尻軽男は愛されたい


 07※

「……っあとで相手してやるから、ちょっとくらい我慢しろって」
「……」

 軽く体を捩らせ、七緒の腕の中から逃れようとするが、がっしりと抱き着いてくる七緒は離れない。
 どうやら完全に臍を曲げたようだ。背中にくっついたまま人の邪魔をしてくる七緒に、俺は内心舌打ちをする。
 ゲームに集中したいところだが、こうなったら七緒の相手をした方がいいだろう。

「ほんと、寂しがり屋だよなーお前」

 コントローラーを操作し、メニュー画面を開いた俺はそのまま持っていたコントローラーをテーブルの上に置いた。
 まとわりつかれて悪い気はしないが、邪魔をされるのは面白くない。
 頬を緩めた俺は、言いながら背後の七緒の下腹部に手を伸ばす。

「そうだよ、寂しがり屋だから大ちゃんが構ってくれないと死んじゃう」
「じゃあまず七緒は我慢ってこと覚えなきゃいけないねぇ」

 俺の肩に顎を乗せ、そう甘えるように密着してくる七緒。
 笑いながら、俺は七緒のズボンのファスナーに指をかける。
 後ろの様子がわからないだけ手探りになってしまうが、それを下ろすのに手間はかからなかった。

「……っやだ、俺、我慢したくない」
「七緒君は我が儘ですねー、ってまあ俺もだけど」

 そんなくだらない会話を交えつつ、ごそごそと七緒の下腹部をまさぐる俺は下着から七緒のを取り出す。
 大したこともしてないのに興奮している七緒を笑いながら、俺はそれに指を這わせた。
 俺の服の中をまさぐっていた七緒の手が僅かに反応したのがわかる。

「……大ちゃん」
「なーに、七緒」
「もっと強く触って……っ」

 指の腹で軽く揉むように弄っていると、七緒はそうねだってくる。
「えー、どうしよっかなー」甘えてくるように項に唇を当ててくる七緒が可愛くて、なんとなくテンションが上がってきた俺はそんな意地悪を口にした。

「ねぇー大ちゃんてば、擦ってよ。いつもみたいにごしごししてってばー」
「ばか、擦り寄ってくんなって。ちょっと、七緒っ」

 人の胸を弄りながら背中に腰を押し付けてくる七緒に、俺は笑いながら七緒から離れようとする。
 腰に当たる硬い感触がやけに生々しい。
 胡座を崩す俺に、七緒は「えー、どうしよっかなー」とさっき俺が言っていたことと同じことを口にした。
 逃げようとする俺の体を抱き抱える七緒は、再び自分の足の間に俺を座らせる。

「……っ七緒、く……くすぐったい……っ」

 何度も首筋にキスをされる度に七緒の髪が肌を掠り、全身の筋肉が強張った。
 自然と声帯が震える。
 笑みを引きつらせる俺に、七緒は「大ちゃんがくすぐったがりなだけだよ、それ」なんて暢気なことを言い出した。
 そういうことは体を撫で回すその手を止めてから言っていただきたい。

「大ちゃん、大ちゃん。あーもう大好き。やばい、好き。ずっとこうしていたい」
「じゃー今日はやめる?」
「ううっ、なんで大ちゃんはそんなこというの」
「七緒がかわいーこと言うから仕方ないじゃん」

 なんて会話を交わしながらイチャイチャイチャイチャと七緒のを弄って遊んでいると、不意に七緒から音楽が聞こえてくる。
 どうやら携帯の着信音のようだ。

「七緒、電話」
「いいよ、別に」

 七緒に寄り掛かる俺は、空いている方の手を動かし携帯のバイブで震える七緒の制服のポケットに手を突っ込んだ。
 キーホルダーがじゃらじゃらついた七緒の携帯を取り出した俺は、携帯を開き画面に目を向ける。
『日生弥一』。
 画面に表示されるそのフルネームは、俺が予想していたものと同じだった。
「あっ、ちょっと大ちゃん!」慌てる七緒は驚いたような声をあげ、そのまま俺の腕を掴みあげる。
 そんな七緒を他所に、俺はそのまま通話ボタンを押した。

『七緒?』

 持っていた携帯から日生の声が聞こえてくる。
 俺の手の中から携帯を取り上げた七緒は、携帯に目を向けた。

「もう、大ちゃん」
「出ねーの?」

 少しだけ怒ったような顔をする七緒に背中を預けながら、「出てやれよ」と俺は七緒に笑いかけた。
 腑に落ちない様子だったが、受話器から聞こえてくる日生の声に七緒は折れる。

「……ヒナちゃん?どーしたの、電話なんて」

 渋々携帯を耳に当てる七緒は、そのまま電話の向こうにいる日生に対応した。
 七緒としては邪魔をされたのが気に入らなかったらしい。
 その声はいつもに増してどこか投げやりに聞こえた。

「あーうん、早退早退。あ、そうだったの?ごめんねー、俺の分食ってていいから」

 どうやら七緒は日生と昼食をともにする予定だったようだ。
 だらしなく七緒に寄り掛からせていた上半身を起こした俺は、七緒の上から体を退かせる。
 離れる俺に名残惜しそうな顔をする七緒は、日生との電話中にも関わらず「退かなくていいよ」と声に出した。
 人がせっかく黙ってやっているのに、バカだなー。なんて思いながら、七緒と正面から向き合うように四つん這いになった俺はそのまま胡座を掻く七緒の下腹部に顔を近付ける。

「……っ、ちょ……あ?いや、ごめん、聞いてなかった」

 唾液で濡れた舌で乾いた唇を濡らし、俺はそのまま勃ちかけた七緒のものに唇を当てた。
 僅かに動揺した七緒だったが、携帯を持ち直し先程と変わらない調子で電話に向かって話しかける。
 先端に下を這わせ唾液で濡らし、それを開いた口に含んだ。
 そんな俺を見下ろす七緒は、なにもなかったかのように日生と話ながら股間に顔を埋める俺の髪を優しく掻きあげる。
 遊んでんなこいつ。止めるどころか煽るような真似をしてくる七緒を見上げながら、俺は改めてそう感じた。
 唇を使って七緒のを扱くたびに、じゅぷじゅぷとなんとも素面で聞くに耐えがたい水音がリビング内に響く。
 根本までくわえれば喉奥まで届くそれを唇で締め、出し入れを繰り返せば電話片手に日生と話している七緒の腰が震えるのがわかった。
 七緒も七緒でノってきたのだろう。
 先程まで切りたがっていたくせに、いまでは自分から受話器の向こうにいる日生にくだらない話題を投げ掛けるほどだ。
 一種の興奮剤にされた日生からしてみればいい迷惑この上ない。まあ、だからと言ってやめないけど。

「なに、どーしたの?……あー、俺?俺はいま、大ちゃんと一緒だよ」

 平然を装う七緒とは裏腹に、口の中のそれは膨張する。
 口の中で脈を打つ性器は酷く熱く、扱く度にその脈は早くなった。
 受話器越しに聞こえる日生の声が僅かに小さくなる。
 もしかしたら俺がいると聞いて配慮してくれているようだ。

「変なこと?してないよー別に。うん。え?息?まじで?これでも、ケッコー我慢してるんだけど。すごいねーヒナちゃん耳いい!…………あれ、切れた」

 と思ったら、ただ単に耳を潜めていただけのようだ。
 受話器に向かって笑っていた七緒だったが、電話が切れるのを確認するとそれをソファーに向かって放り投げる。
 どうやら感付いた日生が一方的に通話を切ったようだ。可愛いやつめ。
 焦って携帯のボタンを押す日生を想像しながら、俺は七緒のものから口を離す。
 だらしなく口を開いたままのせいか唇を濡らす唾液が顎へ伝い、一旦上半身を起こした俺は口許を手の甲で拭った。

「日生のやつ、なんだって?」

 先程まで異物をくわえ込んでいたせいで違和感が半端ない顎を擦りながら、俺は七緒に尋ねる。
 膝立ちになる俺の腰を抱き締める七緒は、なんでそんなことを聞くのかと少しだけ驚いたような顔をした。が、特には気にしないらしい。

「えーとねぇ、『邪魔してごめん』ってさ」
「ははっ、なにそれらしー」
「もー、大ちゃんがエロいしゃぶり方するからバレちゃったじゃん」
「お前だってノってきただろ」

 なんて軽い言い合いをしながら、拗ねたように頬を膨らませる七緒は服の裾から手を入れ、そのままズボンの中に滑り込ませる。
「だってー」不満そうな顔をする七緒だったが、すぐに頬を綻ばせた。

「我慢しろってのが無理だもん」

 悪びれもせず開き直る七緒。
 それは俺も同じだったので、これ以上七緒を弄るのをやめておく。こんな状況で泣かれちゃアレだし。
 俺は「だろうな」と小さく笑えば、自分の穿いていたズボンの前に手をかけた。
 ファスナーを下ろし窮屈になった前を緩めれば、緩くなったズボンの中へ七緒の手がするりと入ってくる。
 下着の中に手を入れた七緒は、俺の腰を抱いたままゆっくりと下着を下ろした。

 ◆ ◆ ◆

 夢中になって互いに貪り合って、気が付いたらもうベランダに繋がる窓の外はすっかり日が暮れていた。
 出しまくってすっかり気分が萎えた俺は、下着一枚でソファーの上になってぼんやりと天井を眺めていた。
 だるい。

「大ちゃん、服着なきゃ風邪引いちゃうよー」

 一足先に服に着替えた七緒は、パタパタと足音を立てながらソファーへと近付いてくる。
「大丈夫だって。お前んち暖かいし」と適当なことを言って七緒をあしらながら、近くに落ちていたコントローラーを拾い上げた。
 メニュー画面を開いたまま硬直するテレビ画面を一瞥した俺はそのまま上半身を起こす。
 下半身が鈍く痛んだが、この違和感にもすっかり慣れてしまった。

「えー、まだゲームするの?」
「まだって、あんまやってねーけど」

 不満そうに唇を尖らせて拗ねる七緒に、俺は「誰かさんが邪魔してきたし」と笑いながら続ける。

「駄目、駄目!もー大ちゃんはゲームしちゃ駄目!没収します!」
「あっ、おい」

 ゲームを再開させる俺に、また放って置かれると思ったら我慢できなくなったようだ。
 そう言いながらコンセントに近付いた七緒は、まさと顔をしかめる俺の制止も聞かずにそれを引っこ抜いた。
 ぶつり。そんな音とともに、ゲーム画面は一瞬で黒くなった。

「馬鹿、なにやってんだよ」

 予想通り七緒に電源を引っこ抜かれた俺は、舌打ちをしながら七緒に目を向ける。
 舌打ちをするつもりはなかったが、無意識に出てしまったようだ。
 語気を強める俺にビクッと肩を跳ねらせた七緒は、「だって、だって」とぐずりながら背中を縮み込ませる。

「……だって、大ちゃん構ってくれなくなるもん。だから、もう俺といる時はゲームしちゃ駄目」
「じゃーいつすればいいんだよ」

 七緒の言葉に疑問を抱いた俺は、そう揚げ足を取る。
 まさかそこに突っ込まれるとは思っていなかったのか、七緒は「え?」と不思議そうな顔をしてううんと考え始めた。どうやらなにも考えていなかったようだ。

「えーと……じゃあ、俺がいないときとか?」

 なんでそこで疑問形だよ。
 難しい顔をした七緒は、そう語尾をあげる。

「あっそうだ、大ちゃんにここの合鍵渡しとこうと思ってたんだ」

「そうしたら、俺がいないときもたくさんゲームできるだろ」そう気を取り直した七緒はヘラヘラと笑いながら「ちょっと鍵持ってくる」と言い残し、俺の返事も聞かずにそのままリビングを後にした。

 ……合鍵だって?
 話の文脈からして既に用意しているらしい七緒に、俺は呆れてなにも言えなかった。
 無用心にもほどがある。
 いいように捉えればそれは七緒から信頼されているということなのだろうが、俺にとって信頼されるという立場は荷が重すぎた。
 自分の部屋に鍵を取りに行く七緒に、俺は苦笑いすら浮かばなかった。

「はい、これ」

 リビングへと戻ってきた七緒は、「ずっと渡そうとしてたんだけど渡しそびれちゃってたから」と少しだけ恥ずかしそうに笑いながら俺に合鍵を差し出す。
 ということは、結構前から俺のための合鍵を用意していたということか。
 差し出された七緒の手のひらの上に乗った鍵に目を向けた俺は、手を伸ばし合鍵を摘んだ。

「七緒さぁ、俺がこれ使って部屋にあるもん勝手に盗んだりするとか考えないの?」

 鍵から七緒へと視線を向けた俺は、そう笑いながら七緒に尋ねる。
 俺の言う意味がわからないのか、七緒は不思議そうな顔をして小首傾げた。そして、すぐに笑みを浮かべる。

「あっわかった。もしかして大ちゃん、俺んちで欲しいもの見つかったんだね」
「ちげーよ、例えばの話だって」
「例えば?」

 ただ七緒の頭が悪いのか、それとも俺の説明力のなさからかはわからなかったが七緒はそう尋ねてきた。
「だから、俺がこの鍵を悪いことに使うかもしれないとか思わないの?」なかなか理解しようとしない七緒を怒鳴り付けそうになるのを堪えながら、俺はそうなるべく優しい口調で言い直す。

「うん?大ちゃんがしたいんだったら、俺は別に悪用してくれてもいいんだよ?」

 ヘラヘラと笑う七緒は、言葉を理解しているのかしていないのかそうなんでもないように続けた。
 ダメだ、こいつ根本的なところがおかしい。
 本音か、それともその場凌ぎの口説き文句か。……恐らく、前者だろう。
 わかりやすいくらいわかりやすく、これでもかってくらい素直なやつだとわかってるからか。俺は七緒が本気だと確信する。

「へぇ、後悔すんなよ」

 最初から堂々と宣言しておけば、後ろ暗いこともない。
 七緒のその言葉を聞き考えが変わった俺は、そう口許に笑みを浮かべた。

「しないよ。大ちゃんが俺んち来てくれるんなら大歓迎だし」

 自分のしたことの意味を理解できてないのか、相変わらず能天気な七緒は俺の隣に腰を下ろす。
 好きなだけゲームも出来るし、まあ第二の我が家が手に入ったということか。
 家まで帰るのがだるい俺にとって、七緒の自宅の出入りができるようになったメリットは大きい。
 その分、今以上に七緒の相手をしないといけないデメリットも出てくるわけだけど。

「本当調子いいよな、七緒って」

 横に座ってじゃれついてくる七緒の頭を撫でながら、俺はそう呟いた。
 別に他意があるわけではなかったが、どうやらその些細な一言に七緒は傷付いたらしい。
 ソファーに寄りかかる俺の肩に凭れていた七緒はビクリと小さく震え、恐る恐る顔をあげる。

「……嫌い?」

 不安そうに目を潤ませ俺を見詰める七緒は、そう小さな声で尋ねてきた。
 図体でかいくせになんでこんな可愛いんだよ。

「好き」

 七緒の腕を掴み、ぐいっと顔を近付けさせた俺はそう小さく笑い、不安で歪むその唇に軽くキスをした。
 タラシ?よく言われる。

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