Open sesame!5



予想はしていたが成果はないに等しい。校内での噂もいつから誰が言い出したかなど確かめようがないし、記録に残っている様子もない。では自然現象によるものなのではないかと気象情報その他をさらってみても、なんとなくの輪郭を掴める程度で実物を拝めないことには見当のつけようがなかった。
またそれらしいヒントとして日向が尾白から聞いた山の雲の話を花コンビにも聞いてみたところ、朧気ながら小さい頃に聞いた記憶があるというのでこちらの線でも図書室で調べてみたもののやはり記録は存在せず。ネットの方はというとこちらもオカルトじみた話が散見し、所持しているといいことがあると言われる白い毛玉の話もあったが、学校で噂されているものと同一のものかどうかは判断できなかった。まず実在しているかどうかも怪しい代物なのだ。
それに現実の事象に即した理屈――動物や植物の毛、細菌、或いは他の大気や自然現象の類いの線で考えてみたとしても、肝心の尾白達の異能の説明には何ら寄与しないのが悩ましいところだ。着眼点が間違っているのか。
雨月はまさにその現物を手に入れようと奮闘してくれている。が、狙って掴まえるのは難しいだろう。仮に実在していたとしてもこちらに正しく認識でき、まして捕まえられるのか、まずそこからして分からないのだ。
話に出てくる割に実体がない。あちこちにそれらしい影はあっても姿は見えない。まさに雲を掴むような話だった。
他に調べる範囲を広げてみるべきか。それとも別の視点に切り替えるべきか。そうやって思考に沈んでいた日向の腕をつつくものがある。
「――ちょっと」
卯月が無言で指し示した先には、本を開いてはいても目の前の文字には目もくれず熱心にこちらを窺っている生徒がいた。日向がそちらに顔を向けるとさっと開いた本に顔を隠す。卯月が次に違う方向を指し示せば、今度は棚の影にそそくさと隠れる複数の影。本来の利用者とは異なる生徒達の存在に日向は苦笑し、二人は廊下に出ることにした。
この学校の校舎は回の字の外側に教室、そしてその内側を廊下が走っている。その内側の廊下の窓越しに見えるのが中庭で、芝生に座り或いは寝そべる生徒達が楽しそうに団欒している。それから視線を上げると薄く小さく空にまぶされた雲が空を覆っているのが見える。ここは卯月の作戦で尾白と待ち伏せをしたことがある場所で、日向は在りし日の思い出を回想しつつ卯月と共に壁に背をつけて横に並んだ。
「すっかり注目の的ね」
日向が図書室に通い詰めていることは既に知る人には知られているのだろう。謝る日向に卯月はそっけなく言う。
「別に私は気にしてないもの」
本当に何の気なしに発せられた言葉に日向はありがとうと微笑み、卯月はフンとそっぽを向く。
「まあ、嫌がられてるんじゃなくて見守られてるっぽいのは嬉しいよ。さっきも来る途中、応援してますって声かけられたし」
「なにそれどこの有名人?」
卯月のツッコミに日向は苦笑を返す。
「僕がっていうか尾白先輩だね、人気があるのは。僕達の関係にすごく興味があるみたいで――そうそう、先輩に告白したいから手伝って欲しいって人が来た時はさすがにびっくりしたな」
その人は日向が尾白にきっぱり振られたものだと思い込んでいたようで、恋人の座に座れなくともあわよくば日向がいたポジションに収まりたいと考えていたらしい。そんな形振り構わない貪欲さは嫌いではないが、後悔しないためにも自分でぶつかった方がいいと協力はお断りした。日向がそう告げると、卯月は当然だと少し怒った風に同調する。尾白を巡る恋敵として互いに頑張ろうと叱咤激励したと付け加えると微妙な顔をされたが。
それから卯月は考え深げにこう言った。
「二人でいたのが一人になったから近付きやすくなったのかもね」
それを受けて日向が首を傾げる。
「そんなに話しかけにくいかな、僕と先輩」
そういえば玉生が屋上にいる二人を訪ねた際、声をかけるとき随分と腰が引けていたように思う。場に馴染んでしまえばいつもの玉生だったが。
違う違うと卯月は手を振って日向の勘違いを否定する。
「だってアンタ達よく二人の世界作ってるじゃない。あれは入っていけないわよ。ほっとくしかない」
やけに実感のこもった意見だった。自分の意見に自分で頷いた卯月は続けて、
「後は……そうね、アイツは誰が相手でも滅多に靡かないし基本受け流すでしょ。その点アンタはまだ相手にしてくれそう。少なくとも話を聞くのに嫌な顔はしなさそうだわ。弱いところから攻めるのは戦術の基本ね」
玉生もばっさりだが卯月も大概ばっさりである。なるほどと日向は卯月の意見を受け入れ、それから目の前を三人連れの女子生徒が通りすぎていくのを二人とも黙って見送った。そのまま行き過ぎていくだけかと思われた生徒達の会話に、あの人が、殿様の、と楽しそうに噂する声が聞こえてきて、アンタも大変ねと卯月は一つ溜め息を落とす。
「それだけ先輩に人気があるってことだよ」
「確かにアイツは人気だけど……本当にそれだけだと思ってる?」
これには日向も表情を引き締めて真面目に卯月に向き合った。周囲を憚って声量を落とす。
「……やっぱりちょっと不自然、だよね」
恋愛話や噂話に熱中するのは分からないでもない。そうしたことにはしゃぎ面白がるのは学校という閉鎖された空間では娯楽の一つとして機能するだろう。だがそれにしたって熱狂的に過ぎる。過去に尾白が日向にくっついて衆目の的になったとはいえ、ここまで注目されるものだろうか。
堂々と校内の情勢を操作したと打ち明けた神無月の介入を疑ってしまうほどには尾白と日向の仲は多くの生徒に取り沙汰されていた。
神無月からのギャラリーを利用した監視という線も考えたが、そんなことをしなくてもこれだけ注目されていれば日向と尾白の動向はあっという間に校内を駆け回るだろう。或いはそれが目的なのか。もしくは別の人物による奸計か。
何にしてもこれ以上考えてもきりがない。答えも出ないので、ひとまず二人は改めて今後の方針を決めることにした。
図書室通いがめぼしい成果を生まなかったことは先に書いた。しかし記録はなくとも人々の記憶には白い毛玉の存在が確認されることから、文献や資料に当たるより聞き込みの方を優先すべきでないかとそこに意見の一致をみる。その証言とて神無月に操作されていないとも限らないのが苦しいところだが、この状況で日向に接触を図ろうとしている生徒がいるのは都合が良い。それだけ聞き込みの回数が増える。
また、そもそも白い毛玉という観点は正しいのかという根本的な疑問も出たが、それくらいしか手掛かりがないのでこの線でいくしかないとの些か消極的な結論でまとまった。
ちなみに尾白が見える神無月の糸は神無月が糸をつける際、または糸をつけられた本人が神無月から発せられた命令を遂行している最中に見えるという。これはその人物の喋っている内容が嘘か本当か見分けられるものではない。仮にその人が神無月の能力で偽の情報を信じ込まされていたとしても、本人の意思でその情報を喋っているなら糸は出現しない。その情報を話すことを神無月が命じていれば糸は出現する。
次に人員についてだが、引き続き今の状況を維持することにした。この先玉生や他の友人達に協力を頼むこともあろうが、その時は今よりもっと状況が変化した時になるだろう。その際に能力を含めた事情について話すかどうかは尾白から日向に一任されている。
そこでもう一度日向が改めて卯月に礼を言うと、卯月も卯月で図書室に通うことで会話を交わすクラスメイトができたからいいという。それより雨月にもしっかり感謝しておきなさいと念を押されたので、日向は勿論だと頷く。
後は――と、日向は卯月から視線を移動して窓の外を見る。日向の意識は空というより屋上に向かっていた。彼は今日もあそこにいるのだろうか。
「何を考えてるのか聞かなくても分かるけど、ここは聞いておいた方がいい?」
「聞いてくれるんだ?」
「他に聞く人がいないんだから、しょうがないでしょ」
言い方はそっけないが声音は優しい。瞬間的に尾白の声を思い出して日向の胸にじわりと染み出したものがある。その波紋が描き出し浸透してくるものに合わせて、日向はゆっくり言葉を吐き出していく。
「僕が先輩にできることって何だろうって考えてた」
どこか敬虔な信者のような面持ちで日向は言う。
卯月だって雨月への思いと日向の尾白への感情をお互いに語り合っていたのだから気持ちは想像つくのではないかと水を向けてみると、分からないでもないけど、と返ってきた答えは肯定とも否定ともつかない。
「恋愛と友情は違うもの」
たった一言のシンプルな理由だったが、決定的な違いでもあった。二人がこの話題を語るときにあえて避けていた違いでもある。
許容範囲が違う。線引きが違う。求めるものが違う。似ているところもあれば相容れない部分もあり、時にはその境目が曖昧だったり混ざっている場合もあるだろう。一口に好意と言ってもその差は大きく、また恋愛感情に限定してみたところで一人一人分量も大きさも深さも違う。人によって異なるその人だけの好意の形がある。
でもうまくいいといいわね、とこっそり付け足された言葉に、うん、と日向は子供のように同意していた。
とりあえず尾白の悩みの解決に日向が力を貸すのは難しいようなので、思い悩む尾白の息抜きになりそうな、そして気分が明るくなるような策はないかと日向は再び窓から空を眺める。どこか希求する思いが窺われるその面差しに、卯月の口元が全く仕方がないんだからと言いたげに曲げられた。
やがて日向の携帯に着信が入る。確認してもいいかと卯月に尋ねるといいと言われたので開いてみる。矢田川からで、部活の先輩から回ってきたものをお裾分けするという内容だった。なんだろうと思いそれを表示して目にした日向はふっと顔を綻ばせる。こちらを気にしていた卯月にも同じものを見せた。
ごつい顔をしたじゃがいも、セクシーに足を組んだ大根、ハートというよりむしろお尻に見えるトマト。次々に映し出される野菜達はユニークでどこかしら愛らしい。
「ダメ、こんなの見たら笑っちゃうわ」
卯月の笑いを含んだ感想に日向も同意し、それからハッと目を見開く。名案を思い付いたという顔で、そして何かを猛烈に考え始めた。察した卯月が、程々にしときなさいよと半ば呆れた声をかけた。


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