Open sesame!11



「仲良いんだ、二人とも」
「先輩との仲は良くなりたいと思ってる、常に」
キリッと真面目に言い切る日向に雨月が感嘆して拍手を送った。
「おお〜、日向選手は相変わらずぶれませんねぇ」
「それが取り柄ですから」
「このまま粘り強くいって欲しいですね」
何の解説だと笑いあいながら廊下を渡り、昇降口で靴を履き替えて外に出る。
待ち合わせは雨月が卯月と再会した箱庭になっていた。
薄めの色をした青い空が広がり、雲は切れ端のような小さいものがぽつんと一つあるだけ。まだ梅雨に入っていないのに肌に感じる暑さは既に夏の気配を思わせる。強めに吹いている風が心地よく、白い制服を着た自分達がまるで雲になったかのような気分だった。
二人で並んで歩きながら途切れた会話の合間に雨月がこっそりと言う。
「今日は急にごめんね。神無月って人の話を聞いて、自分でも何かできたんじゃないかって思って。――私はもっと周りのことを気にした方がいいと思うから」
そっと日向が窺った雨月の横顔は真摯に憂いを秘めている。それだけ雨月は身近にいる人達を大事に思っているのだろう。そしてその人達もきっと雨月を大事に思っている。卯月がその筆頭だし、日向だってそうだった。
「雨月さんのやりたいことに付き合えて、僕も嬉しいよ」
尾白が言っていた“頼る”こととは、つまりこういうことなのかもしれないと思う。
「……うへへ、そんなこと言われたらありがとうしか言えなくなるよう」
雨月は日向の腕を指でつんつん突く。あまりにその速度が早かったために残像が見えるほどで、一体どこでそんな技と早さを身に付けたのかと日向が聞きあぐねているうちに目的地に着いていた。
先輩もう来てるかな、と緑の園に踏み込み先行した雨月が立ち止まる。あいつ、と雨月にしては剣呑な響きの呟きが聞こえてきた。待ち人がよくない状況に置かれているのか。雨月の後ろから視線の先を追うと、一人の女生徒に一人の男子生徒が熱心に話しかけている。見るからに女生徒の方は煙たがっており、逆にあそこまで頑なに拒絶されているのにも関わらずめげない男子生徒は不屈の根性の持ち主といえよう。
日向は待ち合わせしているのはあの人かと雨月に確認し、雨月はそれに頷く。二人が小走りで近付いていくと聞こえてくる会話は予想通りのもので、下心のある男子生徒がその気のない女生徒に迫りきつく突っぱねられている内容だった。
「ですから何度仰られても困りますわ」
「いいじゃないですか、一度だけでも。騙されたと思って試してみたら。案外いい目が出るかもしれませんよ」
「……どうせ一度だけで終わらせるつもりはないのでしょう?」
「おや、よくお分かりになりましたね。これは貴女と僕が分かり合えている証拠では?」
「そのようなこと、考えたこともありませんわ」
冷たく刺のある返答を耳に入れながら日向と雨月は足早に二人の元へ急ぐ。
「――先輩、お待たせしました!」
「遅くなってすみません」
二人が声をあげて割り込むと男が鋭い視線を日向達に向けてきた。だがすぐに笑みを張り付けてにこやかに対応する。どうやら素の状態だと柔和とは言えない顔立ちのようだ。背も高く見映えはいいのにどこか神経質な印象で、日向は何故か針金を思い出した。
その男は直前に目があった日向のことを知っている素振りで、尾白と一緒にいる時ならともかくそこまで特徴のない日向が一目で分かるほどにここまで多くの人に認識されているとは、尾白の人気は凄まじいものがある。人相書きでも回っているのかと考えてしまうほどの認知度だった。
雨月は待ち人に近寄って声をかけ、その人は日向達の登場でほっと表情を和ませる。長い黒髪に目元の涼しげな、和風の美人である。
「お友達ですか?それともこの人の噂を聞いてやってきた?」
針金を思わせる男が言う。日向は雨月と視線を交わす。探し物を当てるというこの人の特技――というか能力というか――は、かなり知られた話であるらしい。男の質問に日向が答える。
「すみません、彼女は僕の相談にのってもらう約束なので、お話があるならまた今度にお願いできませんか?人に聞かれるのは恥ずかしい内容なので、できるだけ周りに人がいない方がいいんです」
ふうん、と男は日向を品定めするようにして、露骨な馴れ馴れしさをその口元に乗せてくる。
「君と尾白とのことは皆が知っているんだから、隠す必要はないだろう?良ければ僕も君の力になろう」
今にも肩を抱いてきそうなその男の、尾白と呼び捨てにした声の調子は無造作でそっけなかった。
そこで手をあげたのが雨月だ。
「あのっ、日向は恥ずかしがり屋なので、お話があるなら私が伺います!」
「――へえ。二人だけで?」
「え?ええ、二人でもいいですし、そうでなくても……」
そう言った雨月の全身を舐めるように這った男の視線に嫌なものを感じて、日向は雨月の前に出ようとした。しかしそれより先に動いた者がある。一歩踏み込み長い黒髪を翻した彼女は、柳眉を逆立て腰に手を当て、その場を仕切る女王のように厳然と言い放つ。
「何度も申し上げている通り、私にあなたに付き合う義理はございませんの。この方達だって同じです。ご理解いただけるかしら」
わたくし、という一人称をこんなに近くで聞いたのは日向は初めてだった。彼女の全身からいい加減にしろと怒りのオーラが発散されている。
「――心外だな。その言い方だとまるで僕が君達に付きまとっているみたいじゃないか」
「あら、自覚がないとは存じ上げませんでした。見解の相違ですわね」
粘れば粘っただけ冷淡に見下してくる女子生徒に男子生徒の口許がひきつる。日向と雨月はハラハラしながら睨みあう男女を見守っていた。とても若輩者が口を出せる空気ではない。単純に気圧されたのだ。
折れたのは男子生徒の方だった。吐き出すように、分かりましたここは大人しく引きましょうと言ってその場を去る。だが日向の横を通りすぎる際、日向にだけ聞こえるように忌々し気な舌打ちと毒々しい言葉を浴びせてくる。唐突に振り掛けられた悪意と急に詰められた距離に体が強張ったが、日向はぎこちなくも無理矢理自分の体を振り返らせ、男子生徒の後ろ姿を見送る。今の感じを前にもどこかで経験したような気がした。
微妙な空気が漂うその場を雨月が明るく取り成す。
「ええっと、色々説明したいことも言いたいこともあるけど、まずは初めましての挨拶しよう。先輩、こちらが噂の日向くんです」
よいしょと妙な掛け声をかけながら、雨月が何かの商品のように日向を女生徒の前まで持ってくる。日向も自分で改めて自己紹介すると、目の前の女生徒は先程までの冷淡な態度が嘘のように美しくたおやかに微笑んでみせた。
「お見苦しいものをお見せしてしまってすみません。私、鶴岩さくらと申します。学年とクラスはご存じ?……そう、あなた方の先輩ということになりますわね」
鶴岩の質問に教師に名指しされた生徒のようにすかさず雨月が手をあげて答えると、彼女は微笑ましそうに雨月を見る。雨月も花丸の笑顔でそれに応じた。どうやら二人は良好な関係を築けているようだ。
鶴岩の楚々とした所作はいかにも良家のお嬢様といった風で、事実彼女は地元の名士の娘なのだという。それでいて先程のような苛烈な一面を持ち合わせているのを考えると、どうやら極端な振り幅を持ち合わせている人物のようだ。
ただ意外と言えば意外だったのは、背中を流れる艶のある長い黒髪の横を名前の通り桜色のピンでとめているところだろうか。彼女から受ける大人っぽい印象とは違い、その髪留めは少し子供っぽい気がした。
今回の会見の意図は鶴岩の方から説明してくれるらしく、雨月は二人を紹介し終えると静かに二人の側に控えた。
「もうお聞き及びかもしれませんけれど、私から雨月さんにお願いしてあなたに会わせていただきましたの。無理を言ってごめんなさいね。でもお会いできて嬉しいわ」
彼女は本当に嬉しそうに胸元で指先をあわせて弾んだ声で言い、それから目を伏せて隠しきれない疲労をみせる。
「……ご覧になったでしょう?あの方、前から声をかけてくる人ではありましたけれど、特別親しいわけではございませんの。それが最近やたらと絡まれるようになって……それがもう、本っ当に、しつこくって……!」
最後の方は拳を握ってこれ以上ないほど実感がこめられていた。
日向は先程の光景を思い出す。押しが強く人の話を聞かないのは神無月も同じだが、それでも神無月はからりと軽い。対して先程の男は随分と粘着質な印象を受けた。まさに食い付いたら離れないという感じである。さすがにあの調子で隙あらば纏わりつかれたら剣呑な態度にもなろう。雨月がどうどうと先輩の背中を撫でて落ち着かせ、鶴岩はありがとうと弱々しい笑みを浮かべている。
詳細を聞こうとした日向が鶴岩をどう呼ぼうか迷っていると、雨月は鶴先輩と呼んでいると申告してきた。鶴岩本人もそれで構わないと言うので日向もそれに倣う。
それから雨月が言っていた鶴先輩の困ったことについて日向は話を聞いた。まとめるとこうなる。
まず鶴先輩の抱える一つ目の問題が先程の男だった。場所も時間も関係なく現れては、彼女に手を変え品を変え迫ってくる。言葉でも態度でもはっきり迷惑だと示しても効果はない。
「私個人というより、その後ろにあるものの方に興味がおありのようですけれど」
そう鶴先輩は評したが、先程の雨月への言動を見るに先輩個人に対してもあわよくばという気持ちがありそうだと日向は思う。
付きまといが本格化したのは日向と尾白の仲が校内を席巻してからだというので、なんだか申し訳ない気持ちになる。素直にそのまま謝ると、感化されて恋愛に走るのと、その気のない相手にしつこく迫るのとでは全く話が違うし別問題だと諭された。日向がそれに応じて分かりましたと殊勝に頷けば、鶴先輩は二つの目を優しく細めて生徒を見守る教師のような眼差しをする。

戻る     次へ

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -