Open sesame!53



彼女がそう発言するや否や、他の友人達の食いつきっぷりときたらキラキラを越えてギラギラしていた。見たの、いつ、どこで、と詰め寄られ吃り気味に、さっき、と答える。その内の一人が救いを求めるようによろよろと彼女に手を差し出し、彼女も彼女でその手をしっかりと握りしめる。言葉に尽くせぬ思いがお互いの間を行き来し、それは心の奥底から何かが奮い立つ衝動を宥める作業にも似ていた。
それから彼女は語るに語る。熱く上昇していく気分に乗り、いかに目の前で遭遇し言葉まで交わした彼らに心を揺さぶられたか、そして二人が並ぶ姿にどれほどしっくりきたか。持てる限りの語彙力を尽くして言葉に変換した。彼女の周りを囲む友人達も聞き手であり、彼女の思いに同調し、時に固唾を飲んで盛り上げてくれる。
「それでね、鶴先輩っているでしょう?あの人も一緒にいたんだけど」
「ああ、あの三年生の?」
「そうそう、ここんとこ日向くんと一緒にいた人。じゃあその人が二人の仲を取り持ってくれた感じ?」
「占いが当たるっていうから、それでかな」
「……あの人も美人だよねぇ。目の保養」
老若男女問わず美形に目がない一人が個人的趣味嗜好のこもったつぶやきを落とす。陸上部に所属している例の彼女が芝居気たっぷりに腕を組み、あの人はそんなもんじゃないよとなぜか自分のことのように自慢してくる。横目でちらりと友人達を見て、
「――あの人は、強いよ」
十分に間を置いてから放たれた一言に、おお、と一同が沸き立つ。基本的にノリがいい人達なのだ。話題はそこからその三年の先輩が何に勝てるかに移っていき、スケッチブックの彼女はそろそろ詳細を突っ込まれると危ないところまで来ていたので、このあたりで口を噤む。後は彼女の胸の内でこっそり温めておくのがいいだろう。それにしても、先生や生徒相手ならまだしも仮想の怪獣もどきを相手に戦わせるのはどうなのか。強いとかそれ以前の問題な気もする。
それはそれとしてそんなやり取りを聞いている彼女の脳裏に思い浮かんだものがある。いま局所的に話題になっているその先輩と、彼女が目撃し保健室に運ばれていった三人の男子生徒達のことである。二つを結ぶ線は迷うことなく結び付き、彼女の無意識の感想を呼んだ。
「やっぱり退治されたってことかなあ」
元々彼女が鶴先輩に関して知っていたのは当たるという占いの件、そして日向の相談相手になっていることくらいで腕が立つというのは初耳だった。どうやら地元持ち上がり組には周知の事実のようだ。
あのとき彼女が鶴先輩に助けを求めたのはとにかく事態を打開する手助けが欲しくて、ちょうど行き合った人物にかぶりついたわけだがまさかその声をかけた人がその事態を打破するのに十分な能力を持った使い手であったとは。偶然と幸運の巡り合わせというのはあるものだ。話し合いで場を収めるというより腕力に全振りした解決の仕方ではあったようだが、彼女が助けを求めて走ることになったあの雰囲気からするに説得は難しかっただろうからそこは仕方ないと思う。
そうやって考えを一段落させて周囲を見ると、例の先輩の最強伝説について大いに盛り上がっていたはずの友人達は残らず彼女を注視していた。のみならず場はしんと静まり返っている。ちょっと怖い。思わぬ事態に彼女は動揺する。
「え?な、なに?」
そんなに人としてまずい顔をしていたのかと慌てて顔を押さえるも、沈黙と注目の意味は彼女の予想したところとは異なっていた。それまで以上の好奇心の固まりとなった友人達が彼女に詰め寄り、質問をぶつけてくる。
「なになに?まだ何かあるの?」
「退治って、鶴先輩がやったの?何を?誰を?」
「え?ちょっと待って、何で知って――あっ!」
私口に出してた?、と恐る恐る確認すると全員にこっくり頷かれる。やってしまったと悔いても遅い。咄嗟に聞かなかったことにしてくれと頼んでみてもそれはないの大合唱だ。それはそうだろう。彼女も逆の立場だったなら勿体ぶらずに教えてくれと懇願しているに違いない。
まだ語られていない美味しい事実があるに違いないと舌舐めずりして情報を引き出そうとする友人達と多勢に無勢で押されっぱなしの彼女の問答は、そのなかで一人押し黙り何か考え込んでいた女生徒が発した一言でぴたりと収まった。
「――つまり、その先輩が殿様と日向くんの間に割って入ろうとした不逞の輩をばったばったと薙ぎ倒していったわけだね!」
音量調節がされていない堂々とした叫びは威勢よく教室中に響き渡った。どうだこれ以上の正解はないだろうと胸を張り、瞳を爛々と輝かせて鼻息荒く言い切る彼女に、みんな呆気に取られて何も言えない。
「その先輩ってそんなすげーの?」
だから新たな闖入者にも無防備だった。
振り向くと、今朝の部活の中止について話していた男子生徒の一人がこちらに体を向けている。一緒に話していた生徒達も揃ってこちらを見ていた。というかクラスにいるほとんどの生徒達の耳目を集めてしまっている。ちらほらと元の会話に戻っていく生徒もいるが、引き続きこちらに注目したままの生徒もいた。
そのなかで話しかけてきた男子生徒達は比較的席が近かった。彼らも高校からの参入組で、地元持ち上がり組とは認識の差がある。
度重なる事態にまだ彼女がまごついていると、陸上部の彼女がずいっと前に出てきた。その物怖じしない態度に羨望の眼差しを向けつつ、これから話がどう転がっていくのかを戦々恐々で見守る。
「ふふん。そうよ、ほんとにあの先輩はすごいんだから」
「なに威張ってんだか。お前がすごいわけじゃないくせに」
「何よいいじゃない、すごいことに変わりはないんだから」
「屁理屈」
「このへそ曲がり」
ここは小学校だったかなと思うような言い合いをする彼と彼女は、驚くべきことに子供の頃からの知り合いではなくこの春に初めて会ったそうだ。その二人の後ろでは、取り残された男子生徒達が美人なお嬢様として知名度のある鶴先輩に新たに追加された戦闘能力について満更でもない様子をみせている。その様は尾白と日向のことについて悶え興奮する彼女達と変わらないものがあったが、いまそれをこの場で指摘する者はいない。
一方で、噂の鶴先輩のことをもっと知りたくなったらしい新たな情報にうっとりしていた男子生徒の一人が身を乗り出し尋ねてくる。
「なあ、もっとないの?その先輩の話。そのフラチなヤカラを倒したって話でもいいからさ」
未だに小学生の言い合いをしている二人を置いて女子一同が顔を見合わせる。今度はぐいっとスケッチブックの彼女が前に押し出された。これはもしかしなくてもまずい状況なのではないか。内心冷や汗を大量にかきつつ硬直している彼女の背後から、友人達がそれぞれ顔を出す。
「あるよ。この子が証人ね」
両肩に優しく置かれた手に血の気が下がる思いがした。恐る恐る後ろを振り向くと友人達はみな密談をする悪代官や越後屋のような面構えでいる。美人の先輩に釣られた男子生徒達をも巻き込んで彼女が口を開くよう仕向けてきたのだった。なんたる執念。分からなくもないが、それでも頑迷に口を割らずに唇を真一文字に結んで黙秘の姿勢を貫く彼女に場を温めようとしてか、友人達が知っている限りの鶴先輩情報を男子生徒達に伝え始める。彼女達の間ではすっかり鶴先輩がお悩み相談のエキスパート、それも恋のキューピットになっていた。それに先程教室中に響き渡った実力行使の成敗話をも組み込んでいる。侮れない。
「へー、なら俺もお願いしてみよっかな。彼女欲しいですって」
「でもその先輩、もう占いはやってないんじゃなかったっけ?」
「マジかー、オレも行っときゃ良かった……」
「でもご利益ありそうだから拝むだけでも効果ありそう」
「それいいな。任せろ、いくらでも拝んでくる」
「じゃあ私は握手してもらお。運気あがるかもだし」
「私も〜。狙ってるのあるから引き強くしたいんだよね」
誰もそこまで真剣に深刻に言葉を交わしているわけではない。だからこそどこまでも軽やかに好き勝手に会話は繋がる。そうして跳ね回る会話の矛先の隙間を縫って、一人の生徒が思い立ったように口を開いた。
「でも殿様とその相手の仲がうまくいったのって本当にその先輩のおかげなのかな。有り得るとしたら七不思議の方じゃないか?」
そんなことを言ったのは鶴先輩に憧れを向けていた運動部員の男子生徒の一人だ。
特別大きな声で言ったわけでも事前に注意を引いたわけでもないのに、不思議と通りよくその場にいる全員に意味が浸透し、意識も向いてしまう。そんなタイミングだった。
会話に戻ってきた小学生コンビも揃って発言した生徒を眺めている。スケッチブックの彼女は高校に入って見慣れ始めたそのクラスメイトの姿になぜだか薄ら寒い感覚を覚えた。目の焦点が合っていない。その場にいる全員を見回すその仕草が血の気の通った人間というより操られた人形のよう。しかし他の生徒達は彼のそうした様子より発言の方が気になるらしかった。
確かに彼が言ったことは会話の流れを止めることにも否定することにもなる。反発とはいかないまでも水を差されたと感じる者もいるだろう。それに彼は普段そうした発言を好んでする生徒でもない。おいおいどうしたんだよと場を取り繕おうとする生徒の言葉を押しのけて、鶴先輩の噂話に加わっていた生徒の一人が表向きは嬉々としてなぜここで七不思議なのかと聞く。挑むようだと感じたのは気のせいではないだろう。
それに気まずそうに目を伏せた彼は辿々しく言葉を紡ぐ。
「いや……だってさ、その先輩がしてたのって縁結びのおまじないじゃなくて失せ物探しなんだろ。殿様のお相手が最近噂の願い事が叶う白い毛玉を探してるって聞いたことあるし。それをその先輩でも殿様の相手でもいいけど、とにかく誰かが見付けた。で、願いが叶って二人は元通り……とか」
「それは……私は嫌だな。だってそれだと日向くんが自分の思い通りに殿様を操ったみたいで」
表明された不快感はそれでもはっきりそれは違うと言い切れていない。日向が鶴先輩と一緒にいたのは確かだがどんな話をしていたのかまでは外野には分からないのだ。
「いや、俺もそこまで言うつもりはないよ。聞く耳を持ってくれるように頼むとか、そのための勇気を出すためのきっかけ作りとか……そういうやつ」
そこまで聞いても一同は彼の主張に尚も困惑の海から抜け出せないでいる。一人の先輩がぎこちなかった二人の仲を取り持ったという対人間の話から、存在も何もかも不透明なモノのおかげだと妙な方向へ振られたのだ。何をもってそんなことを言い出したのか。
そこへ一人押し黙り、うんうん考え込んでいた女生徒が名推理とばかりに顔をあげついでに大声も張り上げた。
「分かった!つまり、日向って人はその三年生の先輩に迷惑かけるのが嫌だったんだね!」
またもや自信満々に言い切る。だがこの場ではそれが救いになった。個人の目的のために利用したと見るよりは、誰かのためと考える方が納得もしやすい。
この場ではその意見が正しいかどうかは関係がなかった。存在するかどうかも分からない不可思議なモノの捜索を頼まれるより、意中の人への橋渡しをお願いされる方がまだしも現実的で見通しも立つだろう。
だが変な空気に浸っているのもいい加減限界だったのだ。ほっと緩んだ気配が一同に広がり、なんだそういうことなら早く言えと彼は小突かれ、だからといって鶴先輩の二人への労力が無になるわけではない、日向もそんな人物ではないだろうとフォローも入り一同を覆っていた不可解な空気は薄れる。一部の者には尾白と日向の仲直りの見解について少々蟠りも残ったようだが、著しく二人を傷付けるものではないこと、元々尾白への不穏な噂もあったことから有名税として割り切り、それはそれでおいしいかもしれないと切り替えることにしたようだ。
代わりに男子生徒への鶴先輩への憧れをつつくことで不満を解消し、間をとって鶴先輩が白い毛玉を見付けたということで話がまとめられた。それからはまた軽い応酬に戻り殿様のお相手に実際に白い毛玉のことを聞かれた生徒を知っているという者が現れたりもして、やがて話は自分達ならどんな願い事を叶えるかの話に移っていく。
そのうちに時間が来て、あれ以上説明を求められなくてほっとすると同時に妙な方向へずれていった話題にあれでよかったのだろうかと首を捻りつつ席に着こうとする彼女の視界の端で、尾白と日向の復縁は七不思議のおかげだと主張していた男子生徒が不思議そうに辺りを見回しているのを見た。もうあの薄ら寒い感覚を覚えることはない。
気になったもののその後の休憩時間毎に同好の士と話し込み、どうやら彼女達の希望的観測が事実になりそうな気配に浮かれているうちに彼女はそうした違和感を忘れてしまった。



戻る     

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -