Open sesame!10



「後はこっちに尻向けてるやつとか。踏んでるみたいなやつに、座り込んで口開けてるのもあったな」
「全部じゃないですか!」
悲鳴にも似た声をあげた日向のなかで爆発的に高まった感情がある。それはそのまま口から飛び出した。
「……けっ」
「け?」
「消してください!」
なんとか絞り出した懇願だというのに、尾白は顔真っ赤だぞとニヤニヤするだけだ。
日向にしてみれば誰もいないと思って好き勝手に鏡の前でポーズきめていたらそれを最初から目撃されていたようなもので、涙目にもなる。前半はともかく後半の写真は尾白に見せるつもりはなかったのに。
「そういえば何で途中から路線変更したんだ?断れないわけじゃなかっただろ」
尾白に痛いところを突かれて日向は言葉に詰まる。確かに途中から目的というか、テーマはずれた。しかし簡単に言えるものではなく、顔ごとそらす。
尾白の言う通り日向は断ることもできた。流されたし止まれなかったが、そもそも日向はその流れに自ら乗っかっていったのだ。
なあ、と尾白は声だけで日向を促す。その声音に引き寄せられるようにして日向がそろりと目の前の人を見上げると、好きで好きで堪らない人がやわらかく微笑んで日向を見ていた。きゅう、と恋心が切なく締め付けられる。
「――ほら、日向。教えて」
ゆっくりゆっくり、一音一音を区切るように発声した尾白はあくまで日向の意思を尊重しつつもその実しっかり手を引いて、こうすればいいと手順も道筋も示している。
――ずるい。そんな風に言われたら、そんな風に見つめられたら日向は逆らえない。尾白に喜んでもらおうと持っているものを全て差し出してしまう。気付けば日向は白状していた。
「その……僕が、断らなかったのは」
「うん」
「セクシーさの研究と言いますか……性的魅力のアピールの参考になればと思ったんです。――僕はそういうの本当にさっぱりなので。後は先輩が喜ぶと言われたらそんなものかと思ってしまって、つい」
それを聞いた尾白が、ううんと唸る。何でお前は俺のことになると馬鹿になるかなと悩ましく呟いた。日向は照れる。
「え?いま照れるとこ?」
「ええ、その、はい」
尾白が言う馬鹿加減と日向の恋心は連動している。まあいいけど、と尾白はやはり流し、日向は鈍っていた思考をなんとか立て直して尾白をしっかり見上げた。
とにかくこれで尾白が所持している写真への日向の要求は通りやすくなった筈である。
「これで写真は消してもらえるんですよね?」
期待をこめた日向の伺いに、尾白はニヤニヤと意地の悪い顔をするばかり。尾白は教えてくれと言っただけで消すとは言っていない。そこに気付いた日向が露骨に悔しがる。
「くっ、僕はとんだ早とちりを……!」
まあまあ、と尾白は日向を宥めて、
「でも何でクラスメイトは良くて俺は駄目なんだ?」
そんな疑問を口にした。弾かれたように日向は尾白を見て、すぐに俯く。これでは何かあると言っているようなものだ。無論、遠慮をする尾白ではない。またやわらかく名を呼ばれ、固く引き結んだはずの日向の唇は尾白の望むままに答えを紡いでしまう。
「……だ、駄目です。先輩は」
「うん、俺は?」
「先輩に見られていると思うと――は、恥ずかしくて……駄目です」
ここまで言わせられるのかと日向は顔を隠して羞恥に埋もれた。肌の赤みが全身に回っているのが体温の上昇で分かる。言葉に出したことで恥ずかしさがより増した気がする。“あーん”だって尾白にされていたことを思い出したらなんだか堪らなくなって、動揺して、最後はやけくそになったのだ。
尾白はククッと楽しそうに喉を鳴らし、妥協案を提示する。
「じゃあ俺が日向の写真を一枚撮るから、それでチャラにしよう」
ようよう手を下ろして顔をあげた日向が、自分に向けられた尾白の携帯を目に止め、火照りの引かない顔を凛々しく引き締める。
「――分かりました」
覚悟を決めて受け入れるとすぐさま腰に手をかける。唐突に下半身の制服を脱ごうとする後輩に先輩が慌ててストップをかけた。
「待て日向、何で脱ぐ?」
「いえ、さすがにモロ出しはまずいでしょうけど、パンツくらいなら大丈夫かと思って」
「よし、まずは尻から離れようか」
野性動物を手懐ける慎重さで尾白が言い、そうだけどそうじゃない普通でいいのだと説得する。日向は始めトイレで撮影という組み合わせに渋っていたが、尾白が一向に意に介さないので日向も折れた。それには日向を撮れるならどこでもいいと、さらっと言った尾白の言葉に日向がハートを撃ち抜かれたからでもあった。
「――じゃあ、日向」
改めて携帯を向けられ、囁かれた尾白の声音に耳を撫でられた日向の体がピクッと震える。
「俺のことだけ考えて、こっち見て」
言われずとも日向は尾白のことだけを考えている。――会いたかった、 ずっと。尾白に禁止令を言い渡されてから仕方のないことだと頭では理解していても、携帯越しに話せても、それでも直に会って話し、傍にいられたらと何度思ったことか。じわじわと目の前にいる人が本物の尾白なのだという実感が日向のなかに湧き、定着する。甘く疼き、火照る感情が目の前の人をただ求め、手を伸ばそうとする。そんな思いが募るまま日向が尾白の翳した携帯を見つめていると、尾白の目元が優しく細められた。
「……そう、いい子」
褒められたのが嬉しくて、尾白が笑ってくれたのも嬉しくて、どんどん好きだという気持ちが高まってとうとうそれがとろりと溢れ落ちた瞬間、日向は尾白の携帯に収められた。
結局、日向がその時どんな顔をして撮られたのかは日向本人は知る由がなく。他の写真を消してくれたかどうかも分からず終いで、しかしこれ以降日向は尾白と離れていても前ほど焦りや不安を感じることはなくなった。まるで尾白が日向の惑う気持ちを散らして断ち切ってくれたようだとも思う。
また、このとき日向を撮った写真が尾白が初めて人物を撮ったものであると日向が知るのは、これから随分と先のことになる。


***


日向は雨月に紹介したい人がいると言われて、彼女の案内でその人との待ち合わせ場所に向かっている最中だった。白い毛玉を探っている内に仕入れた情報らしく、情報源は徳さんからだという。
あれからクラスメイト達とは謝罪し合い気まずくなることはなかったが、尾白との仲がどういう解釈をされたのか、それまで以上に日向は生温く見守られるようになった。なんなら二人のことなら分かっているから大丈夫だと物分かりのいい雰囲気まで出してくる。
玉生は事情を把握し、身近な友人達にはそれとなく説明してくれたようだが、日向相手には下手な言い訳はせずそのまましておいた方がいいと尾白と同じことを言ってきた。釈然としないながらも二人がそう言うならと、日向は大人しく従っている。
それはそれとして今は待ち合わせをしている人物のことについて考えるべきだろう。隣を歩く雨月によると先方には既に話は通してあり、雨月も事前にその人物と顔を合わせ友好を育んでいるとのことだった。
「三年生の先輩でね、探し物をしてくれるっていうんだ。女の人だよ」
「探し物?」
「うん、ピタリと当たる。卯月から調べものも一段落ついたって聞いたし、日向も他に見つけたいものあるんじゃないかと思って」
それが何かは聞くまでもない。尾白とのことだろう。一応尾白も写真の件では日向と会ってくれたしその時の感触は悪くなかったと思うのだが、まだ全面的な解決とは言いにくい。隣を歩く雨月にありがとうと礼を言えば、友人は照れくさそうにうへへと笑う。
「それにほら、殿様達、漫画みたいな力使うって聞いたから。その先輩も探し物する時そうなんだって。だからそれを確かめて欲しいのと……あと……」
ちら、と雨月は横目で日向を窺う。
「これは出来たらでいいんだけど、その先輩も困ったことになってるみたいだから、よければ話を聞いてあげて欲しいんだ。勿論、引き受けるかどうかは日向が決めてくれていいから」
女の自分がやるより男の日向の方が効果があるだろうと雨月は言う。
それに日向殿様大好きだし、と付け加えられた一言でなんとなく事情を察した日向だ。玉生は怪我をしているし、その玉生にそれとなく思いを寄せている矢田川もいる。日向がそうしたことを任せられる人間だと信用してくれたのが嬉しかった。
「僕でうまくいくかどうか分からないけど、期待に添えられるよう頑張るよ」
「――ッうん、ありがと!」
日向が快く請け負うと雨月がパッと表情を明るくする。
日向の方こそ存在するかどうかも分からない毛玉探しに付き合わせてしまって済まないと詫びれば、雨月はこういうの好きだからいい、むしろ楽しいと快活な笑顔を見せる。
「そうだ、その白い毛玉のことなんだけどね、前まではいいことがあるって噂だったんだけど、今はちょっと変わってきてて」
日向が興味深げに先を促すと雨月は続けて、
「あのね、願い事が叶うって言われてるんだ。なんとかのおかげでうまくいきましたってあるでしょう?あんな感じで」
「じゃあ実際に見たり捕まえた人もいるんだ?」
日向の確認に雨月は首を横に振る。
「それが見つからないんだ、残念だけど。撮ってる人もいないみたい」
或いはその事実自体をなかったことにされているのか。
なんとなく校内の様子がざわついて浮かれているように感じる、とは雨月の所見だ。
「その先輩に白い毛玉を探してくれるよう頼んだ人もいるみたいなんだけど、こればっかりは見つからなかったって」
それから少し話題がそれて雨月が勅使河原も部活に入ったことを告げると、日向も尾白とのモーニングコールが勝負じみたものになっていることを明かした。それが原因で寝不足になってしまっては元も子もないので度が過ぎないように気を付けてはいるものの、日向より先に起きた時にどうだと誇らしげに電話をかけてくる尾白が日向にはどうしようもなく好ましい。日向からかけるにしても尾白からにしても、日向にはご褒美でしかない時間だった。

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