いつものようにレッド寮の十代の部屋でヨハンと十代はデュエルをしていた。
十代のHEROデッキとヨハンの宝玉獣デッキ。どちらもうまく使いこなしているが、宝玉獣は若干のパワー不足だったらしい、ネオスの一撃にやられてしまった。
「あーあ、俺の負けかぁ……」
「よっしゃあ!俺の勝ちだな!明日はドローパンおごれよ、ヨハン」
「へいへい、わかってるよ。でも、次は負けないぜ!」
「おう!……もう一回ぐらいデュエルしたいけど…そろそろ夕飯だな」
「レッド寮は早く行かないと食いっぱぐれちゃうもんな……急ごうぜ!」
デッキを手早く片づけて、食堂へ向かった。ガラガラと食堂の戸を開けると何人かは既に食堂へと来ていた。
その食堂の一角に普段は見慣れないものがあり、ヨハンは思わず駆け寄る。
「すげー!笹だ!パンダが食べるやつだ!!」
「……そういやもうすぐ七夕だもんな!」
笹の近くのテーブルには色紙とペンが置かれていた。短冊を書けということらしい。
笹には既に何枚か短冊がかけられている。こっそり見てみると『イエローに早くあがりたい』『彼女が欲しい』『ブラックマジシャンガールの精霊に会いたい』など、様々な願いが書かれている。
「俺たちも書こうぜ!!」
「そうだな!」
さっそく願い事を書こうと二人は短冊とペンを持った。
何を書くか悩み、しばらく短冊とにらめっこした後、十代はヨハンの方を見る。
「ヨハンは何をお願いするんだ?」
「まだ決めてない!十代は?」
「俺もまだ!こういうのっていざ書こうとすると書けないんだよなぁ」
「わかるわかる!普段はこうだったらいいなーっていうのがわんさか出てくるんだけどなー」
二人でうんうん悩んでいると、他の生徒も短冊を書きにきた。願い事は既に決まっているのか、短冊に書くと笹につけている。
そんな生徒にヨハンが声を掛けた。
「早いな。もう願い事決まってるのか」
「ああ…毎年願うことが一緒なんだ」
「へぇ……見てもいいか?」
「いいよ」
そう言われて二人でその生徒の短冊を見る。そこには『世界中の全てのカードを見てみたい』と書かれている。シンプルだが、かなり壮大だ。
「小さい頃から色んなカードを見るのが好きでさ、大変なことだし叶わないかもしれないけど……昔からずっとそれを願ってたんだ」
「確かに色んなカードは見たいぜ!俺たち、カード大好きだもんな!」
「ああ!」
そのままカードの話を少しして、今度その生徒に宝玉獣やネオスペーシアンを紹介する約束をした。
結局、すぐに夕食になり二人は短冊のことなどすっかり忘れてしまった。
ようやく思い出した時には既に七夕の前日だった。
しかも七夕当日は曇り空になりそうだと天気予報で言っていた。天の川は今年は見れないかもしれない。
しかしせっかくだしお願いは書こう、とヨハンはペンをとってようやく短冊に願い事を書く。
書き上げた願い事を見返して、何だか恥ずかしい気持ちになったのでヨハンは短冊を笹の中でも人目につかないところにつけることにした。
笹の中でも普通より下の部分、わざわざ屈まないと見えないところに赤い短冊をつける。
これなら誰かに見られて恥ずかしい思いをすることはないだろう。
以前より増えた短冊を少し覗いてみたが、十代のものはないようだった。
きっと十代も忘れているのだろう。
伝えてやろうかと思ったが、何をお願いしたか聞かれると予想したヨハンは黙っておくことにした。
「十代には内緒だからな、ルビー」
「るびぃっ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
七夕当日、天気は予報通り曇りであった。
予報で言われていたとはいえ、やはり残念である。生徒たちも残念そうに空を見上げていた。
夜になっても天気は変わらず、空が晴れることはなかった。
夕食をブルー寮で食べ終えたヨハンはレッド寮の十代の部屋へと向かう。
夕食後に十代とデュエルをする約束をしたのだ。
迷わないようにルビーに頼んで道案内をしてもらう。森の中は薄暗く、ヨハンは自然と早足になっていった。
そして森を抜ければレッド寮が見えた。ほのかに灯りがともっている。それにホッとしつつ、二階の十代の部屋へとヨハンはノックもせず飛び込んだ。
「十代お待た…せ………あれ?」
そこに十代はいない。
約束していたはずなのにおかしい。風呂か、食堂で誰かと話してるんだろうか?
そう思ったヨハンは今度は一階の食堂へと向かった。
ガラガラと戸を開いて中を覗くが数人の生徒がいるだけで、十代の姿は見えない。ここにいないとなると風呂だろうか?とヨハンが考えていると食堂で談笑中の生徒が声を掛けてきた。
「遊城ならさっき外に出掛けたみたいだけど」
「出掛けた?」
「短冊を見てたかと思うと急に慌てて走り出してさ。誰かに電話してたみたいだけど……相手はヨハンじゃなかったのか」
「ああ、俺じゃないぜ」
十代が慌てて飛び出していくなんて、本当に珍しい。
何か大変なことに巻き込まれたんじゃないかと考えるが、こうも行き先のヒントが無いとヨハンはただ迷うだけになってしまう。
どうしたものか……と悩んで十代が出ていく直前まで見ていた短冊を見ることにした。
笹には何枚かの短冊が増えている。見ていたということは、十代も書いたのだろうか。
何を願ったのか気になって、昨日から増えている短冊を一枚ずつ見てみるが……十代の筆跡の短冊は見当たらない。
「…………あ」
見落としていた。ヨハンが昨日書いた赤い短冊の隣に水色の短冊が一枚、そっと寄り添うようについていた。
妙に緊張しながらその短冊を覗く。
………そこには確かに十代の筆跡で、願い事が書かれていた。その願い事はヨハンを赤面させるには充分過ぎる、もので…………
「ヨハーン!」
ガラガラと再び戸が開き、ヨハンの名前を呼びながら入ってきたのは十代であった。
突然戻ってきた十代にヨハンはビクッと自分でも大袈裟な程に肩を跳ねさせてしまう。
十代の願い事を見たばかりなら尚更だ。
「ヨハン!一緒に来てくれ!!」
「へ!?ちょ、ちょっと待っ…」
いきなりぐいっとヨハンの腕を掴むと、有無を言わさぬ勢いで十代はヨハンを連れ出していく。そんな二人を見送った生徒たちは気をつけろよー、と軽く声を掛けると再び談笑し始めたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ヨハンと十代はレッド寮から近い港へと来ていた。
灯台の灯りはついているが、外灯などは無く、天気も曇りのために辺りは暗い。
「こんなところに連れてきて、一体どうしたんだよ?」
「なぁヨハン、やっぱり星って見たいよな?」
「へ?…そりゃあ、七夕だし見たいけど……今日は曇ってるからなぁ」
天気ばかりはどうしようも無い、とヨハンは苦笑した。
しかし内心では先程の短冊のせいで緊張している。
そうだ、十代が書いた願い事は――
「俺も。俺も星が見たいんだ、ヨハンと」
十代の願いはヨハンの顔を改めて赤くをさせた。それもそのはずで、ヨハンは十代と全く同じことを願っていたのだ。
暗い為にヨハンの顔が赤くなったのも気づかず、十代はそのまま続ける。
「ごめん……ヨハンの短冊見ちゃったんだ、俺」
「それはいいけど……」
「それでさ、見たらどうしても今日ヨハンと一緒に星が見たくなった」
そのためにここに来たんだ、と十代は言った。しかしヨハンにはさっぱりわからない。
星というのは空でキラキラと光っているもので、海に星はないはずだ。
そう考えて海にある星を一つだけ思い出した。
「…………遊戯さん?」
「へ?」
「いや、何でもない」
どうやらヨハンの思う星ではなかったようだ。
じゃあ何なのだろうか、海にある星とは。悩むヨハンを気にせずに十代はしゃがみこむと、足元にあるビニルひもを手繰りよせ始める。……どうやら十代の言う星は海底から引き揚げるものらしい。
「よし、かかった!」
そう言って十代が引っ張りあげたそれにはヨハンも驚いた。
透明な大きいビンの中に、青白く光る粒のようなものがたくさん浮遊しているのだ。
それはまさしく、小さな星空だった。
「すげー綺麗……これ、何なんだ?」
「ウミホタルっていう生き物なんだ。刺激を受けると光るらしいぜ」
「へぇ……ウミホタル、か。海の蛍とかそのまんまだな」
「だな」
しゃがみこみ、しばらく二人でウミホタルを眺めていたが、突然勢いよくヨハンが立ち上がった。そして近くの茂みをがさがさとし始めた。……何かを探しているようだ。
「ヨハン?何探してんだ?」
「んー……あ!あった!」
探し物を見つけたヨハンは再び十代とウミホタルの元へ戻ってくる。
ヨハンは何かを海で軽く濯いだ後、ウミホタルの入っているビンのフタを開けた。そして先程探していたのだろう、ペットボトルのフタを取り出すと中にいるウミホタルをそっとすくいあげる。
それをお椀型にした左手へと溢した。
小量の水でも小さなウミホタルなら死ぬことは無い。ヨハンの左手でウミホタルはビンの中と同じ様に光っている。
「星を捕まえちったぜ!」
ヨハンが笑いながら言う。
十代はそんなヨハンに笑顔になった。そしてにやりと笑うとビンを持ち上げる。
「俺なんか星空を持ち上げてるんだぜ!」
「あ!それはずるいぜ!!」
「すげーだろー!!」
自慢気にビンを持ち上げる十代が何だかおかしくてヨハンはクスクス笑う。
そんなヨハンに十代も同じように笑った。
「……来年も、一緒に星を見たいな」
ビンに入ったウミホタルを見ながらぽつりと言ったヨハンの言葉に十代は頷いた。
ビン詰めされた星空と、
(約束もそこに詰め込んでしまおう)