Open sesame!24



それからあれよあれよという間に話は進んでいった。日向が知らぬ間におおよそのことは決まっており、日向は粛々とその決定を受け入れれば良かった。それだけ女性陣の行動力と推進力がすごかったのだ。ただ食べるだけでなくその前の段階からやってみてはどうかという話になったとき、玉生は残念ながらこの集まりへの参加を辞退した。食べる専門を自負している身としては気が引けたのだろう。それにそのとき予定されていた会のメインはいかにもな甘いもので占められていたから、甘味をあまり得意としない友人はどちらかというとそちらを避けたかったのだと思われる。
途中で脱落者を出しながらも集まる人員は日向を中心としたいつもの顔触れで決まり、そうした予定を聞き付けたクラスメイトの面々――主に同年代の女子の手作り料理に夢見る男子生徒からは余り物でいいからと日向にお慈悲を乞うりにくる者達が続出した。
しかし一時混乱を来したその騒ぎも、とある男子生徒が女の子同士のいちゃいちゃ話をメインにしたお茶会の土産話を真剣に所望してきたことにより毒気が抜かれ、収束する形になった。人の欲望は他者のそれを蹴散らし、塗り替える時がある。
日向は玉生がこっそり、あいつ筋金入りだなと耳打ちしてきたのを覚えている。本人は場を納めるためにあえてそんなことを言い出した――わけではなく、本当に本気で自分の欲望に従っただけらしい。見ようによっては自制が足りないということでもある。
だが日向はその時それ以上に気になることがあった。彼らはなぜか予定されているお茶会に、まるで女子だけが参加するような口振りなのだ。いっそ不気味なほどに約一名紛れ込んでいる異物には言及しない。つまりは日向のことである。お茶会の目的もはっきりとは言わずとも分かりきったことであり、玉生も一緒ならともかく女子達の輪に日向が単独で一人放り込まれることになる。友人である彼女達は魅力的な人物でもあるから、異性への過剰な幻想を頑なに信じている彼らにしてみればいい気分にならない部分もあるだろう。多少の恨み言を言われても仕方ないと思っていたのに、微塵もそうした気配がない。恐る恐る日向がそのことに触れると、彼らは日向の発言がまるで想像の埒外でもあるかのように一斉にきょとんとした。
微妙な沈黙のあと、だって日向だしなあ、の一言で日向の不可解は片付けられた。どうやらその一言が彼らの結論であり総意でもあるらしかった。そうだよな日向だしなと誰ともなく頷き合い、納得する。日向はそんな彼らの言い分をどう捉えていいのか分からず、困惑した。
何だろうか、自分は性別を越えた何かだとでもいうのか。
そんな日向の肩に、クラスメイト達との会話を口を挟むことなく聞いていた玉生の手がそっと置かれる。励まされた気になった日向がそちらを向くと、不自然に顔をそらして小刻みに震えながら片手で口を押さえる友人がいた。どう見ても笑いを堪えている。呆れの混じった日向の眼差しと咎める声、それにクラスメイト達のどこまでも続く日向だからというよく分からない理屈の合唱にとうとう堪えきれなくなった玉生は背中を丸めて笑いの波に溺れた。
さてそうしている間にも邁進する友人達の底抜けの行動力によってお茶会の計画は恙無く進んでいく。各自のスケジュール調整も済もうという頃、その波に新たな追い風が吹くことになった。
「あら、それは素敵なお話ですわね」
日向経由で急遽鶴先輩の参加も決まり、それまで最大の懸案事項だったどこでお茶会を開くかという問題もそれで解決した。鶴先輩の家のキッチンの使用許可を当の鶴先輩から貰えたのだ。その報告は諸手をあげて受け入れられ、かくしてついにお茶会は開催の運びとなった。
尾白にこうした集まりがあると逐一報告していた日向は、その当日の朝に携帯越しに尾白から楽しんでこいと言われ、存在しない尻尾が盛大に振りたくられる気持ちになった。その尾白の声こそ楽しそうに聞こえたので日向がそれを指摘すると、日向が楽しみにしているから尾白も感化されてしまったのだと言う。普通に話しているつもりだったがどうやらかなり浮かれていたようだ。尾白が日向の気持ちを感じ取ってくれたのが嬉しくてそわそわする。尾白が喜んでくれるなら日向の方こそいくらでも喜べる気がした。
日向は自分以外誰もいない早朝の自室で必要のない前後左右の確認をすると、励まそうとしてくれる友人達の心遣いがとても有り難いのだと電話の相手にこっそり打ち明けた。そうか、と応じた鼓膜を震わせる尾白の音が日向の心をほんわりと緩ませる。日向はまたまた声を潜めてひっそりと、こうして尾白が話を聞いてくれることもとてもとても嬉しいのだと、日向なりの精一杯を隠すことなく相手に伝えた。そうすると、ふ、とやわらかく笑みを含んだ尾白の吐息が、日向の胸をじいんと熱く痺れさせて体の内側を撫でていく。その感触に日向はうっとりと酔い、吐き出す息に微かな熱を含ませた。


現地集合で指定された時間は昼過ぎだった。日向はよく晴れた休日のその日、卯月を迎えに一人で図書館に向かっていた。青い空に微かに白い雲が浮かんでいる。前日は多少雨が降っていたが、雨雲は翌日まで不機嫌を持ち込まなかったようだ。
集合をかけられたなかで日向と卯月の二人だけが他の友人達とは違う区画に住んでおり、どうせなら一緒に行かないかと日向が卯月を誘ったのだ。鶴先輩を含む他のメンバー達は事前に持ち寄った費用で必要な買い出しを済ませて鶴先輩宅に向かっている筈である。そうした役割を決める際に日向は荷物持ちを申し出たのだが、卯月をしっかりエスコートしてくれたらいいと雨月にいい笑顔で断られた。
待ち合わせ場所として指定された図書館は建て替えられて間もないそうで、太陽の下で見る外観はまだ新しく、外から見るとどこぞのアニメかゲームから抜け出してきたかのような風体である。有り体に言えば秘密結社のような外装をしている。しかし中は機能的でお洒落な空間となっていた。
日向がそんな大量の本の巣窟に足を踏み入れると、気温の高い外と帳尻をあわせるようにひんやりした空気に迎えられる。既に冷房が入っているらしく、冷気が火照った肌に心地よかった。
日向は待ち合わせまでまだ時間もあったので、携帯を使わずに入り口から順に待ち人の姿を探してみる。涼しさを求めてか館内はなかなかの賑わいだった。
そんな風にして見つけた彼女は、机に本を積み上げ熱心に広げたページの文字列を追っているところだった。学校の図書室でも見た光景だ。空いていた隣の椅子を引いて座ってみても気付かれないので、積み上げた本を指先で叩いて注意を促す。こちらを向いた彼女に、お疲れ様と口パクで伝えると、こちらも時間を確認した卯月が、早かったわねと口パクで答える。
まだゆっくりしていてもよかったのだが、目的地まで歩くと卯月が言って聞かないので日向達は合流から間もなく出発することになった。照りつける太陽がじりじりと体感温度をあげ、目に飛び込む景色は眩しいほどである。今でこれなら夏本番になったらどうなるだろうかと、そんなことを話しながら二人はのんびりと歩いていく。
「別に一人で行っても良かったのに」
ぽそりと落とされた呟きには、意地っ張りを隠れ蓑に自らの我儘に日向を付き合わせてしまった申し訳なさが含まれている。
雨月は親友のこうしたところが放っておけなくて日向を同行させたのだろうなあと内心で納得しながら、しかしそんなことはおくびにも出さずに、歩きたかったのは自分も同じだからと答えた。卯月はシェイプアップのために移動する際はなるべく体を動かすことにしているそうで、日向もそれは雨月から聞いて知っていた。実はそれを見越して早めに来たのだと言ったら拗ねられるだろうか。
日向も日向で休日には叔父さんを連れ出して散歩に行くし、最近では尾白を見習って筋トレやストレッチを始めている。腕を持ち上げてまだ未発達な成果を披露すると、複雑そうな顔から一転、澄ました表情になった卯月が、まだまだね、と日向の努力の成果を評した後にその顔をおかしそうに緩める。
それにそれを言うなら日向にだって卯月に言わねばならないことがあった。先程図書館で日向が見た彼女は学校の図書室でしていたことと同じことをしていた。つまり彼女が机に積み上げていたのは白い毛玉に関係すると思われる本ばかりで、何をしていたかは一目瞭然である。
ありがとうとごめんねを同時に伝えると、今度はあきらかに呆れたような面持ちで卯月が言う。
「アンタだって同じことしてるんでしょうに。何言ってるんだか」
言われた通り日向も何度か同じ目的のために図書館に足を運んでいる。日向が思わぬ反撃に困ってへらりと笑うと、私だけがやってるわけじゃないし好きでやってることなんだから、とそっけない調子で言葉がつらつらと付け加えられた。これ以上何か言うといい加減怒るとも言われたので、日向は確かに水くさかったかと反省しながら大人しく口を噤む。分かりにくいが、分かりやすい友人だった。
何にしても、相変わらずそうした調べものが行き詰まっているのには変わりない。
あれから白い毛玉のことについては友人達の家族にも聞いてみてもらったり、日向も叔父さんに聞いてみたりした。この土地の出身者なら一度は聞いたことのある話のようで、しかしそれも迷信やお伽噺の認識に近く、本気で信じている人はいない。この土地の出身者ではない日向の叔父さんは、まずその話からして知らなかった。
学校での噂の広がりについては日向達が否定するなり別の噂を流してみようとしたものの、やはりここでも本気で白い毛玉の話を信じている者はいないために逆に日向達の方が何を本気にしているのかと訝しげにされる始末だった。日向に至ってはすっかり尾白との復縁のために白い毛玉を探しているとの噂が立ってしまっており、それが本人の弁よりよほど強固に信じられているのが皮肉だった。どうやら一度広まってしまった噂を日向達が独自に打ち消すのは難しいと思われる。
尾白とのことにけりがついたら、尾白も交えてもう一度話し合ってみた方がいいかもしれない。
それから休憩や水分をとりつつそろそろ目的地に着こうかという頃、それまで雨月や尾白について熱く語り合っていた卯月が、躊躇いに躊躇ったあと小声で日向に聞いてきた。
「……ねえ、アイツとはどうなってるの」
自分で聞いておきながら気まずいのか、卯月はむっつりと押し黙る。日向はそんな友人の様子を横目で確認すると、前を向いてさっばりとした口調で告げた。
「後は覚悟を決めるだけ、かな」
遅れて、そう、と返された相槌にはそれ以上深追いしてくる気配はなかった。
それにしても、と日向は横を歩いている友人を再び視界に収めながら思う。尾白と日向両名に唆されたとはいえ、卯月は雨月と再び友好を結ぶために敢然と立ち向かった。雨月の方も即座にそれに応えてみせたし、他の友人達も真っ向から自分のできること、自分の気持ちと向き合ってこうして日向のため、或いは尾白のために動いてくれている。そんな当たり前のことを、自分もできていると思っていたのにろくにできていなかった事をこうも鮮やかに成し遂げてみせる先輩や友人達を見ているとなんだかとても輝かしく尊いものに思えてくる日向だ。

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