尻軽男は愛されたい


 構ってちゃん大地

「愛斗愛斗、俺、超能力使えるようになった!」
『あっそ』
「えっ、愛斗君冷たい」
『用がねーなら切るぞ』
「待って待って、用あるからそんなさっさと切ろうとしないで!」
『……なんだよ』
「聞いて驚くなよ。今の俺には愛斗の全てがお見通しなんだからな」
『で、用は』
「ずばり、愛斗は俺のことが大好き!」
『じゃあな』
「あっちょっと待って、切らないで。まな…………切れた」

 ◆ ◆ ◆

「愛斗が冷たい」
「いつものことじゃん」
「前はもっと暖かかった!」
「気のせいだって」

「ていうかわざわざノロケるために僕のところに来たわけ?」岸本はカーペットの上に寝転がる俺を見下ろしながら呆れたような顔をした。
 岸本宅。なんかよくわからないぬいぐるみ二体を騎乗位させながら、俺は岸本に目を向ける。

「ノロケてねーよ」
「僕にはノロケにしか聞こえないけど」
「心が貧しいやつだな」
「大地にだけは言われたくない」
「なんだと」

 なんて言い合いしていると、岸本に無理矢理ぬいぐるみを取り上げられる。

「で、僕にどうしろと」

 ぬいぐるみをベッドの上に放りながら、岸本はそう尋ねてきた。
 ベッドの上に落ちるぬいぐるみを目で追いながら、俺は上半身を起こす。

「愛斗とイチャイチャしたい」
「……イチャイチャは無理だと思うよ」

 即答する俺に、岸本は「相手が相手だし」と続けた。
「だよなー」言いながら、俺は側に落ちていたぬいぐるみを拾う。無理矢理開脚させてたらまた岸本に取り上げられた。

「でも、いい方法があるよ」
「なんだよ、さっさと言えよ」
「押して駄目なら引いてみろって言うじゃん」
「……つまり?」

 自信満々に提案する岸本に、聞き返せば「そこは察してよ」とちょっと気恥ずかしそうな顔をさせる。
 出鼻を挫かれた岸本は、ごほんとわざとらしく咳払いをした。

「いつも愛斗愛斗うるさい大地が愛斗に付きまとわなかったら、きっと愛斗も心配すると思うよ」
「んー心配されてもなぁ」

 うーんと唸る俺に、岸本は「だから」と口を開く。
「そうなったら絶対愛斗の方から大地にイチャイチャしてくるって」絶対、をやけに強調する岸本はそうキッパリと言い切った。

「……まじ?」

 にわか信じがたい話だったが、確かにいつも俺から愛斗に話しかけているような気がする。
 神妙な顔をして「まじ」と頷く岸本に、俺は決心した。

「よっしゃ、今日から愛斗のやつ無視してやる!」

 そう声を上げれば、岸本は「頑張ってね」となんとも心が込もっていない応援をしてくれる。


 一週間後。

「普通になにもなかった」

 例の如く岸本んちに現状報告をしに来た俺に、岸本は笑いながら「だろうね」と続ける。

「なんだよだろうねってふざけんなこのチビ」
「だって相手は愛斗だもん。普通に無視されるに決まってんじゃん」
「てめーわかっててウブな俺を騙しやがったな」
「考えればわかるでしょ。普通」

「てかウブって」そう鼻で笑う岸本は、「まあ落ち着きなって」と宥めてくる。
 いい感じにかわされたのが癪に障ったが、冷静沈着な俺は自身を落ち着かせることにした。ダメだ、腹立ちすぎてしょうがない。

「そういうこともあろうかと、ちゃんと助っ人用意しておいたから!」

 そんな俺の気持ちなんて露知らず、岸本は意気揚々とそんなこと言い出した。
「……助っ人?」聞き慣れない単語に思わず聞き返したとき、インターホンが部屋中に響く。

「あ、来た来た」

 しつこく鳴るインターホンに、岸本はパタパタと玄関口へ向かった。
 絶対こいつ楽しんでるな。あまりにも生き生きとした岸本に内心呆れつつ、俺は開く玄関の扉に注目した。


「ってことで助っ人の相馬君でーす」
「わー」

 そうテンションをあげる岸本に、俺は適当に拍手した。
 当の相馬と言えば、「え?助っ人?なんのこと?」と戸惑っている。
 どうやらなにも聞かされていなかったようだ。相変わらず肝心なところでルーズな岸本に今さら呆れはしない。

「実は大地と愛斗が破局の危機らしくて」
「半分はお前のせいな」
「というわけなの。大地が可哀想だから相馬も協力してやって!」

 素晴らしいくらい上から目線な岸本に、相馬は「いつものことだろ」と可笑しそうに笑った。
 そんなに俺と愛斗は常に危ないところなのだろうか。誰かさんと同じことを言う相馬にそんな心配をしてしまう。

「別に気にしなくてもいいだろ。あいつなにやっても大体同じだし」
「だからだろ。俺だって愛斗に膝枕して貰いたいし」
「膝枕とか……。正座の状態で縛ったらいいんじゃない?」
「縛るって……なんでそんな最初から強行手段なんだよ、もっとソフトに行こうぜ」

 難しそうな顔してそんなことを口走る岸本に、相馬は呆れたような顔をした。

「ソフトってなに」
「だから、正統派だよ正統派。普通に甘えりゃいいじゃん。あいつそーいうのに弱いよ」

 アドバイスをくれる相馬に「俺いつも甘えてるけど」と言い返せば、岸本が「大地の甘え方ってうざいよね」とか横から口を挟んでくる。お前に言われたくねーよ!と言い返したかったが、薄々自覚していたので結構メンタルにきた。

「まあ、木江だもんな」

 押し黙る俺にフォローを入れてくる相馬だったが、ぶっちゃけフォローにもなにもなってない。

「甘えてそれでもダメだったら泣き落とししたらいいじゃん」

「俺だったら、泣かれるとすげーテンション上がるけど」そう笑いながら続ける相馬。
 よく聞くと問題発言とも取れるような言葉だが、いまの俺にとっては有り難いものだった。

「それだ」

 閃いたように声を上げる。岸本が「大地は懲りるってことを覚えた方がいいね」とかなんとか言っていたけど知らない。

 思い立ったら即行動。
 翌日、いつも通り昼過ぎに登校した俺は愛斗の教室に遊びにいった。
 相馬に言われたよう甘えようとしたが、どうやら忙しかったようで適当にあしらわれる。
 放課後。

「愛斗ー愛斗ー愛斗ー愛斗ー」
「なんだよ」
「一緒に帰ろ」
「好きにしたらいいだろ。……いちいち聞くんじゃねぇよ」

 ということで俺は愛斗と共に学校を後にした。
 昨日の晩御飯の話などしょうもないことを話しながら帰るが、やはりなんとなく愛斗の態度が素っ気ない。
 会話も成り立ってはいるが、俺が言葉を投げ掛けて愛斗が適当に頷くばかりでなんとなく手を抜いてる感が否めなかった。
 これはあれだな。俺の腕の見せどころだな。
 昨日相馬からご教授頂いたアドバイス内容を思い返しながら、俺はちらりと隣の愛斗に目を向ける。ちっともこちらを見ようともしていない愛斗の横顔が視界に入った。
 視線を下ろし、袖口から覗く愛斗の手を見る。
 恐る恐る愛斗の手に腕を伸ばす俺。指先と指先が触れ、そのままぎゅって握ろうとした瞬間愛斗の手が離れた。手のやり場に困った俺は、そのまま愛斗の制服を掴む。

「なにやってんだ、お前」

 呆れたような顔をした愛斗は俺を睨み、そのまま手を振り払われた。
「……手ー繋ごうかと」自分の手を擦りながら言えば、「馬鹿か」と吐き捨てられる。
 一応人気がない場所を帰り道に選んだはずだが、やはり無人だからといって愛斗のガードが緩むわけではないようだ。

「いいじゃん、手ぐらい」
「歩きにくいだけだろ」
「暖かいじゃん」
「暑苦しい」

 こいつにはロマンの欠片もないのか。
 ツンとそっぽ向いたままそう言い切る愛斗に、俺はむむむと顔をしかめる。

「俺の手冷たいし」
「だからなんだよ」
「暖めて」

 言いながら愛斗に手を差し出せば、それを一瞥した愛斗に「自分でやれ」と切り捨てられた。
 冷たいにも程がある。あまりにも素っ気ない愛斗に、俺は渋々手を引っ込めた。じわじわと目頭が熱くなる。緩む涙腺に、視界がぐにゃりと歪んだ。

「バカ愛斗、たまには優しくしてくれたっていいだろ」

 ぐすぐすと鼻すすりながら制服の袖で目元を拭えば、ギョッと目を丸くした愛斗は俺の方を振り向く。

「……そんくらいでいちいち泣いてんじゃねえよ」

 呆れたような顔をする愛斗は、そうばつが悪そうに続け俺から顔を逸らした。
 焦ってるぞこいつ。わざとらしいタイミングで泣き出す俺に対し僅かに動揺する愛斗に、俺は袖の下でにやりと口許を緩める。

「うわーん、愛斗がいじめるー」
「いじめてねえよ」
「うわーん」
「うっせぇな、静かにしろ!」

 怒鳴られた。なにをそんなに焦っているのか、焦燥感を滲ませ舌打ちをする愛斗をちらりと横目でみる。
 いつも通りむっすりしている愛斗は苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んだ。
 幾分イラついているように見えたが、それ以上に動揺しているのがわかった。
 ぐすぐすとわざとらしく鼻を啜りながら俯けば、横から舌打ちが聞こえてくる。静かにしろと言われた俺は愛斗の言う通り黙り込んだ。
 わざわざ人気がない場所を選んだお陰か、俺たちの間には重い沈黙が流れる。とは言っても、そう感じているのは愛斗だけだろうが。

「…………」
「…………グスッ」

 泣いてますアピールをする度に顔をしかめた愛斗がこちらに目を向けた。
 愛斗なりにどうすればいいのかわからないようだ。視線に気付きながらも知らないふりをしながら、俺は足元に気を付けつつ前に進む。
 瞬間、いきなり腕を掴まれ無理矢理目元から離された。

「いい加減メソメソすんのやめろ」

「鬱陶しいんだよ」そう吐き捨てるように続ける愛斗は、俺の手首を掴んだまますぐに顔を逸らす。
 どうやらこれは愛斗なりに手を繋いでいるつもりのようだ。
 強い力で引っ張られ、俺は驚いたように愛斗を見る。その横顔が赤いのはきっと夕陽のせいだけではないはずだ。

「……愛斗」
「なんだよ」
「これじゃいつまで経っても手ぇ暖まんないよ」

 そう指摘すれば、愛斗は押し黙る。どうやら手を繋ぐことしか考えてなかったようだ。パッと離れる愛斗の手を取った俺は、そのまま掌に指を這わせ愛斗の指に指を絡めた。

「あ、ダメだこりゃ。愛斗の手、俺より冷たいじゃん」
「じゃあ離せ」
「やだ」
「……」
「愛斗愛斗」
「んだよ」
「もっとギュッとして」
「調子に乗んなよ」
「あれ、愛斗手汗が」
「……」

 手を振り払われた。
 逃げる愛斗の腕を掴み、もう一回手を繋いだら愛斗は大人しくなる。どうやら諦めたようだ。
 今度からこの道通って帰るか。愛斗の手に指を絡めながら俺はそんなことを考える。照れ臭くて会話という会話はなかったが、テンションが上がって仕方なかった。
 結局膝枕はしてくれなかった。


「で、どうだった?」
「まあ、聞いて驚くなよ。なんと手ぇ繋いで帰った」
「……」
「……」
「……なんだよその顔」
「え?いや、普通じゃない?それ」
「ああ、基本中の基本だな」
「いやいやいや、だって愛斗だし」
「え?愛斗って手も繋がないの?」
「お前ら本当に付き合ってんのかよ」
「うっせーな、俺がいいっていってんだからいいだろ。ほっとけ!」
「まあ、よかったね。手繋げて」
「……なんで笑ってんだよ」
「いやー愛斗って手も繋げないんだなって。思春期の中学生じゃん」
「古賀恥ずかしがり屋だからなー」
「じゃ、相馬一緒に愛斗に『初めての手繋ぎ下校おめでとう』って言いにいこうか」
「お、いいなそれ」
「ばかお前ら余計なことすんじゃねーよ。恥ずかしがり屋な愛斗が更に手繋ぎにくくなるだろ。……おい待てって。待てっていんてんだろそこのバカ二人!おい!走んな!止まれって!転んでもしらないからな!止まれ!止まれって!……言わんこっちゃない」

 おしまい

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