花結び21



日向とのじゃれあいが一段落した雨月はつつつと尾白と卯月の傍に寄ってくる。日向は尾白と目が合うと優しく顔を綻ばせた。自然に出たもので無理をしているわけではなさそうだと分かり、尾白も日向の微笑みを見て去来した和やかな気持ちのまま日向を見つめ返す。するとその日向の肌にほのかな色味が付き始めた。その後輩の肌を染める色が好ましいと尾白は思う。
「それにしても懐かしいねえ、昔は二人でお笑い」
「わーーー!わーーーー!」
しみじみと腕を組んで思い出を語り始めた雨月の口は横から素早く伸びてきた親友の手に遮られた。もごもご言っている雨月に、卯月は必死の形相で首を横に振る。どうやら知られたくないらしい。雨月が何度も頷くと恐る恐る手は外されたが、卯月の警戒は消えていない。
「あとはね、魔法少女ごっ」
「わーーーーーーー!!!」
より一層取り乱した卯月は雨月の頭を脇に抱えて尾白と日向から背を向けた。何やら二人でひそひそ話し合っている。二人の間でどの思い出話なら人に話してもいいか、線引きを決めているのだろう。
残された尾白と日向は顔を見合せた。思いの外、雨月には楽しくても卯月には黒歴史と言える思い出が多いようである。
さて積もる話もあるだろうが、鉄は熱いうちに打てともいう。尾白は卯月に聞きたいことがあった。今なら変に拗れずに聞き出せそうだ。尾白の視線を追い、日向が察して、では僕が雨月さんを教室まで送っていきましょうと提案する。本来なら僕も聞かなければいけないんでしょうけど、と済まなさそうにするのを尾白は気にするなと鷹揚に受け止めた。
尾白が聞きたいことは日向が嫌がらせをされていたことに関することだが、具体的に何を聞きたいか、何を知りたいのかは日向に打ち明けてはいない。正直日向がいない方が聞きやすい内容ではあった。
しかし玉生のことはどうするつもりだろうと思っていると、気持ちだけで十分だと言う。割と本気でついていくつもりだった尾白はなんとなく肩透かしを食らった気分で日向と雨月の後ろ姿を見送る。卯月がここじゃなんだからと箱庭に尾白を誘った。
「私もアンタに言っておきたいことがあるのよ」
そういう彼女の態度は威厳を取り戻して堂々たるものがある。


***


日向は横を歩く雨月の足取りがスキップでもしそうなほどに軽く、ご機嫌な鼻歌まで聞こえてくるのに自分でもつい表情が緩んでしまうのが分かった。玉生は人が楽しそうだったり嬉しそうにしているのを見るのが好きだと言うが、日向もその気持ちは分かる。なんだかこちらまで暖まるような、幸せのお裾分けをしてもらった気分になるのだ。
そんな日向に気付いた雨月も日向と一緒になってより一層笑み崩れるから、二人の間の空気はふわふわとやわらかくくすぐったい。
「本当にありがとうね、日向。二人が協力してくれたって卯月から聞いたよ。さっきも言ったけど、殿様にももう一回お礼言っといて」
「うん、二人がまた仲良くなれてよかったよ。僕達も協力したけど、うまくいったのは二人がお互いを大事に思ってたからだと思うし」
「えへへ、嬉しいこと言ってくれるね。でもお礼言いたいんだよう」
「あ、でも、尾白先輩がいてくれたから僕も頑張れたところあるし、そういう意味での感謝の気持ちはあるかな」
「殿様に?」
「そう、先輩に」
「日向はぶれないねぇ」
そういうとこ好きだよ、僕も雨月さんの明るさにいつも助けられてます、と言い合った後はへらりと笑う。こういうことは割とはっきり口に出せる二人だった。
二人は緑で囲われた箱庭から体育館側を回って昇降口に向かっている。校舎の二階からは格技場や体育館横に繋がる廊下が伸びており、その下を通り過ぎてそこから山を背に更に行くと駐輪場と駐車場があった。
「白い毛玉を捕まえようとしてたのは卯月さんのため?」
日向が聞くと雨月は明快に答える。
「うん。いいことがあるって聞いたし、きっかけになればいいかなって思って。私の方から行こうとしても何でか駄目だったから。でもああいう不思議なことに興味があるのも本当」
「一石二鳥だったわけだね」
「そう、イッセキニチョー!」
雨月は腕を振り上げて元気よく応じる。少しの間沈黙を挟んだ後にこう続けた。
「……嘘か本当か分からないけど、実際に見て捕まえたって人もいるんだって。この春から急にそういう噂が増えたとか」
ああいう話好きだけどそういう風に聞くとちょっと怖いね、と潜めた声は彼女の常の明るさとは逆に辺りを憚るような静けさがあった。
日向は何か考えるようにして、しかしすぐにそれを振払い校舎の向こうを透かすように首を伸ばす。ここからだと校舎の影になってグラウンドは見えない。特に考えなくとった進路だが、反対側を回れば良かったか。どうしたのと隣から雨月が尋ねてくるのにぼんやり答える。
「……玉生、どうしてるかなと思って」
「今の時間だったら部活じゃない?」
「うん、そうだったらいいな」
思いに沈んで煮えきらない態度の日向に、雨月が何かあったのかと聞いてくる。日向は雨月を振り返り――申し訳なくなった。さっきまであんなに嬉しそうにはしゃいでいた彼女は日向が迂闊に漏らした一言で神妙にしている。
日向は素直に昨日から玉生から連絡がこないことを打ち明ける。尾白のおかげで焦燥感は薄らいでいたが、それでも心配なことには変わりない。ただの偶然や無精ならいいのだけれど、このタイミングでというのが妙に日向の不安を煽った。
話し終えると雨月は迷わず言った。
「じゃあ、行ってみよっか。玉生のところに」
本当に何気なく当たり前のように言われて日向は二の句が継げない。日向は雨月を教室まで送り届けたら玉生が所属している部活へこっそり様子を見に行くつもりだったが、それに雨月も一緒について行くという。
「だって玉生の練習だったら、矢田ちゃんやテッシーも見に来てるかもしれないじゃん?」
矢田ちゃんとは矢田川のことで、テッシーとは勅使河原のことだ。矢田川はたまに本人に内緒でこっそり玉生の練習を見に行くことがあり、勅使河原もそれに付いて行くことがある。日向は具合の悪い矢田川を介抱したことがあるがその際に率先して彼女を背におぶって運んだのが玉生で、それ以来矢田川は日向や玉生を何かと気にかけてくれる。それだけでなくどうやら彼女は玉生に向けて何らかの感情の発露があるらしい。玉生の気持ちもあるのでこの件は静観している日向だが、それは卯月も勅使河原も同じだった。
その矢田川と勅使河原にも、そして勿論玉生にも再会した親友のことを報告したいのだと雨月は張り切っている。尾白と同じくさりげなく差し出された心遣いが有り難く、きっとうっかり携帯を充電し忘れたんだよとこれまた尾白と同じ理由をあげているのが日向の胸の内をくすぐる。
「……そうだね、じゃあお願いしようかな」
「任せて!」
頼もしく請け負った雨月と部活終わりの友を労って何か飲み物でも買っていこうかという話になり、じゃああそこだと二人のなかで目的地が一致する。玉生の好きな飲料は校舎の中でしか売っていない。
そして日向がそういえば財布は教室に置いてきた鞄に入れっぱなしだったことを思い出した。雨月が笑って、まずはそれを取りにいくことにする。
道中、雨月に無くさないよう通学鞄にいれていたという例の卯月との約束の品を見せてもらい、玉生と日向の出会いについて語らっているうちに昇降口に辿り着く。目的のものは一階にある。内履きに履き替えるべくそれぞれの下駄箱に向かうと、日向は自分の内履きの上に見慣れぬものが置いてあるのをみつけた。どうやら手紙のようである。
「……なんだろう、これ」
「なになに?」
取り出してみると、宛名も何も書いていない真っ白な封筒だった。好奇心を輝かせて近付いてきた雨月と一緒になって何だろうと首を捻り、日向が若干緊張しながら開けると中には真っ白な便箋が一枚。その紙の上に踊っている毒々しくも赤い文字列を見たとき、日向は何とも言えぬ薄気味の悪さが足元から這い登ってくるのを覚えた。
筆跡を誤魔化すためか、不格好かつ不自然な線で綴られた文字の羅列はこう読める。
――お前はあの人にふさわしくない――
たったそれだけの文字が、言い知れぬ鬼気を孕んで真っ白な紙の上にのたくっていた。


***


「……と、私が見たのはこんなところよ」
緑の庭園にて卯月が語った内容は、尾白が目撃したゴミ箱漁りをなぜ決行するに至ったか、それと合わせてとある人物の行動ついて尋ねたものである。できれば外れて欲しいと日向も心の底では望んでいただろうし、尾白も進んでその答えに辿り着きたくはなかったが、概ね考えていた通りの内容だった。彼女は一部始終とはいかないまでも、彼らの動静を客観的に目にする機会に恵まれていたのだ。
「でもホント、何でアイツがあんなことしてんの?友達なんでしょ」
尾白は答えない。口を開く気にはなれなかった。これだから人との関わりは面倒なのだ。だがこの暗雲を取り払わなければ、尾白は以前のようにのんびり構えていられないのも事実である。それは日向が傍にいることが、既に尾白の日常の一部になっていることを意味していた。
卯月は尾白から答えが返ってくるのを待っていたが、口を割らせるのは無理だと悟ったのか、仕切り直すように違う話題を切り出してくる。

戻る     次へ

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -