Open sesame!14



「これおいしいですよ、先輩」
「それはよかったですわ」
まさにほっと一息といった空気が流れ、鶴先輩も一緒にティータイムと洒落込む。日向はおかわりを頂きながら、それはそれとして先程のように一人で行動するのは控えた方がいいのではと鶴先輩に申し出る。しかし肝心の先輩は澄まし顔で、
「実は私ちょっとした情報網を持っておりまして、あの方がその日どういう行動を取るか大体分かりますの。それによるとどうやら今日はこちらに来る余裕はなさそうですわね。ただ、それも完璧ではございませんから、あなた方にご協力をお願い申し上げた次第です」
勿論日向も頼まれたからには全力を尽くす所存だと応じて、二人の間には暫し沈黙が降り立つ。好天とは言えない陽気だったが、のんびりと中庭をたゆたう時間はのどかと言ってよく、お茶の香りが気分を和らげる。
「……来年の今頃、私はここにいないでしょう?だからやれるだけのことはやっておきたいんですの」
日向がその声の響きに引かれて隣を見ると、鶴先輩が目を細めて曇った空を見上げていた。行儀よく背筋を伸ばして座る姿は凛々しく安らかであるのに、日向の目に映る彼女はどこか希薄で頼りない。発言自体は前向きだが、受ける印象は異なっていた。そんな風に一匙ほどの切ない思いを日向に抱かせた鶴先輩は胸元で指先を合わせ、それじゃあ始めましょうかとそれまでの空気を塗り変えるように明るく言う。
それからは二人はどちらも正座して向かい合う。鶴先輩は何かの講師のように、繰り返しになるがもう一度言っておきたいと日向に再度説明を始めた。周囲に極力聞こえないよう声は抑え気味に。
「まず始めに私の能力についてお話ししますわね。端的に言ってしまえば、あなたの探し物の“場所を特定”します。日向くんが私のことをどう聞いているかは存じませんけれど、私の力は残念ながら絶対に当たるというわけではございませんの。存在しないものの場所は特定できませんわね。ですから今回、私のこの能力がお役に立てるかどうかは判断できかねますが、それを抜きにしても相談に乗ることはできますから、その時は存分にお話しくださいまし」
そういう鶴先輩は日向が矢田川や勅使河原に尾白のことを話そうとする時と同じ生き生きとした様子をみせる。まず恋話が好きなのは間違いないようだった。
「……尾白先輩とは会うのは殆どが屋上でしたから、場所というならそこばかりになると思います」
日向の在りし日を思い出しながらの申告に、それならいっそ順を追っていった方がいいかもしれないと鶴先輩は言う。
「次がその方法になりますわね。あなたの手に私の手を翳して、私が糸で記憶を“探り”、再生された記憶を見ます。これはあなたにとっては過去にあったことの追体験。私にとっては……そうですわね、映画やドラマを見ている感覚と言えばいいかしら。その時の風景や会話は見えるし聞こえますけれど、その時あなたが何を考え思っていたのかは分かりません」
そこで鶴先輩は一息ついて、ひたと日向を見つめる。その瞳には真摯な色が宿っていた。
「私は見えたものについて、あなたの許しなしに口外することは致しません。代わりに記憶を見る毎に私の秘密を一つ、お教えしますわ。勿論、これ以上やりたくないと思ったらすぐに言ってくださいまし」
それにしても毎回秘密を開示していたら大変なのではないかと日向が疑問を口にすると、鶴先輩は淡く微笑み人差し指を立てて自身の口許に持っていく。小首を傾げてそれこそ秘密を囁くように言った。
「――あなたにだけ特別、ですわ。残念ながら私そこまで性格がいいわけではございませんの。それに今回のことは私からあなたにお頼み申し上げたことですから」
合間合間に発揮されるこの先輩の憎めない稚気は日向に尾白を思い出させ、微笑ましい気分にさせる。
そうはいっても他の人に能力を使う場合は事前に十分な説明をし、やはりそれを受け入れられる人にだけ力を使っていたという。見えたものを口外しないのも一緒だ。
ではよろしいでしょうか、と居住まいを正した鶴先輩が日向に尋ねる。それは日向の記憶を盗み見てもいいかという問いであり、確認だった。尾白との思い出が二人だけのものでなくなるのは惜しかったが、話だけなら既に玉生や他の友人達にもしている。それがより具体的になるだけだ。
何より日向は尾白のために立ち止まっているわけにはいかない。行き詰まっていた事態にやっと巡り会えたきっかけなのだ。飛び付かない手はない。
そして彼と彼女は探し物を見つけるべく――具体的には尾白が日向を遠ざけて考えたい内容に見当をつけるべく、行動を開始した。


***


若干のノイズとラグが生じた映像と音声が展開し、そのあとはっきり視点が定まる。
濃淡のある白が奔放に空の上と下を踊っており、横に斜めに縦にと、好き勝手に無作為に存在する雲は雪のような純白の眩しさを湛えつつもその身に影を落とし、深みのある色合へと変化している。その中間に瑞々しさを感じさせる青が澄み切った奥行きを見せて広がっており、日向はそんな空の下で尾白の隣に人一人分を開けて座り、空模様を眺めていた。
告白してから屋上に通い始めた日数はまだ片手で足りる。ゆったりと空を眺める日もあれば、ぽつぽつと会話を交わす日もある。尾白の答えは適当だったり曖昧だったりするが、日向から話しかける分にはきちんと応えてくれる。それがます嬉しかった。
事前に玉生から得た情報で、日向は尾白の簡単なプロフィールと告白して玉砕した面々のおよその数を把握している。それによると尾白に過去――そして恐らく現在、未来においても――懸想している人数は相当の数に上った。
日向は尾白が現在フリーであること、同性からの求愛を断りはしても嫌悪感を示したことはないことを耳にして告白に踏み切ったのだ。好意を伝えるにしても、その行為自体を嫌がられたのでは意味がない。
誇張はあるにしても相当の人数が尾白のこの律儀さを知らずに尾白への思いを諦めたのだとしたら、勿体無いことをしたと思う。彼ら彼女らが思う以上に、そして日向が思う以上に尾白は気立てのいい人物なのだと日向は膝を突き合わせて伝えたかった。特に他者には伝わりにくくかつ分かりにくい部分が日向にはどうしようもなく好ましく感じられるのだと、何度だって熱く言いたい。――と、ここまで考えて日向は暴走しかけていた思考に急ブレーキをかける。内心で呟く。
ごめんなさい。ちょっと嘘つきました。本当はこうやって先輩を独り占めできることを嬉しく思う自分がいます、すみません。日向は心の内で誰にともなく頭を下げる。
時折そんな風にして考え事に耽りながら、日向は空を見て尾白と話し、また空を見る。
ベンチで会った日から待ち望んだ傍で過ごす時間は思った通り和やかで居心地が好かった。良すぎるから、あまりに気を抜きすぎて尾白の邪魔になってやしないか心配になる。こっそり隣を見ては尾白が問題なく穏やかに上空を眺めていることを確認し、たまにそのまま見惚れたりする。
余談だが、玉生の情報には尾白もとい殿様と双璧をなす神無月王子の情報もあるにはあったが、日向は尾白のことにしか眼中になかったのであえなくスルーされた。
更に日向の尾白への好意がクラスメイトの大半にばれたのもうっかりと言えばうっかりだった。クラスメイトがこっそり学校に持ってきていた雑誌に尾白が載っており、尾白のファンだというその女生徒はしきりにかっこいいと言って他のクラスメイト達とはしゃいでいた。尾白の名前を耳聡く聞き付けた日向が見せてくれと頼むと快諾してくれ、だが日向があまりに熱心にそして乙女な様子で見惚れているので冗談混じりにその女生徒は日向くんまるで恋してるみたいと言った。
日向はうっとりと、うん、好き、と答えていた。ざわついた彼女らがもしかして恋愛的な意味でかと念を押すと、日向は恋愛的な意味だと肯定する。この間、日向は恋心に浮かれて紙面の尾白に夢中であり、完全に上の空だった。彼女達が発した黄色い悲鳴で我に返り、自らの不注意を知った。後の祭りである。引かないでいてくれたのは有り難いが、翌日にはクラスの過半数が知ることになっていた。
玉生は受け入れられてよかったなと日向を慰める一方、まだ短い付き合いながらたまにお前がとんでもなく馬鹿なんじゃないかと思うことがあると真顔で言った。
日向がクラス内でのポカを思い出して若干遠い目になっていると、横からふいに声をかけられる。
「……見てるだけでいいのか?」
「え?」
突然のことだったのでうまく聞き取れていたかどうかは怪しい。視線を振り向けた日向を見返し、尾白はもう一度言う。
「空を見てるだけで面白い?」
先程はもっと違うニュアンスで聞かれた気がするが、尾白がそちらの方を聞きたいと言うのならば日向はそれに答えるまでである。自分の感覚を整理しながらできるだけ正確な答えになるよう言葉を選ぶ。
「面白い……というか、気が抜ける、癒されるの方が近いかもしれません。毎日雲の形も違っていて飽きませんし、新しい発見もあります。ぼうっとしていて何も考えていない時もありますけど、僕はまずこうして先輩の傍にいられることが嬉しいですから」
傍にいるだけで満たされるものはある。その気持ちが感じられるままに日向は微笑むも、しかしすぐに表情を引き締めた。恋心というのは欲張りで我儘だ。この先我慢しきれず尾白にぶつけてしまうかもしれない。そう正直に伝える。
すると尾白の口許と目元に悪戯っ子の片鱗が覗いた。
「へえ、聞いときたいな。俺、何されんの」
面白がる先輩に興味を持ってもらえた後輩の表情が一段と明るくなる。何にしろ事前の心構えと予備知識は必要だろう。日向はいそいそと正座して尾白に向き直り、まず先輩の嫌がることはしませんと明言した。だから嫌だと思ったらすぐに言ってください、とも言う。そこだけは自信を持って言えたので、口調も何もかも日向は全体的に自慢げだった。
「他には?」
「他は……そうですね、僕の気持ちを先輩に伝えます」
「悪いが答えは決まってるぞ」
わかっていますと日向は頷く。告白した時からそこは重々承知の上だ。
「後は先輩に色々聞いてしまうかもしれません」
「……嘘ばっかり言うかも」
「それならそれでデータをとって嘘か本当か見分けるのもいいかもしれませんね。法則を見つけたりして」

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