Open sesame!33



それと校内の雰囲気や空気にいまいち馴染めないでいるのも荒れている要因の一つだろう。
金髪の男もシバも学校にいる間は神経を逆撫でるような朧気な不快感を覚えており、その座りが悪くて落ち着かない感覚は日に日に増している。自分達以外の多くの者は気にしていないかそんな空気に染まって浮かれているかのどちらかで、噛み合わない感覚の落差にキビの精神は細かく波立ちささくれているのだと思われる。
少しの間息を荒げていたキビは、先程の急激な興奮を誤魔化すように流暢に言葉を紡ぎ始めた。
「俺があのお嬢様と後輩に追い返されてむしゃくしゃしてたら、あいつが、神無月が化学の教師と一緒にいたんだ。教室とは別に教師が使ってる部屋があるだろ?そこから出てきた。その教師の顔色ときたら尋常じゃなかったから、俺は直感的にあいつが何かしでかしたんだと思って、だから俺は身を隠して様子を窺った。あいつはきっと何かしたに違いない、やつの尻尾をつかんでやろうと思った。そしたらあいつは、神無月は俺には気付かず通り過ぎていきやがった」
自分の行為を正当化すべく語られるキビの独白を金髪の男は聞くともなしに聞く。その教師が誰かを金髪の男はキビから聞いていたが、正直なところその教師は普通にしていてもどこか挙動不審なところがあり、キビの受け取り方が正しいかどうかは分からない。神無月がキビに気付かなかったのも本気でキビという存在が眼中になかったからだろう。彼の人が王様と渾名されるのは伊達ではない。
「あの教師も神無月が去ったら慌ててどこかに行ってしまったし……だから俺はその証拠が部屋のなかに残ってるんじゃないかって、そしたら鍵がかかっていなかったから」
「机の上に置いてあった財布から金をくすねてきたんだろ」
話の結末を先に言うと何を言われたかすぐに理解できなかったらしいキビが、数秒の空白の後に辿々しくそうだと頷く。
「神無月がいた部屋で金がなくなったらあいつが怪しまれると思った。……だから、だから俺は」
つまり気に食わないやつに濡れ衣を着せるめにキビは人の金に手をつけたのである。ご苦労なことだ。そしてキビは下の階に駆け降り、他の二人に金を押し付けてきた。
なぜキビがそこまで神無月に憎しみを抱いているのかといえば、端的に言えば逆恨みである。
今日ここに集まった三人は神無月を含めて同じ中学の出身であり、キビも他の二人も中学の頃には既にこうした人格と性根、そして倫理観の持ち主だった。そのなかでもキビは同じ中学でも突出した才能をみせていた神無月に取り入ろうと必死で、しかし神無月の視界には入らずにキビは本懐を遂げられなかった。
神無月は自分に必要か不必要かを見抜く目に長けており一度決めた決定を覆えさない。そして高校へと進み図らずも神無月と同じ学校に進学したキビは、王子と呼ばれるようになった神無月に再び接触し懲りずに取り入ろうとしていた。先程話に出たようにこの学内で殿様の傍にいる後輩くんのように中学時代の神無月にも影のように付き従っている後輩くんがおり、その後輩くんが神無月と違う学校に進んだらしいと分かってからはより一層キビは発奮した。そして結果は聞くまでもなく、そもそもろくに存在を認識されていない事実を幾度にも渡り証明しただけだった。
その後も殿様や鶴のお嬢様など、キビの寄生先の候補は増えていったが惨敗の記録も増えた。キビは次第に荒れていき、面倒くさい男が更に面倒くさくなっていったのである。
それにしてもキビが盗みを働くとは思わなかったと、今更ながら金髪の男は考える。キビは自分の手は汚したがらない。何かをするときにはできるだけ他の人間を使うタイプだ。それだけ追い詰められていたのだろうが、他所様にもそして自分にも迷惑な話である。
ちゃっかり金の恩恵に預かった自分を棚にあげて金髪の男はそんな感想を抱く。
そのキビは顔を歪めてぶつぶつと不気味に呟くことを止めない。そこそこ整った外見なのに残念なことに内面の卑しさがもれなく出ているため、彼に好んで近寄っていく者はそういなかった。たまに自分達のような似た者同士が通りがかりに声をかけるくらいだ。
――結局、騒がれていないんじゃ意味ないけどな。
目の前の男が犯した犯罪への結果を金髪の男は心中の一言で終わらせた。
盗みの件についてはその後何の音沙汰もなく、握りつぶされたのか、内密に処理されたのかも分からない。少なくともキビのところには何も変わったことはなかったと聞いている。
「……よくここでそんな話できるね。誰が聞いてるかも分からないのに」
ふいに二人の横から聞き知った声がかけられた。金髪の男は声が発せられるより早くシバがこちらに向けて歩いてくるのが見えていたので、すぐに応じる。
「ああ、むしろ聞かせてたんだよ。キビの悪行がばれるだけだったら脅されて使い込みましたって言えばダメージは少ないだろうから」
話の途中から席を外していたシバに首を向けようとしていたキビは、そんな金髪の男の身勝手な発言に不服そうに眉を吊り上げる。
「使い切っておきながら何だその言い草は。使ったなら同罪だろうが!」
「俺は愛しい愛しいお金ちゃんを虜囚の身から解放してやっただけだぜ?」
「くっ、この、口の減らないやつめ……!」
そのままくだらない言い合いに発展しそうになったのを、それよりほら、と金髪の男は顎をしゃくってキビの注意をシバの方に向ける。渋々そちら――格技場側を見た男は驚きのあまり声をなくした。金髪の男もベンチを立って“それ”に歩み寄る。二人の視線の先には歩みを止めたシバと、そのシバに腕を取られた殿様とセット扱いの眼鏡の後輩くんがいた。この状況でさすがに後輩くんの顔は強張り、警戒と緊張がありありと滲んでいる。
シバはキビが声を荒げて今回の集まりについての目的を改めてぶちあげたあたりで誰かが自分達の会話を盗み聞きしていることに気付き、日向のいる場所とは逆方向の駐輪場の側からぐるっと回って招かれざる聴衆の背後に回り込み捕まえてきたのだ。
何気に忍者っぽいとこあるよなこいつ、と金に目がない男は澄ました顔をしたシバにそんなことを思う。
「なっ、なっ、どういうことだ!?」
シバが途中で席を立ったことをいつものこととして流していたキビは状況への理解が追い付いていないようだ。そんなキビに金髪の男も忍者も容赦なく言葉の弾丸を浴びせていく。
「だーかーらー、こいつに聞かれてたんだよ今までのこと。分っかんねーかなあ」
「……分かんないよ。こんなところであんなこと言い出すキビだしね」
「お前らぁ……!」
「……まあ俺もキビがどうなろうと知ったこっちゃないんだけど、巻き込まれるのは嫌だから」
しれっとそう言ってのけるシバは、何を、とまたもや憤慨しそうになったキビに取り合わず、後輩くん抑えてるから鞄と携帯を取り上げてと言う。背中に二本の腕を捻りあげられている後輩くんは確かに抵抗できないようで、荷物を金髪の男が、携帯をキビが受けとった。
三人に囲まれた後輩くんの眼鏡越しの夕焼け色の瞳は、この状況に怯んではいても諦めてはいない。理性的な色で三人の様子を窺っている。ふいに金髪の男の口の端がとてもとても楽しそうに跳ね上がった。一等金が好きな性分ではあるものの、高潔そうな人間の精神が挫かれていくのを見るのもそれはそれで興味がそそられる。彼はそういう人間だった。ああスイッチ入っちゃった、とシバがぽつんと呟く。
先程キビに全責任を押し付けるようなことを言った金髪の男だが、会話を聞かれた以上そんな悠長なことを言っていられないのは分かっている。何より始めからそんな理屈が通るとも思っていない。ただキビを意地悪くつつくためにあんなことを言っただけであり、ここに集まった三人が三人とも保身には積極的だった。
三人の間に現状を理解、整理するための無言の目配せと時間が流れ、次に取るべき行動は金髪の男の口から実に軽いノリで下される。
「じゃあとりあえず、口封じしとく?」
その案は全会一致で可決された。


***


自分を取引材料に尾白へ某かの要求を突きつけるつもりだろうか。
人目を避けて木立の方へと連れていかれながら、日向が考える最大の懸案事項はそれだった。尾白でなくとも危機感が足りていないと注意したくなるような思考回路をここぞとばかりに発揮しながら日向は歩いていく。
どこか雰囲気が似通っている日向を連れて歩く三人は、会話の内容からするにそれなりの親交と共通する気質を持ち合わせているようだった。この学校の死角が生じやすい構造をこのときばかりは恨めしく思う日向を中心に、木立の影に四人の男が立ち並ぶ。
日向の前には金髪の男と鶴先輩に付きまとっていた男が立ち、背後ではいつの間にか背後に忍び寄りあっと言う間に自分を捕らえてしまった男が相変わらず両腕を拘束している。その後ろの男を特に警戒しながら日向は強張った体と精神をなんとか解そうと試みる。
仲間内ではキビと呼ばれ鶴先輩にちょっかいをかけていた男はどうやら尾白にも接触していたらしいこと、鶴先輩が自分に言い寄ってきた彼に恋愛感情はないと判断した直感は正しかったこと、また神無月の過去など気になる点は多々あったが、この場で一番重要なのは神無月に濡れ衣を着せようとして教師の金を盗みあまつさえ使い込んでしまったことだろう。日向はそれを聞いてしまったがためにこんなことになっている。
状況証拠になってしまうが、話に出てきた教師とは恐らくカモ先生のことだろう。尾白への告白ラッシュの契機となったあの日、日向が先輩や友人達と出会ったカモ先生の様子をおかしく思ったのは間違いではなかったようだ。
日向は先生の金が盗まれていたことは初耳だった。そうした噂すら流れていなかったように思う。大事にしたくなくて黙っていたのか、本当に盗んだのが神無月だと思って庇ったのか。
静かに事の顛末について考える日向に、金髪の男が緩く緊張感なく尋ねる。
「後輩くんさー、さっきのオレらの話聞いてた?」
「……聞いていないと言ったら、見逃してもらえるんでしょうか」
「無理だね」
日向の伺いを金髪の男が嫌らしい笑みで切って捨てる。背後の男の表情は分からないが物静かな威圧感は伝わってきていた。目の前の金髪の男はこの状況が楽しいらしく随分と機嫌がいいように思う。もう一人のこの場で唯一事前に顔を知っていた男子生徒は憎々しげに日向を睨み付け、また邪魔をする気かと今にも敵意をぶつけてきそうである。

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