ゲームマスターの謀?

 鶯宿さんの術式は、“自らの寿命と引き換えに、対象の魂を身体の外に引っ張り出すこと”。
 非術師は、それで概ね死んでしまうそうだ。
 わたしは彼の手に掛かる今際の際、「信じられないほど抵抗した」らしく、顔も身体も、それはそれはグロテスクな状態になっていたらしい。
 結果的には、彼の手によって、強制的に魂だけにさせられた存在が、今のわたしである。たとえ呪術師でも、半月もこの状態でいられた人間は初めてだ――と、彼は言った。
 半月。そこで、また一つ新たな事実に思い至る。わたしは確かに、灰原さんと七海さんの前に、幽霊として現れていた。出会ったあの日から半月が経っているのだ。
 今、わたしがこの生得領域にいるのは、鶯宿さんがわたしを引き込んだに違いない。

「ひと目見て、とっても可愛い女の子だって思ったのよ。綺麗に殺してあげたかったのに、あなたってば阿修羅みたいに暴れるんだもの」
「それがわたしを生かそうとする理由? なんでわたしがあなたのお遊びに付き合って幽霊にならないといけないわけ。もうなってるけど」
「人聞きが悪いわね。ご褒美だって言ってるじゃない」
「別に未練なんかないからいい。早く術式解いて殺してよ」
「威勢がいいわね〜。ますますファンになったわ」

 話し方に惑わされ、二重、三重の意味で翻弄されている気がした。
 見目は男だ、ひょろりと痩せ型で、不健康そうな人間の男性そのもの。彼がわたしへ向ける感情の正体は、言葉通りのファン心理なのか、はたまた嫌がらせか。まさか恋情?彼の好意が理解できない。それとも、呪霊にそんなことを問い掛けても無駄なのか。

「確かにお遊びかもね。でも、この世に未練がないなんて嘘に決まってる。アタシを祓おうとしたあなたの実力、鬼神の如く……っていうか、真っ当に狂ってた。一体あの時、何を守ろうとしていたのか、教えなさい」

 わたしは肩を竦める。口で言えば満足?と問うと、彼は黙って首を横に振った。なんて面倒な人……もとい、呪霊に気に入られてしまったのだろう。選択肢は徐々に、一つの道筋に集約されてゆく。

「……ねえ。わたし、本当にあまり、幽霊になる前のことが思い出せないんだけど。これもあなたの力なの?」
「そうねぇ。アタシの寿命の残り時間が、あなたの幽霊としての命でもある。きっともう永くないのよ。死ぬ前に色々なものを失っていくのは、生きてる人間も同じでしょ?」

 では、灰原さんにわたしの声が届かなくなったのは、きっとそのせいだろう。最初に失ったのは、記憶だったのだろうか。

「……最期に失くなる記憶が、わたしの未練ってこと?」
「それはどうかしら。アタシには、人間のことはよくわからないわ」
「呪いって人の思いから生まれるんでしょう。そんなの、おかしいじゃん」
「人の思いが美しいだけなら、呪いは生まれないわ。アタシを生かしてるのは、あなたの“後悔”じゃないかしら」

 彼は美しく笑み、わたしの両肩をとんと押す。ふいに、何の感覚もない奈落の底へ、透明な身体が落ちていくのを、両目が捉えた。彼の姿がはるか上空に遠ざかってゆく。

「戻って探しなさい、あなたの未練、それから後悔を。その時、アタシとあなたの命は終わる」

 終わって、それであなたはどうするの?
 わたしの問いは、真っ白な奈落に立ち消える。掠れ消えた声音に、わたしはまた透明になり、高専に戻ることを直感した。



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