花結び12



「最後の三つ目。単純にそれだけお前を嫌ってるやつがいる」
尾白は最後の指を折り、腕を下ろした。ただの度が過ぎた悪戯の可能性もあるが、挙げていけば切りがない。
全て聞き終わった日向は、それで先輩は僕に糸のことを打ち明けてくださったんですねと尾白に理解を示す。特に一つ目は尾白の不可解な能力を前提にしたものだ。
「尾白先輩は他に……いえ、僕は素直に考えれば三つ目か、もしくは二つ目を絡めた理由が妥当かと思うのですが」
と、吹っ切れたように見えてもまだ“犯人”からの悪意を気にせずにはいられないようである。何か言いかけたのは、尾白が他に奇妙な能力者のことを知っているのか聞きたかったのだろう。
尾白はそんな後輩の様子をさりげなく盗み見ながら、とりあえず件の“犯人”の正体に迫るのは次にあちらから仕掛けてきた時で構わないかと尋ねた。
「ええ、それは……構いませんが」
「それとは別に確かめたいことがある」
そこで尾白は日向が語った異変のうち、物がなくなる以外のことで日向が溢したそれらしい心当たりを取り上げる。
「確か、視線を感じるんだったか」
「はい。といっても本当にそんな気がするだけで……ああいうことが続いていますから、僕が勝手にそう思い込んでるだけかもしれないんですけど」
事の真偽はさておき、いつそう感じたのかを聞くと状況をはっきり思い出すのは難しいという。ならばと日向が常日頃共に行動する機会が多い人物をあげてもらうとそれが雨月と玉生の両名でありどちらも高校からの付き合いで、雨月とは同じ役についてから、玉生とは席が前後していたのがきっかけだったという。
「雨月さんは誰にでも分け隔てなく接する人です。朗らかで活動的で。一緒にいると気分が明るくなってきますね。そういえば、以前僕を見ていると思い出す人がいると言われたことがあります。逆に僕は彼女を見ていると尾白先輩を思い出します。こう、芯にあるものというか生き様が被るというか――え?ああ、はい。玉生はいいやつですよ。自分の労力を惜しまず尽くせるやつです。一見無愛想ですが、礼儀や気配りができて、よく話も聞いてくれる……本当に、いいやつなんです。体が丈夫なのでそのぶん自分を顧みないところがあるから、そこは心配ですね。昔からサッカー一筋だそうで、今も部活で頑張ってますよ」
最後に尾白と徳さんが日向と日向のクラスメイト達と廊下で鉢合わせたとき居合わせたのは玉生と雨月で間違いないかを確認し、尾白は頷く。
「よし、じゃあ釣れそうなところから釣ってみるか」
ちょうどいい感じに風も吹き、締めに使った台詞は大層雰囲気が出ていいものだったが、そう言った舌の根も乾かぬ内に尾白は時間を確認するや早速日向を招き寄せにかかった。心得た後輩は尾白の前に移動し足の間に座り込む。尾白は日向を遠慮なく抱きすくめると頭を凭せ掛け、残った時間を自らの幸福と怠惰のために費やすのだった。


「じゃあ作戦開始といくか。日向にも協力してもらうぞ」
「はい、勿論です」
きりっと真面目に宣言し、重々しい尾白の様子に日向も同じくシリアスに応じたのだが、それから間もなくどうしてこうなったと心のなかで何度となく嘆く羽目になった。
「あのう、先輩。これはどういう……」
「作戦だ」
「は、はあ」
きっぱり断言する先輩にそう返すのが精一杯の後輩へ、尾白は腕の力を強くしてより密着する。日向は体を固くしてのぼせた顔色をし、尾白のなすがままである。そんな二人のやり取りに周囲からは絶え間なく歓声のような、或いは冷やかすようなざわめきがあがっている。
そう、彼らはいま衆人環視のなかぴったりとくっついて憚らず、ともすると至近距離で密やかに会話し見た者の方が羞恥を覚えるような接触を図っているのだった。
時は昼休み、場所は日向の教室。主に一年が集結するこの教室へ尾白が押し掛け、自分の席に着いている日向をこちらも椅子を拝借した尾白が後ろから我が物顔で抱き締めるという、学校という場には似つかわしくない場面が展開されていた。
ちょうど抱かれ枕を実践している時の格好に近いが、これを教室でふざけた様子もなく堂々と、しかも離れる様子など微塵もないとくれば周りが騒然とするのも仕方のないことだろう。加えて尾白の方は見せつけていると取れなくもない態度なのだ。
日向のクラスメイト達は尾白とのことを承知しているから、これはもしやと野次馬の血が騒ぐらしく誰も彼もが尾白と日向の動向を気にしている。それはクラスメイト以外の者でも同様で、教室の出入り口から窓にかけて興味津々に好奇の色を浮かべた生徒達が連なる。人が人を呼んだのか、見たところ一年以外の生徒も詰め掛けなかなかの注目度だった。
なかには携帯を構えている者もいる。どちらも首から下のみ、個人情報は伏せ声も入れずネットにもあげないと厳守できるならいくら撮っても構わないと尾白が宣言したせいで、今日だけでいくつの記録媒体に二人の姿が収められることになるのか、最早考えるのも面倒なほどだった。携帯を取り出している者の半数は至極楽しそうに――いやギラギラとした煮えたぎる情熱で被写体を撮影して止まないから、上記のような条件でも面白い人には面白いのだろう。撮られた後のことは各々の良識に任せるしかない。
物珍しさが手伝っているせいか、尾白と日向を囲む人々の中には今にこれ以上の何かが起こるのではないかと、露骨に事態の混迷を期待する向きがあった。しかしこの場で尾白ができることと言えばこれみよがしに日向にちょっかいをかけることくらいで、それとてギャラリーのためにやっていることではない。
そうでなくても身の置き場がなさそうな日向へ「俺の腕の中にいろ」とキラキラ効果を散りばめた決め顔で甘く囁き、あまりのことに感情がパンクした日向を抱き寄せ「いいから大人しく抱かれてろ」などと情感たっぷりに妖しい台詞を大盤振る舞いする尾白に、それを一身に引き受ける日向の羞恥は尋常なものではない。火照り始めた日向の体は熱いくらいに体温があがり、薄っすら汗をかくほどである。日向にとって気の毒なことにはこの一種のプレイじみた言葉や拘束を尾白がまだ当分止める気がないということで、それでも圧倒的な羞恥に苛まれながらも恍惚とした色が見え隠れするのはさすがと言うべきか。
尾白がもぞもぞと日向の首筋に懐いて悪戯に息を吹き掛けてやれば、日向は情けない声をあげて反射的に尾白から逃れようとする。いつまでもこれには慣れないらしい。屋上でこういったことをやる分には枕としての本分を全うする意識が働くのと慣れもあって大分マシらしいのだが、今回のような場合は場所柄故にどうしても恥ずかしさが先に立つようだった。
尾白は緊張から強張る日向をその腕でしっかりと抑え、その耳元に日向にだけ聞こえるように囁く。日向はくすぐったげに首を竦めた。
「前に犯人の動機の話しただろ」
「――は、はい」
とりあえず日向が示唆した“犯人”の方は今は置いておくとして、目下尾白が目をつけているのはごみ箱を漁っていた人物である。どういう狙いがあるにしろ意図的に日向のプリントを探していたのなら、普段から日向の身辺をうろついている可能性が高い。尾白達にも知り得ない何かを見ている可能性があった。
尾白はその人物の顔を見ているが、残念ながらそこまで鮮明に記憶しているわけではない。髪や制服の着こなしなど、分かりやすい外見的特徴を変えられたら判断できるかどうかは怪しかった。それに尾白の方も相手に顔を見られている。加えて何かと目立つらしいので、色々な意味で地道な捜査には向いていない。
更に不審人物の逃げ足の早さも考えれば、追い詰めるより誘き出した方が早いのではないかと考えた。
「なるほど、だからこうして張り込んで炙り出すんですね」
そうだと答える前に、尾白はふいに顔を向けてきた日向と危うく接触事故を起こしそうになった。黄色い声と野太い声が入り交じった短い悲鳴、というか歓声があがる。お互い不慮の事態に固まっていたが、そのうち日向がぱっと顔をそらして俯いた。目をぎゅっと閉じ、消え入りそうな声で謝ってくる。こんなに密着しているのだからこういうハプニングもあろう。尾白はからかうような悪い顔で、しかしその手つきは十分な労りをもって後輩の頬から顎にかけてをするりと撫でる。またも周りから溜め息混じりのざわめきが漏れた。
説明を続ける。
尾白があえてこうした言動をとるのは日向に言ったような目的と、何より悪戯犯やその予備軍への抑止力を期待しての事でもあった。こんなに悪目立ちする存在にちょっかいをかけることへのリスクを鑑みた“犯人”が今までやってきた、やろうとしている所業を疎んでそのまま日向への悪行が沈静化してくれればそれで良し。逆に犯人側を刺激することになるかもしれないが、そこは事前に日向に了承を得ている。
後は単純にこうした悪ノリが尾白には楽しいというのもあった。すっかりノリノリの先輩は、よいではないかと町娘を手込めにする悪代官の気分を味わっていた。
尾白は後輩を構いながらギャラリーにさりげなく目を配る。例の視線を感じればすぐに報告するように腕の中の後輩へ言ってあった。ごみ箱の人物と視線の人物が同一人物なのかはまだ不明だが、仮に別々の人間だとしても日向の周りに張り付いているのであればできればどちらも捕まえたいところだ。
一方で日向はこの状況で気付けるかは怪しいと、ほとほと困った声を出した。

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