Open sesame!7



「それが日向っす。おかげで大事にならずに済みました」
結局怪我はしましたけど、と付け加えた一言に尾白がいや無事でよかったとその秀麗な顔をほんのりやわらげて言う。日向だったらハートを撃ち抜かれていたかもしれない。撃ち抜かれはしなかったもののその心遣いを有り難く受け取った玉生は謹んで礼を言った。
そのあと件の生徒に謝り倒され、日向と同じクラスになるという偶然を経て今に至る。恩に着せるつもりはないと日向は言ったが、玉生が日向の恋を応援するのには恩返しの意味も含まれていた。ちなみに猫はいつのまにか姿を消していた。
「そうだ、ついでにもう一つ言っておきたいことがありました」
言ってもいいかと玉生が伺えば尾白が視線で促してきたので、玉生は姿勢を正して尾白に向き直る。
「ええっと、これは完全に事後報告になるので先に謝っときます。すみません」
きっちり頭を下げる。訝しげにする尾白にこれは日向と真剣勝負の関係になったからこそ知れたことであると前置きし、話し始める。
「先輩が知ってても損はないと思います。日向、俺に、その……首を、されてから、急に人から距離を詰められるのが苦手になったみたいで」
「……知らなかった」
尾白は控えめに驚きを露にする。尾白の枕になろうとする日向にそんな気配はなかったと溢す。無理はないと玉生は言う。
「先輩相手だと平気みたいです。俺もギリギリ許容範囲で、女の子もまだ大丈夫な方なんすけど、一番警戒するのが男っスね。叔父さんは大丈夫なのかな。頭では大丈夫だって分かってるのに体が勝手に反応するみたいで、金縛りにあったみたいに動けなくなるんだそうです。俺もなんとかしてやりたいんすけど、こればっかりは……」
どちらかというと直接の原因は神無月の悪意のない悪意に触れたからだろうと尾白は思ったが、そこは玉生の手前言わないでおいた。申し訳なさそうにした玉生が、だから、と語調を改める。
「先輩が独占欲強くてヤキモチ焼くから、男共は必要以上に日向に近寄らない方がいいって周知しときました。日向がお仕置きされるからって」
真顔でのとんだカミングアウトである。玉生には微塵も悪びれた様子はない。
「え?誰に?」
「クラスの皆っすね。後は手当たり次第。日向はこのこと知らないんで、教えたければ先輩のお好きにどうぞ」
どうぞと言われてもそんな話をされた後では否定して回る気は起こらない。そもそも尾白にそんな労力を割く気はないが、それにしたって――と、尾白はまじまじと玉生を見る。お前マジで容赦ないなとむしろ感心した。ここで感心する尾白の感性は日向に似ていると玉生は思う。日向の交友関係を狭めるつもりはないので徹底排除はしない方針だが、できるだけ日向が嫌な思いをしないように配慮していきたいと考える玉生だ。そして何より。
「先輩との外堀を埋めてやろうって気持ちがないこともなかったですすみません」
「謝ればいいってもんじゃないけど、まあいいよ」
少しも心が籠っていないあからさまに棒読みな玉生の謝罪を、そう言ってやはり尾白は流した。その後にまた何か呟いていたが玉生には聞こえない。
さて、これで大体お互い言いたいことは言い合えた。せっかくだから尾白に日向営業でもかけていこうかと考えていた玉生は、尾白が携帯を見てもいいかと確認してきたのでどうぞと快諾する。どうやら着信があったらしい。そのうち画面を見ている尾白の表情が優しく和んだ。相手が日向からだったらいいなと思っていると、まさにその日向からだという。
「写真送ってきた」
そう言いつつ画面に目を落とし指先で操作する尾白は実に微笑ましそうである。そのやわらかな雰囲気に、玉生はいつか見た日向と尾白の昼食風景を思い出した。こちらが気恥ずかしくなるようなお互いしか目に入っていない甘ったるい空気。背景にメルヘンな効果が飛んでいそうな空間が発生していた。
そうやって友人の恋を見守る傍観者モードに入っていた玉生は、怪しい雲行きにおやと思う。何やら尾白の様子がおかしい。それまで和やかにしていたのが不可解そうになったと思ったら、徐々に感情が削ぎ落とされ最終的には無になった。日向が尾白の機嫌を損ねるようなことを進んでするとは思えないが、一体どうしたことだろう。
その時、玉生の携帯にも連絡が入った。このタイミングは日向と尾白とのことに無関係とは思えない。玉生は尾白から見えないよう自分の携帯を取り出してざっと画面に目を走らせ、それから尾白さえ良ければ写真を見せてもらえないかと掛け合った。緊急から始まったクラスメイトからのメッセージは、シンプルに日向が大変だという内容に尽きた。
「――分かった。ちょっと待ってろ」
心なしかいつも以上に覇気がない尾白が玉生に見えやすいよう移動して画面を見せてくる。
「あー……」
覗きこんだ玉生はこれかと合点がいった声をあげた。
映っていたのは今日も一緒のクラスで授業を受け、教室を出るときにも見送ってくれた友人である。その友人が椅子に座って少し自慢げに片手を差し出してこちらを見ていた。恐らくこれはお手を意識したものだろう。犬耳と犬尻尾をつければさぞかし似合うと思われた。
周りに映っているものからすると教室で誰かに頼んで撮ってもらったものらしい。雨月はこのところ休み時間は席を外していることが多いから、撮ったのは矢田川か勅使河原か。ともかくこの路線なら尾白も微笑ましく思うだけで終わったに違いない。
次に表示されたのはジャージを敷いた教室の床に体育座りした日向を斜め後ろから撮ったものだ。日向から聞いた話によると尾白に抱かれ枕をされている時にこういう態勢になるらしいから、尾白がいつも見ている視点のつもりなのだろう。擬似的な睡眠導入剤を目指したのか。
何にせよ尾白に送られてきたこれらの写真の目的はあきらかである。ただ尾白のために、尾白を意識して撮られている。こちらを見る日向はいずれも淡く温かに笑んでいた。
そして次は正座をした日向の膝を斜め上から撮ったもの。下から見上げるアングルもあった。画面の端に日向の手が翳されているのを見ると、膝に乗せた尾白の頭を撫でているというシチュエーションだろうか。
――ここまでは良かった。問題はここからだ。
それを見た玉生は思わず、えっ、と声を出していた。そうだろうそうなるだろうと尾白が横で頷いている。
ででんと白いものが画面に大写しになっているので何かと思ったら、尻を起点にして困惑顔の日向がこちらを振り返っている写真だった。枕にするより顔を埋めるか揉んでくれと言っているような体勢である。友人の写真にこんな例えもどうかと思うが、そういう商品の説明に使われていそうな写真だった。本人もちょっと居たたまれなさそうにしているのが見てはいけないものを見てしまった気まずさがある。
玉生がそろりと横を確認すると尾白は何とも渋そうな表情をしている。拗ねているようにも見えた。
後で聞いた話だが、玉生の予想通り日向は玉生が出ていった後の教室で矢田川、勅使河原の両名と共に写真撮影を敢行した。教室にいた他の生徒達も快く協力してくれ、膝枕の下からのアングルもそのクラスメイトの案を採用したものだ。そして次は何を撮ろうかという話になったとき、矢田川と勅使河原がかつての日向の惚気を思い出して揃って尻と呟いた。ごく小さな呟きだったがそれを耳聡く聞き付けたクラスメイト達は経緯を聞き出し、それは是非やらねばと盛り上がった。押しに押してこういう写真になったのだそうだ。一度撮ってしまったら後はもう流れされるがままだった。
我も我もと日向を被写体に自分好みのシチュエーションを撮影せんと参戦し、収拾がつかなくなったという。なにせ肝心の日向には尾白のためという魔法の呪文があるから、それを言われると弱い。日向としてはここから笑える方向を目指していたらしいのだが、現実は日向の想定を裏切ってどんどん予定外の方向へ転がっていった。
玉生は怖いもの見たさと友人への心配をかき集め、尾白に次の写真を出してくれるよう頼む。
現れたのは教室の隅に隠れるようにして立っている日向だ。それだけなら良かったのだが、日向は学ランの前を開け下のシャツの首元に手をかけていた。そんな風にして今から自分を曝け出そうとしているのに、顔をそらしてこちらを向かずにせめてもの抵抗を示しているのがアンバランスで危うい。教室に注ぐ太陽光の明るさが不自然な清潔さとインモラルを奇妙に同居させていた。
次が椅子に座った日向を上履きを脱いだ靴下の足の裏を起点に撮ったもので、意外なのが日向の表情が悪役が似合いそうなほど冷たく研ぎ澄ましていることだ。のみならず怪しく艶めいてもいた。本人を知っている者ほどそのギャップに驚くだろう。どうやってあの日向からこんな表情を引き出したのか、撮影者は将来いいカメラマンになると思われたが、何よりその写真が一番に主張するのは地面に這いつくばって踏まれている者からの目線だということだろう。マニアックに過ぎる。
更に同じアングルでもう一枚、今度は若干足を上げて驚いた表情の日向の差分だった。よほど拘りたかったと見え、先程の写真と角度や被写体の様子を見比べても一分のぶれもない。
もしかしなくてもこれは日向の了承を得ずに日向の携帯から撮影者が勝手に送ってきているのではないか。玉生はようやくそのことに気付いたが、どうなるものでもない。
そして次に表示された写真には、さすがの玉生も友人への同情を禁じ得なかった。
“あーん”を意識したのか、ジャージを敷いた床に座り込んで口を開けた日向を斜め上から撮ったものである。さすがに羞恥が勝ってきたのか、ほんのり肌を染めて目をそらしての写真だった。更に次がもうやけくそになったらしくぎゅっと目を瞑り、先程より大きく口を開けている日向がいる。
何かを食べようとしているにしては舌を見せすぎのような気もするが、キス待ち顔でないだけいいのだろうか。いやいや、そうでなくてもこれはアウトだろう。玉生は逃避するのを止めた。

戻る     次へ

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -