそうだったくせに」
「そりゃ、毎日弄られてたら慣れるっつーの……っ」

 そう、恨めしげに目の前の榛原先輩を睨めば先輩は涼しげに笑う。
 そして、肛門からしっぽみたいに生えたパールの取手に指を絡め、そのままぐっと引き抜いた。

「ちょ、待……っ」

 まさか、と思ってとっさに先輩の腕を掴んだが、遅かった。
 入れられたばかりと大きな球体が括約筋を伸ばすようにぐぽんと体内から吐き出され、それを合図に先ほど詰め込まれた球体が次々と勢いよく体内から抜かれる。

「ひッ、んんぅッ!」

 球体の丸みで歪んだ中が乱暴に摩擦され、甘い刺激に腰が揺れた。
 声を上げそうになるのを唇をぎゅっと紡いで堪えれば、代わりに下腹部に溜まった熱が吐き出される。
 下着ごと下ろされ、真新しいシャツの下から主張するほど硬く反り返った性器から精液が溢れ、向かい側の落書きで汚れた壁に飛び散った。

「すっげ、まじでケツだけでイケんのな」
「っは、ぁ……んんっ」

 ジェルで濡れた肛門は湿った音を立て体内に入り込んでいたすべての球体を吐き出す。
 やけに頭がハッキリした。しかし、疲労感は拭えない。
 肩で息をしながら背後を振り返ろうとしたとき、異物を吐き出し僅かに開いたそこに先輩の指が触れる。

「せんぱ、」
「なあ、そろそろイケそうじゃね?」

 背後から抱きすくめられ、甘えた声で「チンポ挿れたいんだけど」と耳元で囁かれる。
 ぐにぐにと開いたそこをなぞる先輩の指がそのまま体内に入ってきて、背後を振り返った俺は「だ、あ、め」と先輩を押し返した。「なんで?」と先輩。

「体は大切にしなきゃなんねーから」

 古賀愛斗からの受け売りだ。馬鹿馬鹿しくも薄っぺらくありふれた言葉だとはわかっていたが、思った以上に俺自身は気に入っているらしい。その事実に驚く。

「ここまで拡張して大切も糞もあるかよ」
「あるよ。俺のメンタル的な問題」

 そう荒い息を整えるように続ければ、さして興味なさそうに先輩は「へえ」と呟く。
 そして、いつもと変わらない笑みを浮かべた。

「いいからヤらせろってば、今までよくしてやったんだからさ……っふぐッ!」

 あまりにもしつこかったので気付いたら俺は榛原先輩の腹部に肘をめり込ませていた。
 俺は俺が思っている以上に気短なのかもしれない。

 本気で殴られるとは思っていなかったようだ。
 不意を突かれ、目を丸くした先輩を振り返った俺はそのままその顔面に握り拳を叩き込めばダン、と大きな音を立て先輩の背中が壁に叩き付けられる。拳に痛みが走り、頬を押さえた先輩は呻き声を漏らした。

「……」

 なんとなく、固めた自分の拳を見詰める。
 人を殴るのに慣れているつもりだったが、なんとなく、不思議な感覚だった。

「大地、てめぇえ……っ」

 殴った拍子に歯が口の中を切ったのだろうか。
 赤く唇を濡らした先輩は呆れたように俺を睨む。
 足元に落ちたパールを爪先で蹴り、改めて目の前の先輩を見た。
 むき出しになった敵意の中に怯えの色が滲んでいる。なんとなく、胸が高揚する。
 しかし、まあ。

「先輩ってよくみたらあんま好みじゃないかも」
「なに言って……」

 フルチンから滴る精液を拭い、下着を腰まで上げる。
 ベルトのバックルを掴んだとき、仕返しに、とでも言うかのように先輩に壁に押し付けられそうになった。
 狭い密室内。
 掴まれた肩を壁に押し付けられ、痛む。構わず、先輩の胸ぐらを掴み顔を近づけた俺は接近した無防備な腹部に膝を叩き込んだ。

「は、ぐぁ……ッ」

 肺から漏れる息。顔に唾がかかり、それを拭うように俺は先輩ごと振り払った。
 まあ、気持ちいいことも楽しいことも教えてくれた先輩には感謝しているがやはり、俺は相手に主導権を握られるのは向いてないらしい。
 明日なんて言われるだろうか。なんて能天気なことを考えながら床の上に落ちたパールを拾い上げ、個室を後にする。

 ◆ ◆ ◆

「大地、榛原やったってほんと?」

 翌日。どこか嬉しそうに目をキラキラさせた岸本が飛び付いてくる。
 教室の中、辺りの視線がやけに痛い。しかし、心なしか女子の視線はいつもより熱を持ってるような気がした。気のせいかもしれないが。

「俺を大切にしようと思って」

 なんで?どうして?と喧しく尋ねてくる岸本からふと視線をはずした俺は、廊下で信楽相馬たちと一緒にいる古賀愛斗を見付ける。
 話の輪に入らず相変わらずの仏頂面をした愛斗が僅かに驚いた顔をして俺を見ていた。
「ね」と呟けば、古賀愛斗は怪訝そうに眉を寄せる。

「つーか全然意味わかんないし」

 対する岸本は答えを濁す俺が不満だったようでぶー垂れた。
「わかんなくていいんだよ、別に」と笑えば、頬を膨らませた岸本は「なにそれ。ムカつく」と俺を上目ににらんだ。まったくそそらない。
 岸本から逃げるように教室を出、廊下を歩く。
 古賀愛斗の前を通り掛かったとき、こちらを睨むように目で追ってくるやつと目があった。自然と口許が緩み、目を細めた俺はやつに微笑みかけ、そのまま廊下を歩いていく。

「……」

 さっきのキョトンとした顔、可愛かったなぁ。
 思いながら、目的もなく俺はなにか面白いことないか探すように無造作に足を進ませた。

まあなんとなく貴方に愛されてみたくなっただけなんですけど。

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