花結び13



尾白と日向を遠巻きにする者がほとんどの教室で、それでも果敢に二人に話しかけようとする生徒達もいた。日向のクラスメイトだ。目下話題の種がこの上もなく美味しい状態でいるのである。指をくわえて見ているなど勿体なくてできなかったのだろう。
「日向ぁー、今日は先輩くっつけてどうしたんだよ?――先輩も、珍しいことになってますね」
なんとか穏便に事を把握しようとする彼らの後ろでは玉生が苦笑いしている。彼はついさきほどまで物見高い生徒達からこれは何事かと質問攻めを受けていた。
尾白は日向の腕を持ち上げ可愛いらしいポーズをとらせたり面白おかしな挙動をさせて遊んでいたが、野次馬達の偵察を兼ねた様子見にこそこそと日向に耳打ちし出した。どうやら自分で答えるつもりはないらしい。
「えっと、守護霊?らしいよ」
適当極まる返答に話しかけてきたクラスメイト達は戸惑いながらも面白がる様子は消えず、気のいい彼らは二人の独特な交流をいいように受け取った。日向やったじゃん、どうなることかと思ったけどなと口々に喜んでくれる。
そしてそのなかでも特に日向に好意的で理解を示してくれている玉生が、うっすらと愉快そうに尾白をからかう。
「先輩、随分情熱的なんスね」
尾白に椅子を進呈し、騒ぎになりすぎないよう教室内に目を配り、廊下に群がる野次馬達には通行の邪魔にならないよう影ながら労力を割いていた玉生だ。こうしたことがスマートに淀みなくできてしまうのは、彼が普段からこうしたフォローを欠かさないからだと思われた。
ここでも答えたのは日向だった。
「いや違うんだ、これはそれっぽく見えるだけでそういうんじゃなくて」
「何でもいいよ。嬉しいなら素直に受け取っとけば。日向だって役得だって思ってるんだろ」
「くっ……はい、そうです」
弁明をばっさり切られた日向は、悔しそうにしながらも玉生の指摘を認めるざるを得ない。
尾白はその熱い頬っぺたをむにむに引っ張る。
「こいつもなかなかのもんだけど、お前も容赦ないな」
「事実っすからね。先輩ももっとやっちゃっていいスよ。公序良俗の範囲でなら気の済むまでどうぞ。その方が日向も本望だし、必要ならフォローするんで」
「俺としては逆に受け入れられすぎて心配になるんだけど」
「そこは先輩が調整してやってください。こいつ際限ないんで」
まるで手のかかる子供かペットのような扱いだ。日向は居たたまれなさそうにしている。反論しないのは二人がかりでやり込められるのが分かっているからだろう。尾白はこういう日向が新鮮だから、腕の中で縮こまっている日向につい目が細まる。
「いいって言うならそれこそ俺も際限ないぞ」
「日向を大事にしてくれるなら方法は問いません」
玉生はそんなことをさらっと言って尾白を感心させた。先の生徒達からも羨望のこもった眼差しを向けられ、日向は言わずもがなである。
何がすごいって目の前で尾白が日向の喉を撫でようとして押し止められ、そのまま絡めた指を組み合っては離れる無言の攻防のうち、勝利した尾白が犬猫にでもするように好き勝手に日向の体を撫で回すのを特等席で見物しながら平然としていられることだ。というか玉生にはこの行為は公序良俗に反しないのだろうか。先輩から後輩へのちょっかいというより、飼い主からペットへの触れ合いに近いという認識なのか。
「わあホントだ、すごくいちゃいちゃしてる!」
そこでひょっこり現れたのが雨月である。彼女は野次馬を掻き分け身軽に二人の前までやってくると目を輝かせてはしゃいだ。矢田川と勅使河原も後から続いてやってきて、どちらも溢れる興味が抑えきれないといった感じである。
やはり説明を乞われた玉生が見た通りだと事実を伝えると雨月のテンションが目に見えてあがった。
「日向とうとうゴールしたの?優勝しちゃったの?おめでとう!」
とんだ早合点だが、満面の笑みで誰も聞けなかった核心に切り込んだ彼女の蛮勇にギャラリーから声にならない称賛が送られる。しかしそういう遊びだと尾白が柳に風と受け流すと、素直にそうなんだと納得して引き下がった。周囲は曖昧に誤魔化されてもどかしそうだが、はっきりさせない焦れったさもそれはそれでと、新たな境地に目覚めた者もいたとかいないとか。
尾白はそんな雨月を見て、彼女はどちらかというと自分より日向の方に似ているんじゃないかと考える。人間、特定の部分だけを抜き出せば誰しも共通点はあるものである。
さてそんな時だ。尾白は同級生達の好奇心に付き合う日向へ、ある方向に向けて注意を促した。
尾白がこうやって目立つことをやっているのは先に挙げた理由の他に、もう一つある。
こうやって一つ所に注目を集め、誰もが同じような感情を持つように言動を取れば、その分他の感情から端を発する糸の見分けがつきやすくなる。尾白の感得する糸は思う感情が強ければ強いほど視界のなかで発光するように浮き上がって見える。今尾白は一際目立つその糸を発見した。それも見覚えのある糸だ。金にも似た光沢を放つ濃い黄色。逃走した不審人物から伸びていた糸の色だった。
日向は尾白から小声で出された指示を得て、表向きはぐずる尾白を宥めるように背後の先輩に顔を振り向ける。尾白の緩めた拘束から腕を抜き出して先輩の頭を抱え込み、首に腕を回す。尾白もこれ以上ないほど日向に懐く振りをして糸が指し示す方向を日向が見えやすい位置にずらした。
両者が展開した突然の二人の世界にギャラリーからは今までにないどよめきが起こる。注がれる視線はいよいよ熱く、ぎらついた。
尾白は糸が指し示す人垣の方向から一人一人日向に人相風体をあげていってもらう。小声での報告をかき消されないためぴったりと密着する二人が外野からどう見えていたかは、あえて書く必要はないだろう。
件の人物が姿を見せてくるかどうかは博打もいいところだったが、どうやら尾白は賭けに勝ったようである。
そうして日向があげた人物の一人に、尾白が目撃した朧気な記憶のなかの人物と相似性の高い生徒が発見された。どうせ気付かれまいと高を括っていたのか、そもそも自分の正体が悟られることを気にしていないのか、外見的特徴をいじった様子はない。幸運なことにはその人物の人相風体に日向も見覚えがあることだった。
「知り合いか?」
「いえ、なんとなく……そうだ、廊下ですれちがったり、視線を感じて振り向いた時にあの人がいたことが多かったです」
その人物から伸びる糸は雨月に繋がっている。
何にしろ尾白の目標はどうやら一つに絞れたようである。


一階の廊下の片隅にて身を潜めている尾白に日向が駆け足で寄ってくる。その足取りはいかにも忍んでいますといった風で、尾白も尾白で一年の教室が並んだその教室から見えないよう細心の注意を払いながら廊下の往来を窺う。ただその背後や通りすぎていくだけの生徒には全くの無関心であり、そちらからはかなりの注目を集めていた。怪しいといえば勿論怪しいのだが、そこにいるだけで視線を集めてしまう尾白はなるほど確かに隠密行動には向いていない。
「先輩、お待たせしました」
「ああ、こっちはまだだ。そっちは」
「ご指示通りに」
よし、と尾白が手招いて日向にそれまでいた場所を譲る。素直に移動してきた後輩の頭の上に後ろから顎を乗せた尾白は縦に連なって引き続き廊下を行き交う人並みを見守っていく。
日向はなんだか落ち着かない様子で、細く小さな呟きを落とした。
「なんだか緊張します……」
「俺は刑事ドラマみたいで結構楽しいけどな」
「あ、それなら探偵もありですね」
「それもいいな。じゃあ俺が探偵、日向が刑事ってことで」
「僕もですか!?」
こそこそしている割には呑気な二人だった。
先日の尾白による盛大なべたべた作戦のおかげか、一人が二人になるとそれまで訝しげだった通行人は途端に何だあの二人かと納得の色をみせる。騒ぎ立てたり声をかけてくる者もいない。どうやら二人セットでいると、多少おかしな言動をしてもそういうものとして片付けられるようになったようだ。何が功を奏するか分からないものである。
そうこうしているうちに日向の教室から一人の女生徒がでてきた。雨月だ。申し訳ないが今回何も知らない彼女には囮役として件の人物を誘きだしてもらう手筈になっている。
そのために話があるので昼休みに屋上に来て欲しいと要請した古式ゆかしい差出人不明の手紙を、こっそり彼女の身辺に忍ばせておいた。なおその手紙を書く際に恋文を装おうとした尾白と日向の間でちょっとした勝負が持ち上がったが、結果的にただのいちゃつきにしかならなかったのでここでは割愛する。
実際に出すことになった手紙にはそれこそ怪盗や探偵要素を彷彿とさせる文章がたっぷりとしたためてあり、フィクションならともかく現実で受け取るにはさぞかし怪しい出来映えだったに違いないのに、雨月は疑問に思わぬばかりかしっかり誘いにも乗ったようだ。その無鉄砲さはこちらとしてはありがたいが、それでいいのかとも思う。
日向曰く、雨月は取り分けああいうの好きで、動物的直感も鋭いから大抵のことはなんとかなってしまうのだという。嘘か本当か分からない体験談も色々とあるらしい。今時の女子高生はすごいなあと感心する尾白は日向を伴って廊下の人の流れを――いや糸の行方を探る。

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