相馬と愛斗が風邪ひき大地の見舞いに来る話※
「バカは風邪引かねえって聞いたんだけど、あれデマだったんだな」
人の顔を見るなり相馬は笑いながら失礼なことを言い出した。
休日の昼下がり。
昨夜、風呂を上がって裸で寝ていたことが災いしたようだ。ぐずぐずと鼻を啜りながら、俺は手に持った体温計に目を向ける。
「何度だ」
「……三十七度八分」
「完全に風邪だな」
俺から体温計を預かる愛斗は、「今日は大人しくしてろ」と溜め息混じりに続けた。
「やだやだやだやだ、俺も行く。一週間前から楽しみにしてたんだからな」
「知るか。俺らに伝染ったらどうすんだよ。病人は寝てろ」
「なぁーんーでぇーだぁーよぉー。俺も遊びに行きた……ゔぅ、ゲホッゲホッ」
「ほら、古賀も珍しくああ言ってんだから寝てろって。なんならベッドまで連れてってやるよ」
駄々を捏ねる俺に、相馬は言いながら背中を軽く叩いてくる。
「うう……」宥めるような口調で言われ、なにも言えなくなった。大きな声を出したせいか喉がズキズキと痛む。
自宅マンション、リビングにて。今日は愛斗と相馬と海へ遊びに行く予定だったのだが、待ち合わせ時間になってもやってこない俺が気になって二人は家まで迎えに来たようだ。因みにそのときの呼び鈴で目を覚ました。
「俺も海行きたかったのにー、せっかく水着買ったのにー……。二人だけ海とかずるい」
「行かねえよ」
「……あ?」
「お前が遅刻したせいで予定ずれたんだよ」
そう相変わらずの仏頂面で続ける愛斗。もしかしてこれはあれか。遠回しに『お前がいないのに行ってもしょうがないだろ』と言ってんのか。恥ずかしがり屋な愛斗のことだ、間違いない。思わずきゅんとときめいてしまう。
顔が熱い。と思ったら風邪のせいだった。
「だから、今日は俺たちが木江の看病してやるよ。どうせまだ飯食ってないんだろ」
「おい『たち』ってなんだよ」と訝しげな顔をする愛斗を無視しつつ、目を輝かせる俺はそのまま頷く。
「よかったなー木江ー。古賀が作ったお粥食えるなんて滅多にないんだからな」
「は?お前なに言って……」
「まじで?愛斗のお粥食いたい」
「そうかそうかー。んじゃ俺らは先に部屋に戻っとこうか」
「なに勝手に決めてんだよ、おい」
俺の肩を掴み、そのままリビングを後にしようとする相馬に愛斗は舌打ち混じりに大声を出す。
構わず、俺たちはリビングを後にした。
「愛斗って料理できんの?」
「さあ?」
なんて会話を交わしつつ、俺は相馬に背中を押されながら自室へ戻る。
「具合は?」
自室、ベッドの中にて。
リビングの救急箱から持ってきた冷却シートを額に貼りながら、相馬はそう尋ねてくる。
「……喉渇いた」
「具合を聞いてんだよ。然り気無くパシろうとすんな」
「冷蔵庫にオレンジジュース入ってるから持ってきて」
「こいつ……」
ベッドの側に座り込み、顔を覗き込んできた相馬は呆れたように頬をひくつかせた。
わざとらしく咳をすれば、「はいはい持ってきたらいいんだろ」と渋々立ち上がる。
「流石相馬」
「お前が風邪じゃなかったら確実にしばいてるからな」
言いながら、相馬は俺の額に貼られた冷却シートをぺしっと叩いた。地味に痛い。
「ついでにアイスもー」廊下に続く扉へと歩いていく相馬に声をかければ、相馬は「自分で取ってこい」と言い返してくる。
数分後。
「ほら、これでいいんだろ?」
「ん。ありがと……ってなんでお前が食ってんだよ」
ペットボトルを手渡してくる相馬からそれを受け取る俺は、冷蔵庫に入れておいた棒アイスを食べている相馬に目を丸くした。
「ん?ああ、これな。旨いなコレ、ハマりそう」
「俺のアイスが……」
「小遣い銭代わりってことでいただいちゃいましたー」
そう悪びれもなく笑う相馬は、俺にアイスを見せびらかすようにして先端をかじった。
病人のおやつを奪うとは何事か。
「相馬のバカ、ろくでなし、脳味噌筋肉、バカ」
「バカって二回言ったぞ」
「うっせーよバカ。バーカ!もうお前と遊んでやんない」
「アイスくらいで拗ねんなよ」
ペットボトルを抱いたまま布団に頭まで潜る俺に、相馬は可笑しそうに笑った。
伸びてきた相馬の手に布団を剥がされ、顎を掴まれた俺はそのまま天井を向かされる。
「ほら、食べさせてやるから口開けろ」
「……」
「なんだ、いらないのか?」
口を一の字に結んだままむっとする俺に、顔を覗き込んでくる相馬は不思議そうな顔をした。
目の前でアイスをちらつかされて、渋々俺は口を開く。
「もっと大きく開けよ。そんなんじゃ入んねーだろ」
「……んぁ」
「もっとだよ。舌出して。そーそー」
言われた通りにアイスを眺めながら舌を突き出せば、ぽたぽたとアイスから滴る溶けた部分が舌の上に落ちた。
口内に広がる甘いバニラ味。人の顔を見るなり、相馬は「ははっ、すっげーアホ面」と笑い出した。自分がからかわれたことに気付き、ムカついた俺は相馬の手首を掴みそのまま自分の口の中に入れる。
「どんだけ腹減ってんだよ」
「あははやはへへはひんはほ」
「なんて言ってんのかわかんねーから」
口いっぱいにアイスを頬張る俺に、相馬は呆れたように笑った。
舌を使ってひんやりとした甘いアイスの食感を味わっていると、いきなり喉奥まで入ってくる。息苦しくなって眉間を寄せる俺は相馬を見上げた。
「どうせならエロくしゃぶってみてよ。得意だろ?そういうの」
言いながら喉奥にアイスを押し付けてくる相馬に、俺は「へんはひ」と呟いた。
「聞こえねーよ」そう笑う相馬は完全に楽しんでいるようだ。
俺、一応風邪引いてんだけど。思いながら、俺は相馬の手首を掴んだまま口の中のアイスに舌を這わせた。
表面に舌を当てれば、押し当てた箇所から溶け出し口内がバニラ味でいっぱいになる。唇でアイス全体を締め付け、そのまま俺は相馬の手を動かしアイスを出し入れさせた。
「旨そうに食うなお前」
煽るような揶揄を口にする相馬。
風邪で思考回路が鈍っているせいか、羞恥はあまり感じなかった。元からか。
暫くずぽずぽと出し入れを繰り返せば、あっという間に口の中のアイスは溶け俺の胃へ流れ込んだ。口に残った棒だけを相馬に返しながら、俺は唇を舌で舐める。
「なんか口の中が冷たくなってきた」
「アイスのせい?」
「多分」
入れっぱなしにしてたせいで、今度はすっかり冷えてしまった口内。
「暖めてやろうか」なんてにやにや笑いながらセクハラ染みたことを言ってくる相馬に、「どうやって」と俺は薄ら笑いを浮かべた。
「どうって、もちろん俺の」
言いかけて、スパンッと良い音を立てながら相馬はベッドの布団に顔面からめり込んだ。
「人に雑用やらせてお前はお喋りか。いいご身分だな」
いつの間にかに相馬の背後に立っていた愛斗は、トレーを片手に低く吐き捨てる。
どうやらまじでお粥作ってきてくれたようだ。
「あれ、本当に作ってきたんだ」
愛斗に叩かれた後頭部を擦りながら立ち上がる相馬に、愛斗は「お前が言ったんだろうが」と舌打ちをする。かなり機嫌が悪い。
「へー食べていい?」
「勝手にしろ」
尋ねれば、そう言う愛斗は「いつまで寝てんだよ」と促してきた。
言われた通りに上半身を起こせば、愛斗に無言でトレーを渡される。それを受け取った俺は、丁度膝の上の部分にトレーを載せた。
トレーの上にはお粥らしきものとスプーンに水が入ったグラス、それと一回分の風邪薬が置かれていた。食後に飲めということなのだろう。
「わーい、いただきまーす」
スプーンを手に取った俺は頬を緩ませながら器に入ったお粥を掬い、そのまま口に入れた。
「……ッ!!」
「うわ、どーした木江」
「あふい……あふい……っ」
「あ、熱いね」
焼けるようにヒリヒリと痛み出す舌に、俺は泣きそうになりながらグラスを手に取ろうとすれれば、それよりも早く相馬に取り上げられる。
「ほら水」グラスを持った相馬は口を押さえる俺の手を離し、そのまま俺の口にグラスを近付けた。
「ガキじゃねーんだからそこまでしなくていいだろ」
「こんくらいで妬くなよ」
「誰が妬いて……」
怪訝そうに眉を寄せる愛斗を他所に、相馬は俺の顎に触れ「口開けろよ」と促してくる。
愛斗がいる前では多少抵抗があったが、今は口を冷やすのを優先した方がいいだろう。
言われた通りに口を小さく開ければ、唇にグラスを押し当てられそのまま喉奥へ水を流し込まれた。
「ん……っ」
口の中に流れ込んでくる冷たい水で舌を冷やしながら、俺はごくごくと飲んでいく。
大分舌の熱も引き、「もう大丈夫だ」という意を込めグラスを持つ相馬の手に触れた。
が、相馬はグラスを離すどころかグラスの底を持ち上げ、中に残っている水を俺に飲ませようとしてくる。
水を飲み切るのに間に合わず、どんどん口の中を満たしていく水に焦った俺はグラスを持つ相馬を見上げた。薄ら笑いを浮かべる相馬と目が合い、相馬がわざと水責めをしてくるのに気付く。
「ッ、ん、んん……ッ!」
膨れる腹に堪えれなくなって、顔を青くしながら相馬の腕を無理矢理離せば、相馬の手の中から滑り落ちたグラスが布団の上に落ちる。拍子に、中に残っていた水が溢れ着ていた服にまで被害が及んだ。最悪だ。
「おい、なにやってんだよ」
水を溢す俺に、愛斗は椅子にかけてあったタオルを取って投げて寄越す。
「だって相馬が……」口許を手の甲で拭いながら、俺はベッドの横に立つ相馬を睨んだ。
当の相馬は「なんかー木江がいきなり暴れだしたしー」とふざけたことを言い出す。こいつ。
覚えとけよ相馬の野郎。思いながら俺はトレーを愛斗に預け、水浸しになった布団を剥がす。
面倒だから後で洗濯に出しておこう。水がかかって肌に張り付く服を指で剥がしながら、俺は腹部をタオルで拭った。
「手伝おうか?」
「もういい」
「怒んなよ。悪かったって」
にやにや笑いながら謝ってくる相馬に内心キレそうになるが、大声を出すと余計頭が痛くなってくる。
なにも食べてなかった胃に水を流し込んだせいだろうか。
心なしか体調が悪化したような気がしてならない。全ては相馬のせいだ。
「……ほっとけばいいだろ。甘やかしすぎなんだよ、お前は」
異様に俺の面倒を見たがろうとする相馬に、愛斗は呆れたように溜め息をつきながらトレーを机の上に置く。
「俺、弱ってる人見てるとほっとけない性質でさー」
人にトドメ刺そうとしたやつがどの口でものを言うんだ。
笑いながらベッドの上に乗ってくる相馬は、俺の手からタオルを奪う。
「ちょ……」
「なんだよ、拭いてやるから遠慮すんなって」
「具合悪いんだろ?大人しくしとけよ」そう続ける相馬は、俺に顔を近付けて笑った。
なにを企んでるんだ、こいつは。
「別に拭くだけだって。ほら、力抜けよ。体強張ってんぞ」
言いながら服を捲し上げてくる相馬は、水で湿った腹部をタオルで押さえた。耳元で囁かれ、なんかもう別のことされているような錯覚に陥る。
「もっと、優しく……」
「優しく?こう?」
ごしごしと拭ってくる相馬の腕を掴み、そう相手に頼み込めば先程に比べて柔らかく腹部を撫でられた。
タオルで押さえられるのは直に触られるよりももどかしいものがあり、ちょっとだけくすぐったい。
「あちゃー、結構飛んでんな」
「脱いだ方が早いかもよ」言いながら服の中にタオルを入れてくる相馬は、胸元を撫でるように拭う。
服の下で相馬の手からタオルが落ち、直接肌に指が触れた。
「それに、汗もかいてるし」
相馬の手が胸元を掠り、心地の良い冷たさに思わず背筋が震える。
しれっとした顔で胸の突起を指で潰してくる相馬に、俺は頬を引きつらせた。愛斗がいる前にも関わらずベタベタと触ってくる相馬。
「おい……ッ」
顔をしかめた俺は、声を潜めて服の下を這う相馬の腕を掴む。
「なに?」
「お前は一度PTOって言葉を学んだ方がいい」
「それを言うならTPOな」
……不覚。
声を潜める俺に対し、同様声を潜めて返してくる相馬に言い丸められそうになる。
「大丈夫だって。古賀、全然気付いてねーもん」
「だからって……ん、ぅう……っ」
「抵抗すんなよ。また具合悪くなっても知らねーからな」
ぐりぐりと円を描くように弄られ、息があがるのがわかった。
相馬に言われて、愛斗に目を向ければ愛斗はテーブルの上に置いたお粥を団扇で冷ますことに集中しているようだった。
なんだかんだ一番甘やかしてる愛斗にときめく反面、目の前の相馬が小憎たらしい。
「っ、ふ……ぅ、んんッ」
「変な声出すなよ。バレんぞ」
「ッ指、やめろってぇ……っ」
胸の突起を弄られれば弄られる程脱力しそうになり、俺は相馬の腕にしがみつく。
「了解」そう目を細めて笑う相馬は、やけに素直に胸から手を離した。
思わず物寂しさを感じてしまう自分が情けない。
今のだけで酷く疲労感を感じながら、ほっとする俺はそのまま相馬の腕を服の下から引っ張り出そうとした。瞬間、再び伸びてきた相馬の指に思いっきり突起をつねられる。
「い……ッ」
親指と人指し指の腹で押し潰されたそこに鋭い痛みが走り、全身から嫌な汗が滲んだ。
あまりの痛みに顔をしかめる俺を見てくすくすと笑う相馬。どうやら思ったよりも大きな声を出してしまったらしい。
「さっきからなに騒いで……」
俺の声を不審に思ったらしい愛斗は、そう訝しげな顔をしてトレーを持ってこようとし、足を止めた。
ベッドの上で向かい合うように座っている俺たちを見てなにか察したようだ。
「ん?いや、どーやったら木江が早く元気になるからなって思ってさ」ようやく俺の服の下から手を抜く相馬は、そうしらばっくれる。
もう少し他に言いようがあったはずだ。思いながら、ぐったりと壁に背中を預ける俺は、肩で息をしながら今の行為のせいで捲れかかった服を下ろす。
「でさあ古賀、俺、思いついたんだけど」
「……なんだよ」
「風邪って汗流せば治るって言うじゃん」
「なにが言いたい」
俺の体を引っ張り、自分の膝の上に乗せようとしてくる相馬から逃げようとするが、体力が落ちた今相馬から逃げ切れるはずがなかった。
脇の下に手を入れられ、そのまま背後から抱きすくめられるようにずるずると引っ張られる。
愛斗が怖い顔してこっち睨む。
俺が手を出したと思われてるのだろう。今回は無実です。
「だからー」腰に腕を回してくる相馬は、肩に顎を起きながらズボンの中に手を入れてくる。
「今からちょっとお前の恋人に触っちゃうけど、これは風邪を治すためのあれってことで」
「良いわけねーだろ、バカかお前」
どうやら愛斗は相馬のノリの軽さが気に入らなかったようだ。
一悶着あった結果、愛斗は「のど飴でも買ってこい」と半ば強引に相馬を部屋から追い出す。
そこまで俺と相馬がイチャイチャしてたのが気に入らなかったのかこいつ。ときゅんきゅんしたが、それも束の間。
「風邪のときまで盛るなんてどこの猿だよッ、わざわざ心配してやってんのにふざけてんのか?あ?!」
「んっんぅっ、や……っだってぇ、相馬がぁ……ッ」
「どうせお前から誘ったんだろうが!そんなにヤりてーんならお望み通り犯してやるよ、ほらッ好きなんだろ、突っ込まれんの!」
「っあ、もッ、やぁ……っご……ごめんなさいっ、ごめんなさい……ッ!」
やっぱり俺が相馬をその気にさせたと誤解していたらしく、レモン味ののど飴を買ってきた相馬が部屋に入ってくるまでその誤解は解けなかった。
まあ、相馬のことをチクってなんとか愛斗とは仲直りすることが出来たのだが、キレた愛斗に一方的に罵られながら犯されることに見事ハマった俺は何度か相馬(全治二週間)に愛斗を怒らせようと持ち掛けたのだが泣きながら断られたのはまた別の話だ。
因みに汗をたくさんかいたおかげで一度は熱が下がったものの、そのまま全裸で爆睡してしまったおかげで俺の風邪は悪化した。
でもまあ、愛斗が看病しに来てくれたから別にいいや。
おしまい