花結び28



「ほ、本当にいいのか?」
目を開いた玉生は悪戯っぽい表情で日向を見返す。
「言ったろ、友達だと思ってるって。……俺も絶対気にしないのは無理だろうし。そっちの方が俺としてもやりやすいかなって思った」
日向の方こそいいのかと聞き返されたので、発案者に向けて何を言うかとふんぞり返れば今度こそ玉生がはっきり笑った。日向の手の甲に玉生の手の甲がぶつかる。
「これからよろしく。――いや、これからもよろしくかな」
そう言われて日向の嬉しさが弾けた。
それから日向は玉生に肩を貸して車まで送ることになり、その道中に玉生がしみじみと言う。
「これはまた尾白先輩に日向を売り込みにいかなきゃいけないなあ」
なんだそれはと日向が訝ると、うちの日向はお買い得ですという営業だとしれっと答える。日向はあからさまに悔しさを滲ませた。
「くっ、僕が先輩にしたアピールとほぼ丸被りなのが辛い」
「日向マジでそんなことしてたのか」
わざとらしく驚いてみせた玉生に、日向もこれみよがしに拗ねてみせる。
「玉生には報告したんだから知ってるだろ。……でも、先輩の迷惑になるようなことはしてないよな?」
最後にちらっと心配そうに付け足された言葉と視線に、今度は玉生が冷静に容赦なく切り返す。
「お前が言えた口か?」
「……返す言葉もない」
日向の方はむしろ自虐を狙っての発言だったのだが、さすがにそこまでは言わなかった。一連の応酬の後に顔を見合わせた二人はどちらも軽く笑みを溢す。
玉生と日向の間には今の自分達の距離感を探る無言の読み合いがあった。どうやらこの調子だとさほど苦労することなく友人としての関係を結び直せそうである。
車に辿り着いた日向は玉生を送り出す前にせめてこれだけはと離れる間際、目を合わせなければいいと囁いた。具体的なことは言わなかったが日向の意図は伝わったようで、見返した玉生が微かに頷く。待っていた勅使河原と二言三言会話をし、日向は矢田川と共に友を乗せた車を見送った。


検査結果が問題ないといいと喋りながら日向と矢田川は校舎へ戻る。日向は不躾ながらやはり泣きはらしたと分かる同級生の顔をつい窺ってしまう。矢田川は照れくさそうに手で顔を覆った。
「あんまり見ないで〜。私ってば結構子供っぽいみたいで……玉生から聞いた?」
「うん、その、ごめん」
「いいのいいの〜」
礼儀を欠いていたと謝る日向に穏やかに笑う矢田川だが、彼女にも今回のことについて知る権利があるだろう。
「あの、矢田川さん。今回の――」
日向が切り出そうとする前に、いいの、と彼女は日向を制する。
「皆が無事でいてくれたら私はそれでいい。そう思えたから」
と、ゆっくり教え込むように言う。彼女も彼女で何かが吹っ切れたらしい。そして矢田川は日向を真っ直ぐに見つめて問う。
「日向は?」
「え?」
「日向の方こそ大丈夫?」
何に対して聞かれているのか分からず即答しかねたが、身を案じてくれているのは分かる。日向は自らの胸中を探り、正直に答えた。
「……どうだろう、相手次第ってところかな」
「そっか〜。うまくいくといいね」
「うん、ありがとう」
「だからそういうのはいいって言ってるでしょ〜」
そう言って子供っぽく唇を尖らせる矢田川に、日向は微笑ましく表情を崩す。そんな会話をしながら靴を履き替えると廊下には尾白がいた。ちょうど日向と玉生が話し込んでいた場所に立ち、ぼうっと窓から外を眺めている。ただそこにいるだけで視線が吸い寄せられる。絵になる人だった。
玉生に会うまで一緒に行動していた彼はとっくに自分の教室に戻ったと思っていたのに。
駆け寄っていきたい気持ちと躊躇う気持ちがせめぎあう。そんな日向の背にやわらかく添えられた手がある。
「本当はサボっちゃいけないって言わなきゃいけないんだけどね〜」
矢田川も玉生や勅使河原が目を覚ますまで付きっきりでいたというから、今日は日向も矢田川も学生の本分を全うできていないことになる。
今日は二人とも悪い子になっちゃったね、との日向の感想に矢田川は、ほんとにね、と秘密を共有するように同意する。
「間に合わなかったらまたノート貸したげる」
ぽんぽんと優しく背中を叩かれ、自然と足が前に出た。そうすると次第に尾白に引き寄せられるようにして日向の歩みは早くなる。そのまま後輩は先輩の元へ迷いなく進んだ。


***


尾白が何をするでもなく中庭をぼうっと眺めていると、先輩、と日向が声をかけながらこちらにやって来た。その少し駆け足でやってくる姿や、近くに来て尾白の隣に収まるその存在感にももう慣れた。だが日向の表情や雰囲気にはどこか固いものがある。玉生に何かあったのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
話したいことがあります、と日向は尾白に面と向かって言う。さっき話しかけたことかと聞くとそうだと言う。そのまま話し出しそうにするのを止め、尾白は日向をもっと近くに呼び寄せて肩を組んだ。普段は気にならない周りの雑音が気になったのだ。あの雰囲気で話し出される内容なら日向の言葉が聞き取りにくいのは避けたかったし、これなら聞き漏らすこともなく他の人間に聞かれる心配もないだろう。
日向は体を束の間強張らせたもののすぐに平常心を取り戻し、尾白を見る。尾白も日向を見た。この距離感でこの後輩を腕のなかにおさめるのも何度目になるだろう。
窓の外ではそれまで晴れていた空が急に曇り始める。陽光が遮られて暗い。一雨くるのかもしれない。
「先輩とあの人が話している間、僕は思うことがありました」
日向は告白の時と同じ緊張感を持って尾白に挑む。
「僕は先輩に告白しました」
「されたな。俺は断った」
「はい。それでも傍にいられたらいいと――そう、思っていたんです」
でも僕はそれだけじゃ満足できませんでした、と苦しさと切なさを綯い交ぜにして後輩は目を伏せる。
「もっと先輩のことを知りたいと思いました。僕のことを、知って欲しいとも思いました」
それくらい好意を持つ相手になら当然じゃないのかと言うと、そうではないのだと再び視線を合わせて日向は訴える。
「僕が先輩に事ある毎に好きだと伝えていたのは、ただ気持ちを伝えたいだけじゃなかったんです。僕がずっと好きだと言い続けていれば、先輩もその気に……つまり――洗脳、してしまえるんじゃないかと、そう思わなかったと言えば嘘になります。これってあの人がしていたことと何が違うんでしょう?」
後輩はこのことが原因で突き放されるならそれはそれで構わないと、覚悟が座った目をしていた。
「尾白先輩に僕の作ったものを食べてもらおうとしたのも、枕になろうとしたのも、人間の三大欲求のうちの二つを満たせればこんな僕でも少しは先輩に意識してもらえるんじゃないかと思ったからで……さすがに最後の一つは難しいので始めから選択肢には入れませんでしたけど。……どうでしょう、これでも同じではないと言い切れますか」
なるほど、一応あれらの行動は日向なりに考えた策略ではあったのか。そういえば弁当の時には胃袋をつかみたいとそのものずばり言われていた。
尾白はううんと唸り、慎重に言葉を選ぶ。
「まず大前提で日向の言葉は俺に強制力は持たない。これだけでもあいつとは違う」
それでも日向の不安と決意の色は無くならないので、尾白は続けて言う。
「それにあいつにも言ったけど、思い込まされる方も幸せなら、それならそれで俺は構わない。例え嘘でもばれずに最後まで吐き続けるなら、それはその人にとっての真実になる」
それが尾白の考えであり理屈だった。ただ、と尾白は付け加える。
「誰かを傷付けたり、その責任を他の誰かに擦り付けるのが気に入らないだけだ。だから仮に日向から俺への洗脳が有効だったとしても、俺はお前を変に思ったりしない」
尾白の意見は彼一個人の意見に過ぎず、それとて絶対に正しいわけではない。だが少なくともこのとき日向は尾白の意見を求め、尾白はそれに応じた。
しかしそれでもまだ日向の憂鬱は晴れない。尾白はいかにも仕方ないなあという態度で、腕を後輩の肩から腰に回す。日向は尾白に責められ罰せられたいのかもしれないが、残念ながら尾白にその気はない。ぐっと体を引き寄せ、日向くんに決定的な違いを教えてやろうと低音で耳元に囁く。後輩の体が吐息のくすぐったさに身動ぎした。
「日向の言う通りなら、俺は俺を好きになってなきゃいけない。でも俺はナルシストにはなってない。そういうことだ」
そう言って体を離す。目の前の日向はぽかんとしている。
「え?……ええ…っと?――ちょ、ちょっと待ってください。だから、その、つまり……?」
必死に尾白の見解を理解しようとする日向に、いいぞ惑え惑えと尾白は悪役のようなことを思う。尾白はいまさぞかし意地悪な顔をしているに違いない。
日向が言っていたのは尾白が好きだという事実のみで、それが言葉通りに作用するなら尾白は尾白が好きだということになる。また日向が尾白が好きだというところまで含めたとしても、それならそれで尾白に何の不都合があるだろう。事前に知らされている事実を繰り返し言われているだけなのだから。
日向が形振り構わず尾白に同じ気持ちを返して欲しかったのなら、尾白に好意を伝えるだけでなく尾白にも日向に好意を返すよう要請すべきだったのだ。

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