Open sesame!34



日向の私見に過ぎないが、どうもこの三人は何をしでかすか分からないところがある。そこが怖いと思った。神無月ほど強烈ではないもののそれでも十分に厄介な印象で、そんな三人に人気のない場所に連れてこられて囲まれるのはどうにも嫌な想像を掻き立てられた。
そして三人の男は日向の口止め方法について話し合い始めた。当然日向に発言権はない。
日向は三人の人物達だけでなくその周囲にも目を配る。木々の向こうに体育館や微かに駐輪場の屋根が見えるが人が通る気配も――そもそも人がいる様子がなかった。鞄も携帯も向こうの手の内で、何より腕を掴んでいる背後の男を振り払えそうにないのが痛い。
自力で切り抜けるのは難しく、いざとなったら大声で他の生徒や教師に助けを求めるしかなさそうだ。叫んだところで気付いてもらえるどうか、分からないのは不安だったが。
一つの結論に辿り着いた日向の思考を見透かすようなタイミングで、金髪の男が横目に日向を見ながら言う。
「そういえばよぉ、今日は体育館も使ってないし朝練も休みの部活が多いんだってよ。センセーも会議で職員室に詰めてて、こんなところに来るのはよっぽどの物好きか変わり者だ」
日向は金髪の男の視線を強く見返す。
彼は昨晩そのことを玉生から聞いて知っていた。その時はこれで尾白先輩とゆっくりできるなと、玉生にからかわれながらも日向も僅かに期待する気持ちがあったが、まさかこんなことになろうとは。
そうなのか知らなかったと表情にも声にも初耳だという感情を張り付けた針金の男は、もしや自分の犯罪が露見しての事態なのかと急激な不安と動揺に見舞われたらしくそわそわし始める。それとは別件でなんか幽霊騒ぎがあったらしいと金髪の男が曖昧な情報で針金の男を宥めると、日向の後ろにいる男も小声ながら通りのいい声で重ねてくる。
「……ていうかそんなことでもなきゃキビの召集に応じたりしないし。そんな状況でもしっかり聞かれてるんだから、さすがキビの面目躍如ってところだよね」
それから仲が良いのか悪いのかよく分からない小競り合いが続いた。日向はそれに耳を傾けながら、尚も考える。
今日に限って今の時間に登校している生徒達が極端に少ないにしても、それでも既に登校している生徒や教師もいる筈だ。こんなことに巻き込んでしまうのは申し訳ないが、先程ぶつかった女生徒は確実に学校に来ている。これから学校に来るだろう尾白もいる。万一の場合に大声をあげることは全くの無意味ではない。それしかできないのが何とも歯痒いが。
そうやって意識を少しでも他に割いていたのが悪かったのか、日向は首筋にふいに接近してきたものを拒むことができなかった。分かっていても避けるのは難しかっただろうが、人の――男の指が、猫の喉をくすぐるように日向の顎から制服越しの喉にかけてを丁寧に擦ってきた。その感触を認識した途端、日向の体が反射的にぎくりと強張り、血の気が下がる。一気に息苦しくなった。触られた感触だけでなく、こんなにも身近に複数の見知らぬ人間の気配と息遣いを感じることが恐ろしくなり始める。
手だけでなく体や顔さえ近付けて日向の喉元に息を吹き掛けて笑うのは金髪の男だ。ニタリと口の端を歪ませ、上機嫌な言葉を吐く。
「あー、やっぱそうなんだ。弟から聞いてたけど、後輩くんって男が苦手なんだって?近付いたら固まっちゃうってマジなのな」
――隠してるつもりでも毎回そんなんなってちゃバレるって。
ごく近くで愉悦に塗れた声が囁く。どろりとした悪意が吹き込まれ、体の中にまで浸透してくる錯覚がした。単なる好奇心なのか、日向を嬲ろうとしてか。どちらにしてもわざとこんなことをしているのはあきらかであり、日向はいつも通り息を吸おうと、ただそれだけを心掛ける。
「いや、それだとおかしくないか?だったら何でこいつは尾白の側にいられたんだ」
日向の様子を見て金髪の男の言葉が嘘ではないと分かった針金の男は、だからこその疑問を発する。これだからキビはと言いたげな顔で金髪の男は日向から距離を置き、感触も息遣いも日向の側から遠退いた。しかし日向の苦痛は少しも和らがない。
金髪の男は針金の男への刺を含ませながら、およそ的外れではない理由を自信たっぷりに開陳してみせる。
「人の心が分かんねーやつだな。好きなやつだけは特別ってやつだろ。なー、後輩くん」
「ああ……そう、なのか……?」
針金の男は自分への罵倒より今は不可解な疑問の方に意識がいっているようだ。納得しかねる理由を持て余し、ただ首を捻り続ける。
そしてどうにか平静を保とうとしている日向に、後ろの男が淡々と言葉を降らせる。
「……心配しなくても、大声出そうとしたら締める」
どこを、と確認するまでもなかった。
背後の男は日向の両腕を一つにまとめると更に密着した体勢になり、自由になった片手の指全体を日向の顎から喉にかけてそうっと緩やかに滑らせた。動けないながらも今度こそ頭を振り体を捻って抵抗しようとする日向だったが敵わず、そのごく軽く触れた感触が全身にどうしようもない悪寒を覚えさせる。日向は顔を伏せどうにか呼吸と神経を冷静に保とうと試みるも、息苦しさと喉の奥から込み上げる吐き気が精神を苛んだ。
心を許した者以外からの接触、特に同性との接触は日向に神無月の悪意のない悪意に触れた時の底知れぬ不安定な心地、そして神無月に不本意にも操られた友人から首を締められた際の肉体的な苦痛を強制的に思い起こさせる。それが喉に直接となると日向の心身は怯えて縮こまり、ろくに用を成さなかった。彼らがそれを見抜いてきたのはそうした場数があるからか、本能的なものなのか。次に交わされた三人の会話からどうやら後者であることを日向は朧気ながら知ることになる。
「そこは口じゃないのか」
罪悪感も何もない針金男の呑気な質問に、日向の後ろにいる男はうっそりとした笑みをその整った顔に浮かべる。
「……そっちの方が効くでしょ」
「うわ、お前マジ引くわ」
自分のことを棚上げにして金髪の男は盛大に日向の後ろにいる男にどん引く。その瞬間だけを切り取れば美しいと言えなくもない恍惚としたその微笑みは、それだけにどこか壊れて空虚な印象を見る者に与えた。腐れ縁の男を遠慮なく評した金髪の男の意見に、針金の男も自分を棚上げにして全力で同意する。
日向の事情を知らない筈の男達は実に的確に日向の触られたくないポイントをついてきた。しかし日向は消耗はしていてもまだ心は折れていない。折られたくもないと思う。そんな日向の様子を後ろにいる男は何かを確かめるようにじっと観察の目を向けている。
そして改めて日向をどうするかの三人の話し合いが再開された。
「で、どうするかね。セオリー通りにやっちゃう?」
「暴力は駄目だぞ」
日向に非友好的な態度を取りながらも針金の男は金髪の男にそんなことを言う。だがその後に続いた理由を聞くに、どうやら日向の安全より自分の保身を考えてのことらしかった。
「相変わらず自分大好きだな、キビ。神無月には負けるけど。まあ、心配しなくてもそこまではやんねーよ。黙ってくれるようにお願いしてみるだけで――あ、今更だけど後輩くんさ、オレらがここで話してたこと黙っててくれる気ある?」
またも軽いテンションとノリで放たれた言葉は金髪の男の綱渡りのような危うい軽薄さを存分に表していた。日向の返事も変わらない。
「……仮に僕が黙っていると言っても、貴方達は許してくれないし信じてもくれないのでしょう?」
ゆっくりと時間をかけて苦しそうに投げかけられたその言葉に、金髪の男は好物の餌を目の前にぶら下げられたようにテンションが跳ね上がる。
「いいねえ、いいねえ。よく分かってるね。そういうの好きだよオレ。まあオレとしては金がもらえればオッケーなわけだけど、他の連中が許さねーだろうなあ」
自らの要求をさらりと提示し、既に日向の財布から有り金を抜き取ったことは忘れたかのような口ぶりである。これはカツアゲでもなければ盗みでもない、この世の最高神であらせられるお金ちゃんを崇める究極にして尊い行為なのだと日向の金を懐に入れながらよく分からない理屈を捏ねていた。
そしてそんな自分勝手な言い分が許される筈もなく、いいわけがあるかと針金の男に速攻で文句をつけられている。
そんななか金髪の男が、そういえば後輩くんって殿様とのツーショットが出回ってたよなと一つの事実を思い出した。撮影会までやったらしい、とも。恐らくそれも日向のクラスにいる弟とやらに聞いたのだろう。
それが三人の間で決定打となったらしく、考えを纏める僅かな沈黙のあと針金の男と金髪の男が交互に意見を出し合った。
「そうだ、そうだよ。恥ずかしい写真撮っちゃえばいいんじゃん。それで脅してさ。やっべ、チョー王道。オレらに合ってるぅ」
「なんでさっきからそんなにテンション高いんだ?なんか怖いぞ。……恥ずかしいっていうと、脱がすとか?」
断固拒否したい日向を置いて、一人の後輩を囲みながら順調に話し合いは進んでいく。だがここで沈黙を続けている残りの一人に金髪の男の疑問が飛んだ。
「どうしたんだよシバ。さっきからずっと黙っちゃって。まさか傷付いたわけじゃないだろ?」
そんなわけないよなと言外に込められた確認に、二人分の率直な感想をその通り全く気にもとめなかった日向の後ろにいる男は、うん、と虚ろに響きながらもあどけなく聞こえる声音で返事をする。それだけなのに、日向の背筋には最大級の嫌な予感がすり抜けた。尾白に接近禁止令を言い渡された時とは違う、もっと直接的で身に迫る危機感だ。拘束されてからずっと、後ろの男の関心が嫌でも自分に向けられているのは感じ取っていたが、さっき金髪の男と針金の男が交互に意見を出しあっている前後には幾分それも薄らいでいたように思う。それなのに金髪の男か注意をこちらに引き付けた途端、またも全身を舐めるような関心が日向の全身にまとわりついた。
違う意味でまた強張りが増した日向の体を、背後の男は相変わらず緩めることなく拘束してくる。

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