Open sesame!48



更なる情報共有と話し合いは他に協力してくれる人員を集めてやった方がいい、とにかく後のことは後日にしようということで場は締められた。
店を出ると少し長くいすぎたようで、太陽は既に店仕舞いをする頃合いだった。ここからだと全員途中まで一緒の道を辿ることになる。鶴先輩と徳さんは尾白と日向の前を二人で並んで歩いていく。日向は横でのんびりと足を運ぶ尾白をちらちら盗み見ていた。隣の人がいるかどうかで日向の見え方は大きく違う。住宅街と店に囲まれた道を歩くだけなのに何か特別なことをしているように思える。車道を走っていく車でさえタイミングを見計らった演出のようだった。
正直にそれを尾白に伝えようとした日向だったが、その前に尾白が進行方向を向いたまま話しかけてくる。
「日向もあの先輩の能力受けてたんだよな。どうだった?」
日向と鶴先輩が見ていた記憶の内容というより、短い間に集中的に彼女の能力を受けていた日向の調子を心配してくれている様子だった。日向の心に温かいものが広がり、大丈夫ですよと両手を持ち上げて拳を握る。まずは体調が良好なこと、そして鶴先輩と過ごした間に思ったことをとりとめなく語る。それは日向から尾白へ、何度だっていくらだって伝えたいものだった。
「僕は見ての通りです。先輩が僕を遠ざけた理由を知りたくて、鶴先輩には先輩とのことばかりお願いしました。もっと早くに覚悟を決められたら良かったんですけど……でもおかげで尾白先輩の傍にいられることが僕にとって譲れないことだと分かったので、鶴先輩にも協力してくれたみんなにも感謝です」
張り切って答える。尾白からの返答はそっけなかったが満更でもなさそうだったので、日向の気持ちが少しは伝わったとみていいだろうか。
二人の会話が途切れたのを待ち、徳さんが歩きながらこちらを向く。鶴先輩も徳さんに倣ってこちらを向いた。
「尾白はさくらちゃんにそういうの頼まなかったのか?」
「白い毛玉のことついてなら聞いたことあるみたいですよ」
首を傾けながら答えたのは聞かれた本人ではなく日向である。徳さんは鶴先輩にそうなのかと確認する。まだ全ての事情を把握しているわけではない徳さんには不親切な答え方だっただろうかと慌てる日向だったが、束の間交わされた鶴先輩と徳さんのアイコンタクトを前に口を噤む。自分も尾白とああして通じあえる仲になれたらいいなとぼんやり思っていると、次に鶴先輩と尾白が意味深に視線を交わしていることに気付いた。日向は徳さんと一緒になってこれはどういう空気だと二人の出方を窺う。
尾白と鶴先輩の間で某かの確認が交わされたあと、鶴先輩の唇に小悪魔の笑みが浮かぶ。楽しそうだと言い換えてもいい。何かを企むような、しかし明るい微笑みだった。
「日向くんに教えて差しあげても構いませんこと?」
尾白は日向を横目で見て、構わないと告げる。自然と立ち止まっていた四人のうち鶴先輩がいそいそと日向の傍に寄り、代わりに尾白が徳さんの隣につく。これは日向くんにだけ教えて差しあげたいことですからと申し訳なさそうに言われた徳さんは仕方ないと肩を竦め、二人の会話を聞いてしまわないように距離を取る。尾白もいつもの気が抜けた様子でぼんやりしていた。
そうして身を寄せた鶴先輩が日向に、よろしいですかと確認を取る。尾白に関することだ。聞けるものなら聞きたい。それに鶴先輩の態度がなんだかわくわくしているので悪いものではないだろう。そう判断した日向は促す先輩に従って耳を差し出す。口許を両手で囲った鶴先輩が耳をくすぐる呼気と共に小声で告げた。
「私、尾白くんに白い毛玉以外の探しものについても頼まれましたの」
そこで鶴先輩は顔を離して少しくすぐったそうに笑い、また囁く。
「どう頼まれたのかは伏せますけれど、それで私が見えたものは――ベンチでしたわ」
鶴先輩は体を離して両手を後ろ手に組み、上品に日向に言う。
「誰と誰が座っていたかなんて、言うまでもありませんわね」
やはり楽しげな微笑みでそう告げた彼女に、日向の脳裏で駆け巡ったものがある。尾白とベンチ。日向が鶴先輩の力で、それ以外の場面でも幾度となく思い出してきた光景。その意味を日向は一つしか知らない。――始まりの、出会いの場所だ。日向の眼鏡越しの瞳は鶴先輩から尾白の方へよろよろと吸い寄せられ、固定される。
感情が痺れて麻痺している日向と比べ、尾白はいつも通り覇気のない佇まいでいる。それでも人目を引くのに十分な素養を持ったその人の日向を見やる視線にはどこか気まずそうというか、日向の反応を窺っている素振りがある。そんな尾白の態度に内心ざわざわと爆発しそうな胸の内を抱えながら、日向の足は前へ進む。代わりに徳さんが下がって鶴先輩の側へ寄ったが日向にそれを認識する余裕はない。後輩は先輩の前に立つと、しみじみと愛しい人を見つめた。荒れ狂う激情が苦しく、だが嫌ではない。むしろ幸福なのだった。日向がもう少し感情を受け止められるほどに冷静であったなら目眩でも感じていたかもしれない。
尾白も日向の視線を絡めてしっかり見つめ返してくれる。言葉にできない感情が行き来し、自分でも把握しかねる日向の心の内を尾白が手懐け、均してくれる。そんな心地がしていた。
そして日向は滲んだ視界を瞬き、戦く唇から微かに震えた声を紡ぎ出す。他にも言いようがあったかもしれないが、今思うことをただ愚直に伝えた。
「先輩、僕……僕、こうして先輩の傍にいることができて嬉しい。――嬉しいんです」
最後は随分と湿り気を帯びた情けない独白になってしまったが、尾白はそれを泰然とした態度で受け流す。ゆるりとした、太い微笑みで。
「――そうか」
「はいっ」
日向は元気よく答え、笑った。精神的にも体感的にも二、三度温度が上がったと思う。
それから尾白が促して四人は再び帰路を辿り始める。日向は思わぬ活力を注がれたこともあり、浮かれて尾白に色々話しかけた。尾白も律儀に付き合ってくれるので止まらない。
さっきと並びは同じだが前後が入れ替わった帰り道を彼らは歩いていく。
「明日のモーニングコール、この分だと僕が先にかけてしまうかもしれません」
雲の上を歩くような心地でほんのり頬を上気させながら日向が予告の勝利宣言をすると、尾白が悪戯っぽく目を細めて言う。
「それはどうかな」
「あっ、本気にしてませんね?本当に僕、いけそうな気がするんです。見ててください。明日は僕が先輩を起こして差しあげますから」
懸命に日向が言い募ると、くく、と喉の奥で尾白が楽しそうに笑う気配があって、その残滓の漂う流し目が艶めいて日向に向けられる。心臓に悪い、だが恋心が高鳴る眼差しに思わず日向は胸を押さえた。
「……まあ、楽しみにしてる」
「はい、負けません」
後輩の気合い十分の堅苦しい返事を涼しげに流し、尾白が進行方向を向いて続ける。
「でもその前におやすみなさいしないといけないだろ」
そんな尾白の子供っぽい言い方が微笑ましくて日向はこっそり和みながら、ではおやすみなさいのメッセージを送ってもいいかと聞く。別に、と返された尾白の返事がどちらの意味か分からなくて日向は戸惑う。
「別に電話でいいだろ。……嫌か?」
「いいえ!」
即答すると、うん、と頷かれる。日向がモーニングコールを予告したのでそちらは尾白からかけようと嬉しい提案がなされた。日向は諸手をあげて受け入れ、先程から急上昇中の堪らない嬉しさに何もかもが満たされていくのを感じる。むしろ膨らみすぎて破裂しそうだった。
とにかく寝る間際にも尾白の声を聞くことが許されたのだ。そんなの嬉しいに決まっている。日向は溢れ出る気持ちのまま笑み崩れ、いい夢がみられそうです、とこれまたとろけた声で尾白に報告した。
すると横から間近に迫った気配があり、日向の手の甲に何かが触れる。その正体は尾白の手で、その彼が肩も触れそうな距離で気紛れな悪戯をしかけてきたのだ。歩きながらなので触れては離れる不規則な接触だが、尾白の指先は身軽にそして気軽に後輩の指の間に差し込まれては撫でてひっかいていく。その温度と感触が日向をより一層かき乱し、後輩は一層肌を赤くしながら唇を引き結んで思いきって先輩の手の甲を指の背でつつき返してみる。尾白もそれならばとやり返すように指先を絡め、日向が逃げて、しかし誘惑に逆らえずにおずおずと求め、尾白が心得たようにそれを絡めとって結び付ける。
指先では子供のようなじゃれあいを繰り広げながら、彼らの間に交わされる視線はどこか熱っぽく探りあっている。お互いに思っていることを指先で確認するような戯れだった。
その一方で目の前で一向に収まる気配のない桃色の空気を徳さんは苦笑混じりに、鶴先輩は微笑ましそうに見守りながら足を運んでいた。
「なんというか……ほんと仲いいよな」
ともすればハートマークが飛んできそうな睦みあいに徳さんは最早達観すらしている。何と言っても糖度が高い。
「ああした嬉しそうな顔を見ることができますから、私はこの力を持てたことを後悔していないのですわ」
誰かの幸せの一助になれたことを誇らしく思うのだと、徳さんの幼馴染みは明るく朗らかに言ってのける。徳さんとしては目の前の二人はそんな爽やかな感慨とはかけ離れたところにいる気がするのだが、そうした疑問を今は横に置いて隣にいる彼女の発言に寄り添うことを選んだ。
「――で、俺達はいつまでこれを見ていればいいんだ?」

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