二度目の春、夢現を見る。

 死後二度目の春。七海さんは高専四年生になった。
 この春は桜が咲くのが早かった。呪術高専東京校は山奥に位置するため、桜が咲くのは四月下旬頃。だが、今年は見頃が早まると街中の大型モニターの中からアナウンサーが何度も伝えるので、わたしは少し早めに高専に向かうことにした。

「遅い」

 一年ぶりにわたしを見つけた七海さんは、開口一番そう言い放った。わたしは反射的に「ええ……」と声を漏らした。
 今のわたしは呪霊なので、人と話す機会が極端にない。誰かに叱られるなんていつぶりだろう。どう反応するのが正解かよくわからないが故の、声の端切れだった。

「え、遅っ……え? むしろ早くないですか? まだ咲いてないでしょ、高専の桜」
「桜が基準なんですか、あなたの帰巣は」
「桜センサーは搭載してません。でも戻ってくる理由があった方が良いでしょ、空振りに終わるかもしれないんだから。ていうか、帰巣って」

 七海さんは小さく息を吐くと「着いてきてください」と言ってわたしに背を向けた。会話をする気がないようだ。
 校門の外から中に入っていく彼の背を、わたしはおそるおそる追いかける。高専関係者でない者の呪力を感知すると鳴るはずのアラートは、鳴ることはなかった。呪霊の侵入程度では、呪力を行使していないと見なされるのだろうか。いずれにしても、わたしにとっては僥倖だった。

「おばけさん、あなたは同期の顔をひと目見たいと言っていましたね」

 七海さんの問いに、わたしは頷いて応える。

「あとわたしの顔も見たいです。名前も知りたい」
「わからないんですか、今でも」
「思い出せません。顔は鏡に映らないから、見えませんし」

 七海さんはそこまで聞くと、無言になってしまった。「わたしってどんな顔してるんでしょうか」と尋ねてみると、七海さんは振り返った。

「すぐにわかりますよ」

 ドクンと、胸の中で心臓が高鳴るのがわかった。呪霊の身体にもいっぱしの器官が宿っていることを自覚する。
 呪霊を視認できる七海さんには、わたしの姿が見えている。七海さんは今や、わたしの姿を知っている唯一の高専関係者だ。

「それじゃあ……」

 七海さんに質問をしようとした時、七海さんがわたしの目の前で立ち止まった。そこはグラウンドの端、桜の木の下だった。五分咲き程度の桜の木から、はらはらと白い花弁が散っていた。

「あなたの呪力が高専のアラートに感知されない理由は、もうわかったでしょう」

 七海さんが言った。その理由はきっと、わたしという人間が既に高専関係者だからだ。この春入学した新入生の呪力を高専に登録し、アラートの警戒対象外に設定されているのだ。
 七海さんはこの後、二人の一年生の引率役として任務に出るらしい。

「今年の一年生は、女性が二人です。そろそろ来ると思いますよ」

 桜の花弁が風に吹かれて舞い落ちていくのを、わたしは夢を見るような心地で眺めていた。



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