おばけになった日のこと。

 夢を見るはずのない実体のない身体が、夢を見ている。寝ている時に見る夢だ。
 宙に浮いた身体は深い森の上空に在り、わたしはそこから鬱蒼と茂る木々の間を見下ろしていた。
 誰かが戦っている。細長い体躯の男と、赤い髪の女だった。
 両者の顔は薄暗い夜の闇の中で判然としない。激しい戦闘の中、どちらもわたしの姿を見上げることはない。
 やがて男の右手が、血濡れの女の顔面を鷲掴みにした。直後、男の細長い左手がしなやかにうねり、激しく抵抗する女の首を引っ掴んだ。女の息も声も全て、喉と一緒くたになって捻り潰される。たぶんあれは、そういう瞬間だった。

 あれは、わたしが死んだ瞬間だ。
 思い至ると同時に、身体がどこか見知らぬ空間に放り出され、床に転がされていることに気付く。ふれている間だけ、その接地面と身体との間に感触を感じる。だが、ひとたび離れてしまうとその温度も痛みもスッと消えてなくなる。

「やっほー、■■ちゃん。アタシのこと覚えてるかしら?」

 不意に声を掛けられ、わたしは顔を上げた。目の前に長身の男が立って、手をひらひらと振っていた。

「……えーっと?」
「あらァ、忘れちゃったの? あんなに睦まじい時間を過ごしたっていうのに」

 気色悪い、と反射的に不躾な言葉が出た。言葉になった後も反省する気にはならなかったが、男は不思議とニヤニヤとした表情のままだ。そのシルエットと表情に、一つの記憶が呼び起こされる。

「もしかして、わたしを殺した人?」

 否、人ではない。あれは人によく似た姿の呪霊だった。目の前の男は笑みを深くする。

「そうよ〜。思い出した? アタシは鶯宿よ。改めてよろしくね」
「よろしく。ここはどこなの?」
「さっぱりしてるわね……。あなた、アタシにグチャグチャに殺されたっていうのに」

 今となってはどうでもいい。鶯宿と名乗ったオネエさんの顔を見上げて、思ったことをそのまま口にすると、彼(彼女?)は「やっぱり、あなたいいわぁ」と気持ちの良い笑顔を向けられてしまった。わたしは構わず、真っ白い空間の奥まで歩みを進める。

「ここはアタシの生得領域よ。っていっても、アタシもほとんど死に体だけど。あなたに至っては、もう身体は死んでるわ」
「そうなんだ。綺麗なお部屋だね。なんでご招待してくれたの?」

 わたしの質問には答えず、鶯宿さんは懐から苦無を取り出した。見覚えのあるそれに、わたしは僅かに眉を動かす。
 わたしの死んだ瞬間が、彼の長い指に視界を塞がれて事切れる直前の光景が、じわじわと脳内に浮かび上がる。
 生前のわたしは、主に暗器を使う二級呪術師だった。
 ありとあらゆる仕込み武器を忍ばせ、刃物・爆薬・毒の類の扱いも手馴れたもの。
 単独任務で赴いた先で邂逅した鶯宿さんは、格上の呪霊だった。力及ばず敗れたわたしだが、毒を塗りたくって打ち込んだ苦無は、そこそこ彼を苦しめたらしい。

「アタシ呪霊だからねェ、呪力を巡らせて、毒を薄めた。死にはしないんだけど、まぁでもどの道老い先短いし、生きてても面白いこともないし。最期にあなたと遊びたいなって思って」

 あまり質問の答えにはなっていない気はしたが、ひとまずわたしは黙っていた。鶯宿さんは続ける。

「若くて可愛い■■■■ちゃん。アタシを追い詰めたご褒美に、幽霊として生きる時間をあげる」



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