尻軽男は愛されたい


 04※

 廃工場のどっか。
 ネクタイを使って後ろ手に拘束された俺は、最初閉じ込められていた部屋にいた。つまり、ふりだしに戻る。
 とは言っても、明らかに最初とは違う点があった。一つは拘束は手だけで足は自由に動けること。
 もう一つは、多治見の存在だ。

 部屋の隅。鼻唄混じり放置された資材や工具を漁る多治見の後ろ姿があった。
 先ほど、俺を乱暴にここまで引き摺り回してきた他の不良たちの姿はない。
 多治見がやすくんを探させに行かせたのだ。
 俺としてもさっさととっ捕まえてきて欲しいところだったのでそれはいいのだが、多治見と二人きりなんて正直なりたくなかった。

「ああ、あったあったー」

 不意に、多治見が口を開く。
 しんと静まり返ったコンクリートの室内に多治見の明るい声が反響した。
 ガランと金属音を立てながらそれを取り出す多治見は、「ごめんねぇ、待たせちゃってー」とニコニコ笑いながらこちらを振り返る。その手には、鉄パイプが一本。
 長い間放置されていたせいか所々錆び付いたそれを片手に近付いてくる多治見に、俺は嫌な予感がして思わず腰を浮かせる。

「へえ、いいパイプっすねー」
「でしょー?他にももうちょっとでかいやつあったんだけどさぁ、ぼく汚いものに触りたくないから一番綺麗なの選んだんだー。ガバマンな君には太さが物足りないかもしれないけど長さがあるから大丈夫だよねえ?」

 こいつ然り気無く失礼なこと言ってないか。
 口許に笑みを浮かべながらそう小馬鹿にしたように続ける多治見に、俺は浮かべた笑みを引きつらせた。
 てめー入れたことないくせに適当なこと言ってんじゃねえよと言い返したいところだが、問題はそこではない。

「……大丈夫って、なにが」
「なにって、君のその下品な体を壊すのに決まってるじゃん」

「ちょっぴり痛いかも知んないけどお、すぐにどうでもよくなるから大丈夫だよー」そう含んだように続ける多治見は、言いながら鉄パイプを持ち上げそのまま軽く自分の肩を叩く。

「……全部入るかなあ。入ったらお祝いしてあげるねぇ」

 そう笑いながら一歩一歩近付いてくる多治見。取り敢えず、俺の貞操と命が危ないのだけはわかった。
 冗談だと思いたいところだが、相手が相手なだけに冗談に聞こえない。
 壁に凭れるように立ち上がった俺は、正面で足を止める多治見を見上げる。

「わざわざ立たなくてもいいよお、君はゆっくり座っときなって」

 自分のケツに錆びだらけのパイプ突っ込まれると聞いてゆっくりできるやつがいるか。
 目の前には凶器を持った多治見。腕は使えないし、恐らく扉にもなんらかの施錠が施されているはずだ。
 なんとか拘束が解けないか頑張ってみるがびくともしない。
 完全に詰んだ。

「別にそんなに緊張しなくてもいいんだよー?ほら、早く下脱ぎなよぉ。……あ、そう言えば君腕使えないんだったっけ。じゃあぼくが脱がしてあげるからさあ、ほら、さっさとその汚いケツこっちに向けてよぉ」

「それとも、無理矢理脱がされる方が好きなのお?」口許に薄い笑みを浮かべる多治見は、そう小馬鹿にしながら穿いていたズボンのウエストに指を引っ掻ける。
 軽く引っ張られ、慌てた俺は咄嗟に多治見の膝を蹴ろうとした。
 が、なんということだろうか。両腕が使えずまともにバランスが取れなかった俺は、そのまま派手に足を滑らせた。

「あははっ、君ってば面白いよねぇ。状況を考えて行動しなきゃダメだよお」

 そのまま尻餅をつく俺を見下ろし、多治見は「常識中の常識でしょー?」とほくそ笑む。
 ここまで運がついてないと、一層清々しい。慌てて膝を立てそのまま立ち上がろうとしたとき、多治見の靴の裏に下腹部を踏みつけられた。
 全身が強張り、一瞬の隙が生まれる。それを狙ったのか、股間から足を離した多治見はそのまま片足を蹴り無理矢理開脚させてきた。

「あれれえ、随分大人しくなっちゃったねー。怖じ気づいちゃったのお?」

 カランと音を立て、目の前に鉄パイプが突き立てられる。
 それを杖にするように正面に座り込んできた多治見は、不思議そうに顔を覗き込んできた。
 別に怖じ気づいたわけではないが、今この状況ではなにしても不利だと判断しただけだ。
 多治見から目を逸らした俺は、なにも言わずにそれを無視する。

「冷たいなあ」

 なにも答えない俺にそう肩を落とす多治見だったが、最初から俺の返事なんて期待してなかったのだろう。
 いきなり胸ぐらを掴まれたと思ったら、そのままコンクリートの床に背中を押し付けられた。
 寧ろ叩き付けられたと言った方が適切なのかもしれない。
 乱暴に押し倒され足の裏が地面から離れたとき、多治見にズボンを脱がされる。
 もう少し丁寧に出来ねーのかよ。じんじんと痛む背中に顔をしかめ、肌寒くなった俺は足と足の間で膝立ちになる多治見に目を向けた。
 片膝の裏を掴み、無理矢理開脚させてくる多治見。
 垂れた前髪が邪魔してその顔は見えない。
 まだだな。多治見の手元に目を向ける俺は、そう一人呟いた。
 地面に突き立てられたその鉄パイプを一瞥する。
 逸早くこの状況をなんとかしたい反面、俺の中の緊張感やら焦燥感やら不快感やら危機感やらがぐっちゃぐっちゃになってなんだかもうこのまま流されるのも悪くないかもしれないなんて被虐的思考が過った。
 下着に指を引っ掻け、そのままずらそうとしてくる多治見。
 瞬間、多治見の持っていた鉄パイプが地面から離れる。
 今だ。
 体を支えるものがなくなるその隙を待っていた俺は、ここぞとばかり多治見の上半身目掛けて思いっきり蹴りを入れた。
 俺のイメージでは多治見が尻餅ついて運良く落とした鉄パイプを奪い完全勝利という見事な展開が待ち受けている予定だった。過去形だ。
 蹴ったはずの足の裏には多治見らしき手応えはなく、それどころか目の前の多治見はなんでもないような顔をしていて、なのに俺の足は動かない。
 なんでだ。なんて思いながら自分の足に目を向ければ、脛には多治見の持っていた鉄パイプが当たっていた。
 瞬間、片足から全身の神経にかけて酷い激痛が走る。自分の足が受け止められたのではなく、多治見のパイプで殴られたと気付くまで然程時間はかからなかった。

「ぁ、ぐぅ……ッ」

 あまりの痛みに自然に力が入り、食い縛った口からは呻き声が漏れる。
 どっと全身から嫌な汗が滲んだ。

「ダメだよー、大人しくしとかなきゃ。ぼく暴力振るなーって注意されてんだからさぁ、振らせないでよう」

「君のせいでーぼくが怒られちゃったらさあどうすんの?」そう先程と変わらない調子でのろのろと続ける多治見は、言いながら俺の足をパイプで薙ぎ払う。
「ッ」痛みを通り越してじんじん痺れ出したそこにトドメを刺すような衝撃が走り、俺は息を飲んだ。
 あまりの激痛にじんわりと額に脂汗が滲み、痛みを堪えるように顔をキツくしかめた俺は目の前の多治見を睨むように見上げる。

「あは、すごい顔ぉ。そんなに痛かったあ?でもぉ、泣かないのは偉いねえ。よしよししてあげよっかあ?まあ嘘だけどぉ」

 そう一人べらべらと話す多治見は、言いながら俺の下着を脱がした。
 ムカつくやつに脱がされるのはあまり気持ち良くなかったが、抵抗するにも肝心の体の方がビビってしまっているようだ。
 凶器を手にした相手を前に怯んでいる自分がいた。
 どうにかしてこいつぶん殴れないのか。せめて、あのパイプをどっかに捨てることが出来れば。
 殴られた片足が内出血を始めるのを一瞥した俺は、口の中で舌打ちをする。
 人の足をおっ広げ、露出した肛門を見下ろす多治見になんかもうあまりの嫌悪感で喉がひくついた。

「結構遊んでんだねえ君。ま、知ってたけど。君に挿れるやつも相当物好きだよねえ。それとも、君が無理矢理咥え込んでんの?」

「だとしたら同情しちゃうなあ」言いながら、多治見は肛門の中親指を捩じ込む。
 まさか指突っ込まれるとは思っていなかった俺は、慣らしもせず入ってきた多治見の指に全身を強張らせた。
 多治見の長い爪が内壁を引っ掻き、ちくりと小さな痛みが走る。

「なに君、こんな状況でケツ弄られて興奮しちゃってるのぉ?中、すんごいヒクついてるけど」

「気持ち悪いなあ、もしかしてマゾ?」顔を覗き込んでくる多治見はそう蔑むように見下ろす。
 俺は体内を解すようなその指に小さく震えた。
 気持ち悪いってなんだよ、悪いかよちくしょう。なんて思いながら、本格的に肛門の危機を感じた俺はなんとか指を動かし拘束する腕のネクタイを外そうと奮闘する。
 が、血が止まりそうなくらいキツく縛ってくるそれは予想以上に硬く、痺れる指先で結び目を弛めるのは難しかった。
 カリカリと指先で結び目を引っ掻く俺は、ただ早く解けろと念じるばかりで。
 体内に埋まる親指に中を掻き回され、意思とは他所にいちいち多治見の指にビクビクと反応する自分の体が恨めしい。

「そろそろ大丈夫かなあ。ぼく痛がってる子見るの苦手だからさあ、あんまり痛くならないよう頑張るけどそれでも痛かったら……うーん、まあ、どうでもいっかあ」

 本当やる気ねーなこいつ。やる気出されてもそれはそれで困るのだが、あまりの緊張感のなさに脱力しそうになってしまう。
 まあ、それは当事者じゃなければの話だが。
 緩い多治見に脱力どころかぬるい絶望まで感じた俺は、乱暴に引き抜かれる指に体を強張らせる。
 コンクリートの床に引き抜いた親指を擦る多治見は、持っていたパイプを握り直した。
 ここまでか。拘束するネクタイの固い結び目は弛まず、相変わらず八方塞がりの俺は小さく息を吐きながら手をだらりと垂らす。
 痛いのは嫌いだし気持ち良くないのも嫌いだが、こうなったら仕方ない。
 肛門が使えなくなっても咥えられる口とちんこがあるから大丈夫かなんて現実逃避し始めたときだった。
 コンクリート造りの室内に携帯電話の着信音が鳴り響く。
 そのまま俺の肛門にパイプを宛がおうとしていた多治見はピタリと動きを止め、自分の制服に目を向けた。
 今俺は携帯電話を持っていない。
 ということは鳴っているそれは言わずもがな多治見の携帯だろう。
 俺から意識を逸らした多治見は、パイプを手にしたまま携帯電話を取り出した。
 よくやった携帯。でかした携帯。
 俺から意識を逸らし電話に出る多治見を一瞥した俺は、あまりにもタイミングがいい着信に思わず頬を綻ばせた。
 まあ、相変わらず最悪のこの状況は何一つ変わっていないのだが。

「もしも……あれ、きよ?あれ?なんできよぉ?」

 きよ、ってことは通話相手は此花か。
「これ、やすくんの携帯じゃないの?」そう呆れたような顔をする多治見は、画面に表示された名前を確認しながらそう聞き返す。
 どうやら、やすくんの電話に此花が出たと言うことらしい。
 あの野郎もしかして此花に捕まったのか。
 息を潜め、静かに耳を傾けていた俺は考え付く一つの可能性にやーいざまーみろとほくそ笑む。

「捕まえたって……ねえ、きよ今どこにいるの?ちゃんと真っ直ぐ家に帰るって言ったよねえ?嘘吐いたの?……別に怒ってないよぉ、でも危ないから夜出歩いちゃダメって言ったじゃん。……え?きよ来るの?いいよぉ、別に」

 受話器に向かってそう話す多治見の表情に先程までの笑みはなく、無表情でそう続ける。
「あーでもやすくん、やすくんかあ」そう唸る多治見はなにを思ったのか、ふとこちらに目を向けた。
 そのとき、顔に伸びてきた多治見の手が口の中に捩じ込まれる。
 もしかしたら俺が通話先の此花に助けを呼ぶとでも思ったのかもしれない。
 五本の指で歯を無理矢理開かれたと思えば、そのまま拳を突っ込まれた。

「ふが……ッ」
「じゃあ、お願いしよっかなあ。うん、場所?どこでも良いよぉ、廃工場の中にでも適当に転がしておきなよぉ。あ?ぼく?あーぼくはちょっと忙しいから無理。そっちで勝手にやっといてよ」

 そう暢気に長電話をする多治見は、言いながら口の中でゆっくりと拳を拡げる。
 無理矢理口内を押し拡げられ、歯を立てるにも閉じることが出来ず俺はただ嗚咽した。
 息苦しい。抉じ開けられた口の端からだらだらと溢れ出る唾液が顎を伝いそのまま首筋へと流れる。
 多治見と此花の仲良し長電話はまだ終わらない。

「えーぼくもぉ?うーん、ぼく今忙しいんだけどなあ……きよにそこまで頼まれたらさあ、断れないじゃん。わかったよぉ、じゃ、ぼくはどーしたらいいのお?うん、わかった。外でね?またついたら連絡してよぉ、迎えに行くからさあ……うん、じゃあバイバイ」

 そうベラベラと喋る多治見は口内で拳を広げ、無理矢理上顎を押し拡げられた。
 口の中の異物に息苦しさを感じた喉奥からは嗚咽が漏れる。

 多治見と此花の会話をハッキリ聞いたわけではなかいが、ただ一つ、此花がいまからここにやってくるということだけはわかった。
 普段なら喜ばしいことなのだろうが、状況が状況なだけに素直に喜べない。
 通話を終えた多治見は持っていた携帯電話を閉じ、俺を一瞥した。
 瞬間、強引に口の中から拳を引き抜く多治見に、俺はそのまま背を丸めて空咳をする。
 こいつには優しさ・気遣い・思い遣りと言うものがないのだろうか。
 散々口内を弄られ、酷い吐き気に襲われたが空腹のお陰でなんとか色々ぶちまけることにならずに済む。

「うわぁ、ベチョベチョだあ。汚いなー」

 俺の唾液で濡れた拳を広げた多治見はそう不愉快そうに眉間を寄せた。
 生々しく濡れた多治見の指先からぽたぽたと流れ落ちるそれは糸を引きながら煤けたコンクリートに染みを作る。
 自分から突っ込んでおいて汚いってなんだよ泣くぞ。
 あまりにも勝手なことを口にする多治見に顔をしかめたとき、不意にぬちゃりと頬に嫌な感触が触れた。

「ッ」
「君が汚したんだからさあ、ちゃあんと責任取って綺麗にしてよぉ。ほらぁ」

 なにを思ったのか、濡れた手を俺の頬に擦り付けてくる多治見に全身が粟立つ。
 皮膚に擦り付けられた生暖かいそれを指で伸ばされ、俺は顔を背けようとするが自由を奪われた今多治見の手から逃れられるわけがなかった。
 多治見が手を動かす度に生々しい濡れた音が立ち、嫌がる俺を見て多治見は可笑しそうに口許を歪める。

「なんだあ、君も一応自分が汚いっていう自覚あるんだねえ」

 濡れた親指の腹で唇をなぞる多治見は、そのまま俺の顎を掴み無理矢理正面を向かせてきた。
 さっきからこいつ人のことを汚い汚いって喧嘩売ってんのか。
 流石に懐の広い俺もここまで汚物扱いをされると頭にクるものがある。

「別に俺は汚くないけど、お前の手が汚いから嫌だっつってんだよ」

 多治見を睨んだ俺は引きつった笑みを浮かべ「別に俺は汚くないけど」と繰り返す。
 瞬間、楽しそうに笑っていた多治見の顔が凍り付いた。
 言ってから、このタイミングで煽るような真似をするのはやばいかなと後悔したが、まあどっちにしろ無事帰してもらいそうにはないからいいやと俺は諦めることにする。
 余程ショックだったのか、硬直する多治見。
 そして、

「……あは、あはははっ!」

 殴られるかもしれない身構えた俺は、いきなり笑い声をあげる多治見に目を丸くした。
 俺の一言が多治見の繊細な心を傷付けたお陰でとち狂ってしまったのだろうか。
 コンクリートの室内に多治見の笑い声が反響する。
 なにがそんなに可笑しいのか、苦しそうにひいひいと肩で息をする多治見は俺に目を向けた。

「いやぁー、君ってば面白いねえ。久しぶりに笑わせてもらったよお、あー涙出てきた」

 多治見のツボがまるで理解できず、若干引いた俺は冷や汗を滲ませながら「そりゃどーも」とだけ答える。
「どういたしまして」と答える多治見はそのままよっこいしょと立ち上がり、持っていた鉄パイプを部屋の隅に投げ捨てた。
 ガランガランと派手な音を立て転がっていくそれに、俺はビクリと反応する。
 なんで捨てたんだ。予期していなかった多治見の行動に目を丸くした俺は多治見を見上げる。

「本当ならここでぶっ殺してやろうかと思ったけどぉ、すぐ壊しちゃったら面白くないよねえ。ね、そう思わない?」

 こちらを見下ろしてくる多治見は、そう小首を傾げさせる。まったく萌えない。
 けど、どういう風の吹き回しだ。急に心変わりをする多治見を不審がる俺は勘ぐるような眼差しを目の前の男に向ける。

「気に入ったよ、君のこと。っていうのは嘘だけどぉ、君のその糞生意気で前向きなひねくれた根性に免じてここでぶっ殺すのはやめてあげるよー」

 さっきからサラリと不穏なことを口走る多治見は、いいながら俺を壁際に追いやる。
 つまり、助けるということか。とか言いながら実はただ自分が怖じ気付いただけじゃないかと邪推してみたが、どちらにせよ多治見の言葉が本当なら有り難い。
 ごちゃごちゃ言ってねーでさっさと拘束外せよ。そう口の中で呟いたとき、頭上から伸びてきた多治見の手に前髪を鷲掴まれた。

「その代わり、君が自分から死ぬまでちゃあんと虐めてあげるねぇ。……あっ、でも君には暴力振るわないよう言ってあげとくから安心してよぉ」

「君にはね」薄暗い眼を細め、柔らかく微笑む多治見はそう静かに続ける。
 冷えきった声に据わった目。多治見の言葉がまるで理解できなかったが、ただ一つ、こいつが本気なのだけは理解した。

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