Open sesame!46



「でも私には見つけられませんでした。なんだかぼんやりとして、掴み所がなくて」
他の生徒達から白い毛玉を探し出してくれと頼まれた時も結果は同じ。そこで日向は一つの疑問に立ち返る。
「では白い毛玉は実在するということでしょうか?それを探させるために鶴先輩を?」
かもしれません、と鶴先輩の答えはやはり歯切れが悪い。なにせああいう人ですから、と彼女にしても神無月の思考は読みきれず予測不能のようだった。まして実物が見つかっていない不可思議な存在ともなると言えることは少ない。
それは日向も同じで、結局疑問は明かされず同じところをぐるぐる回る。
日向は尾白を見る。尾白はゆったりと首を横に振った。
「今は何とも言えない」
それでも二人の感覚では神無月がただの気紛れでそんなことをしたとは考えにくい。善かれ悪しかれあの神無月という人間は自分の欲望に忠実かつ正直で、常に本気なのだ。
尾白は次に鶴先輩を少し目を細めて眺める。鶴先輩も尾白の視線を真正面から受け止め、それから日向の方を向いた。
「私が知りたかったことはもう結論が出ました。それで改めて考えてみたのですけれど、こんな超能力めいた力が使えるのは本当に不思議ですわよね。それに学校の方もなんだか落ち着きませんし、そちらの方でもあの人が何かしているんじゃないかと思い、直接問い質しに行ったのです」
何という猪突猛進。日向は鶴先輩の行動を窘めるより先に感心してしまった。まあそれが一番手っ取り早いよな、と自身も早々に鶴先輩への特攻をきめた尾白が賛同し、そうでしょうと鶴先輩は胸を張って誇らしげだ。日向と徳さんの間で共通の思いが飛び交う。
そうしてそれが日向が聞いた質問への答えであり、今朝目撃した二人の密会の真相でもあった。
遠目で目撃しただけで会話も聞こえなかったため、あらぬ妄想が働いてしまったのだ。
改めて日向がとんだ勘違いをと鶴先輩に頭を下げると、もういいですから頭をあげてくださいましと鶴先輩は後輩を鷹揚に促す。彼女のなかでは本当に笑い話として処理されているらしかった。
無論二人の間に交わされた会話は色事めいたものではなく、神無月は始終あの調子で鶴先輩が求める説明を躱しきり――本人はただ単に自分が話したいことを話していただけだろうが――最後には楽しみにしていてくれととても爽やかに言い残していったそうだ。それはそれで何やら不穏な気配がする尾白と日向である。
そして鶴先輩が神無月の施した異能と神無月本人をなぜ今まで放置していたのかといえば、まず何と言っても自ら望んで得たものであること、加えて自棄になっていたことが大きい。神無月本人を問い詰めたところで情報が得られる可能性は低かったし、現に今回収穫らしい収穫はなかった。何より当初はそこまで頭が回っておらず、さしもの鶴先輩も自身の恋愛事なると快刀乱麻とはいかなかったのである。
それにしても鶴先輩の話を聞いていると、彼女も神無月のことをそうした何かよからぬことを仕出かしかねない人物だと認識しているようで、日向がそのことを指摘すると鶴先輩は頬杖をついて悪戯に微笑む。
「あら。それではあなた方も、あの人のことを“そう”捉えていると考えてよろしいのかしら」
尾白が躊躇いなく是と答えを返す。鶴先輩は我が意を得たりと満足そうに頷いた。
「ええ、そうでしょうとも。むしろあの人の場合そう思わない方が失礼というものですわ」
不自然ではなく失礼ときた。日向は思わず苦笑を刻む。そこには彼女本来の切れ味の良さと、ある意味で神無月への信頼が滲んでいる。続けて日向くんはと意見を求められ、後輩は躊躇いつつも正直に答える。無論、答えは尾白と同じ。徳さんも他の三人の意見に異を唱えなかった。
二人の回答を聞いて鶴先輩が人差し指を立てる。
「では私からも一つよろしくて?――尾白くん、あなたも私と同じような能力を身に付けていると考えているのだけれど、どうかしら」
日向は咄嗟に雲の色を背負った隣の人を振り向く。尾白がどんな答えを返すのか気になったのだ。しかしそんな思いとは裏腹に、日向の意識と思考は想い人へ釘付けになる。これまでも、そして今日も目にしてきたはずの想い人の姿形は時折こうして前触れなく日向を囚えてくる。反対にそのやわらかな心根に触れると色々緩んでしまうのだが、今はぼんやりと視界の中心に座したその人に見惚れた。
足を組んで座っているというただそれだけの所作に言い知れぬ存在感があるのはどうしたことか。手足や均整の取れた体つきがごく自然に力を抜きながらも鶴先輩から投げ掛けられた質問により奥底に張り詰めた緊張を含ませている。普段の気の抜けた尾白も微睡む動物のようで好きだが、こんな鋭さを秘めた尾白もまたよかった。心の底からかっこいい人だと思う。
主に尾白のみが占有する日向の脳内では喫茶店がカメラを伴った撮影場へと変化していた。髪とは違う質感で窓から入ってくる陽光で肌が輝いて見える。尾白は黙って鶴先輩と視線を戦わせたあと、ちらりと日向を見た。日向の呆けた様子に気付いた尾白がなんだか呆れた顔をしたが、思考が痺れている日向にはそれを追求できるだけの余裕はない。
尾白は鶴先輩に視線を戻すとそうだと静かに告げた。あっさり認めた尾白に徳さんは目を見張り、鶴先輩も意外そうな色をみせながらも尾白からの返答を受け入れる。
それでもなお魂が抜かれたようになっている日向へ、尾白がしっかりしろと軽く片手で頭を叩いてきた。我に返った日向はそのまま尾白に髪をわしわしとかき混ぜられ、その間に自分を立て直していく。ただ入ってくるだけで意味をなしていなかった情報を整理し、そうして鶴先輩と徳さんに向き直る。二人の視線と表情がなんだか生暖かく、尾白が手ずから乱した髪を整えてくれるのをむず痒く思ったが今は話を進めるべきだろう。
なぜ分かったのかと日向が問うと、鶴先輩はただの勘だとけろりと言う。
「それでもあえて言うならば、私を見る尾白くんの目が何かを見定めるようだった、と言えば格好つけすぎかしら。でも正解だったようで何よりですわ」
にこりとお手本のような笑顔をみせた鶴先輩は、しかし尾白がこんなにも素直に答えてくれるとは意外だったと彼女の方こそ素直な驚きをみせる。その疑問を受けて尾白がまたちらりと日向を見た。鶴先輩が日向に視線を移したのを見て、ようやく尾白が自分の方を向いていると気が付いた日向はまた隣の人と顔を見合わせる。朝焼けの瞳と見つめあったまま何だろうと思っていると、尾白がふっと優しく表情を和ませた。日向の恋心が条件反射で高鳴り、頬が熱くなる。なんだかよく分からないが尾白が嬉しいなら日向も嬉しい。にこにこと笑い返しながら、存在する筈のない尻尾が振りたくられる心地だった。
そんな二人に鶴先輩がなるほどと一人納得している。
「――俺は人の感情や執着が糸っていう形で見える」
後輩とのほんわか空間を打ち切って尾白が端的な説明を加える。感知能力的なものなのかと鶴先輩が質問するも、本人はさあとそっけない。自分のことなのにどうでもいいと思っているのがバレバレである。
「悪いけど、俺もそこまで自分の能力を把握できてるわけじゃない。現にあんたや神無月が実際に使ってるところを見るまで、そういう力を持ってるとは気づかなかった」
あいつもか、と徳さんが口を出し、鶴先輩は意外でも何でもないといった顔色である。
「そう。あいつ、神無月も使えるぞ。目を合わせた相手に糸をつけて、自分の思う通りに動かせる。人形みたいに。対策としてはとにかく目を合わせなければいいみたいだな」
尾白が続けて伝えると、鶴先輩は頬に手を当てて困ったように微笑んだ。
「さっきも言いましたけれど、あの人だと意外性も何もあったものじゃありませんわね」
その異能の力でさえあの人らしいと納得できてしまうと、神無月という人の性根にしみじみと感心している。
「……あの人の目的は何なんでしょう?」
日向が呟くと、鶴先輩が応じる。
「白い毛玉を探しているのは間違いないですわ」
「確か白い毛玉の噂は今は“願い事が叶う”、でしたね」
「何にしても、あいつなりの大それたことをやらかそうとしてるんだろう」
その神無月のやろうとしていることが何も誰も傷付かないならいいのだ。日向も何も言わない。ただ玉生や勅使河原を巻き込んで日向に傷をつけようとし(そしてそれはある一面で成功した)、玉生自身にも傷をつけさせた人のやることだ。何が目的だとしても平穏無事なやり方を望む人だとは思えない。不安が募る。
尾白も神無月本人に邪魔をすると宣言したことだし日向も阻止できるものなら阻止したかった。
それにしても白い毛玉を探したくて鶴先輩に目をつけたのだとして、どうして彼女がそうした力を得られると確信できたのか。またどうやってそんな力を与えることができたのか。そして気になるのは、他にいるかもしれない目覚めさせられた異能者の存在だ。
三人が三様に自らの思考に沈み沈黙が流れるなかで、ぽつりと呟きを落とした者がいる。
「本当にそんな力があるんだな……」
その声音にはまだ現実感が伴っておらず、多分に戸惑いを含んだ気配が伝わってきていた。三人の視線が集まると、悪い、と徳さんは小さく謝る。彼には初耳のことばかりだっただろう。ろくな説明もせず置いてけぼりにしてしまった。徳さんへ向けて改めて今の状況の説明を自分が買って出ようか迷っていると、その隣にいる鶴先輩が何か言いたげにしているのを見た。日向はとりあえず口を挟まず黙っていることにする。
鶴先輩が気遣わしげに隣の彼を見つめ、彼自身はテーブルに両肘をついて自分の片方の掌に視線を落としている。きっと彼も鶴先輩の能力を受けたことがあるのだろう。
「……あの、ごめんなさい。私、この力のことをあなたに伝えずに、その……」
その先をまだ言いかけた鶴先輩を、俺はさ、と徳さんが強めの声を出して遮る。
「さくらちゃんが他の人の相談に乗ってるのは、人生相談みたいなものだと思ってた」
まさか本当にそれらしい能力を使っているとは思わなかったと苦笑に近い微笑みを過らせる。弱々しさを感じるその表情に鶴先輩は何やら不安になったらしく、恐る恐る窺うように確かめる。
「……嫌になりました?」
「全然」
即答して、徳さんは鶴先輩に自分の思いが伝わっていることを読み取ると飲み物の残りを一息に片付けにかかる。それから空になったグラスをテーブルに置いた。なんだか全体的にさっぱりとした印象がある。
「さくらちゃんならそれもありかなって思った」
「……私は喜ぶべき?それとも馬鹿にされてますの?」
神無月相手に散々言っていたことをやり返されて、鶴先輩はむくれながらも満更ではない様子である。悪感情で言ったのではなく、むしろ好意からの言葉だと分かるからだろう。日向も心の内で深く同意しておいた。実際に頷いてもいたらしく、それを目に止めた徳さんに声をかけられる。

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