まつ毛が長いと気付いた。
昇降口を並んで出ると、雨が降っていた。
ぱらぱらと音を立てて注ぐその勢いは大したものではないが、足元の窪みにできた水溜まりには絶えず波紋が広がる。傘持ってないよと、さして悔しそうでもない声音で灰原さんが呟いた。
「七海がいたら絶対に怒られてた。天気予報見てないのかって」
「見てないんですか?」
「見てたのに忘れた! 降らないといいなって思ってたんだけど」
降っちゃったなぁと苦笑を浮かべるその顔は、やはりどこか楽しそうだった。
彼の隣で、地面から数センチ浮かんで浮遊するわたしの両目を、はっきりと見つめて笑っている。どんな時でも楽しそうにしている灰原さんの性分は、生前のわたしと似ている。初めはそう思っていたけど、彼の方がずっと前向きだと、今では感じる。
「走って寮まで帰ろう、おばけさん」
言うが早いか、屋根のない曇天の下に灰原さんは駆け出した。
わたしはその背を追いかけて、彼の名と同じ灰色の空の下に、透明な身体を“前進させた”。
わたしをすり抜けて雨滴は地面を打つ。細く降り注ぐ透明な雨水は、前方を走る灰原さんの黒い制服の肩に染み込んで、溶けるように黒く同化してゆく。
灰原さんの足元で跳ねる泥混じりの雨水は、逆に同化を嫌がるように、彼のスラックスの末端でその存在を主張するように、茶色の染みになった。
「早く制服を洗わなくちゃ。七海さんに怒られますね」
「え? うわっ、本当だ」
寮の入口で足を止めた彼は息ひとつ乱してはおらず、隣に並んだわたしを振り返ってまた微笑む。泥で汚れたスラックスに気付いた瞬間だけは、さすがに酸っぱそうな表情をしていた。
「結構濡れちゃってますよ。前髪とか」
灰原さんはわたしの指摘を聞いて、ぷるぷると頭を左右に振った。
犬じゃないんですからと言いながらわたしは笑い、灰原さんはわたしの笑顔を見て笑う。
細めたその両目の上に、雨の雫がきらりと光っていた。きれい、とぽつり呟くと、彼は何のことか合点がいかずに首を傾げた。
「まつ毛が長いんですね、灰原さんって」
じっとそこに視線を留めると、灰原さんはまるで時間が止まったような表情になった。
わたしは幽霊だから、誰ともふれあうことができない。だから容易く距離感を間違える。
「あ、近かったですよね、ごめんなさい」
すっと音も風もなく後退するわたしを、灰原さんの手が引っ掻いた。正確には引っ掻くことはできないから、彼の大きな手は空を切るばかりだ。引き留めようとしてくれたその手を見つめて、わたしは動きを止める。
「ねえ、きみの目もよく見せて」
ゆるく微笑んだ表情で、灰原さんは言った。どうしてと尋ねた、そのほんのひと声が掠れた。
きみのまつ毛の方が長いと思うから――と、彼は消えそうな声で続ける。声が小さいから聞こえない。それを言い訳にして、わたしは灰原さんの目を覗き込むように、その顔にゆっくりと近付いた。