未練との再会を果たす。

「あっ……七海さん、遅れてすみません!」

 おさげ髪の女の子が、慌てたようにそう言いながらこちらに駆けてくる。わたしは七海さんの背後に立っていたが、土壇場で少し離れた場所の、木の後ろに身を潜めた。
 現世に未練がなくなったと感じた時、自分がどうなるのかわからない。万が一、周囲に危害を加えるとも限らない。
 わたしを幽霊にした、鶯宿という呪霊の存在。今のわたしも彼の手が及ぶ存在なのか、それともそうでないのか、確証はない。わたしはそれが最も恐ろしかった。だから、この後出会うであろう『わたし自身と、わたしの親友』、そして七海さんを、何かの間違いで手にかけてしまうことがないようにしたかったのだ。
 命にかえてもそんなことはさせないつもりだけれど。万が一、今の私が前後不覚になったら、七海さんですら祓えないかもしれない。

「いいえ、大丈夫です」

 七海さんが女の子の声に応える。彼女の後ろにもう一人、赤い髪の女の子の姿が見えた。黒髪おさげの子は大人しそうで、赤髪の子は活発そうな印象だ。わたしはじっと二人の姿を見つめた。
 すると、黒髪の子が不意に顔を上げ、少々緊張したように肩をこわばらせた。視線はほぼまっすぐ、わたしのいる方向を射抜く。わたしはどきりとした。

「どうかしましたか、鬼怒川さん」

 七海さんが問うと、鬼怒川と呼ばれた女の子は「今、呪霊の気配がしたような……」と言った。
 高専の結界内には原則、呪霊はいない。わたしは極限まで呪力の漏出を抑えている。それでも勘づかれたとでもいうのか。七海さんは意外そうに、そして感心したように表情を和らげると、「おばけさん」と言った。わたしを呼んだのだ。

「二人とも。私の許可なく、攻撃などはしないでください」

 なんとも物騒な指示だ。わたしはほんの少しだけ緊張が解けた心地がして、意を決してその場に立ち上がる。木の影から三人の前に向かって足を進めた。

「えっ……!? 波月!?」

 わたしの姿が完全に見えたと同時に、鬼怒川さんが驚きに目をまるくして言った。隣の赤髪の子は「え?」と合点のいかぬ表情で鬼怒川さんを見つめる。

「こよみ? 何言ってるの?」
「……!? 波月、見えないの……? 七海さんの後ろに、あなたと同じ姿、の……、」

 きっと彼女は『呪霊』と言いかけて咄嗟に口を噤んだのだろう。
 相手を思う優しい気遣いと、呪霊や呪力への高い知覚能力。あぁ。間違いない。わたしが生前唯一得た、大好きな親友――鬼怒川こよみが、今、目の前にいる。

「おばけさん。あなたの親友は、ここにいる鬼怒川こよみさん」

 七海さんが口を開いた。後ろを振り返ってわたしの顔をまっすぐ見つめて、言葉を続ける。

「そして、あなたがずっと知りたかった名前は――波月美琴さんです」

――暗転。
 次の瞬間、わたしの目の前には三人の姿はなく、桜の木もなくなっていた。身体のどこにも、物質に触れている感覚がない。
 消えたのは、なくなったのは、果たして現世だったのだろうか。それとも、わたし自身だったのだろうか。



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