死後、一度目の春を征く。

 地面に押さえつけた呪霊の首を切って落とすと、間もなく事切れ、その身体は灰色の空に霧散した。わたしは両足を地面に着けてその様を眺めていた。手の中で重たい鎖鎌がじゃらんと音を立てる。
 暗器使いのわたしは、大きな武器はあまり使わない。素早い動きで相手を翻弄し、小型の刃物や毒でじわじわと追い詰める戦法が基本パターンだ。だが、呪霊になってすぐに、その戦法の弱点に直面することになる。高専にいた頃と違い、武器の調達ルートが限られてしまうのだ。そこである日、高専が追っていた呪詛師を先回りして仕留め、鎖鎌を横取りすることに成功した。それまでの戦闘の中で最も緊張した瞬間だった。
 呪詛師絡みの仕事は高専の任務の中でも緊急性が高い。下手を打つと高専関係者と接触するリスクがある上、呪詛師は呪霊と違って死後も身体が消えないため、何かあった時にその場に証拠が残りやすい。任務対象として追っていた呪詛師が何者かに呪殺されていたなんて、事件を大きくするようなものだ。それでも、わたしはその方法を選んだ。結果としては、高専の関係者に追われるような事態にはならなかった。
 鎖鎌は重たかった。生前から軽い武器しか使わなかったわたしには、まるで重火器のように思えた。刃先にこびり付いたまま錆付き、黒く変色した血液は、使い手の業を感じさせた。七海さんの大鉈を思い出す。使い込まれて持ち手が黒くなっていたけれど、常にきちんと手入れされていた。
 わたしは鎖鎌の刃の部分を石で研ぎ、錆を削ぎ落とす作業をやってみることにした。年代物のようで、見た目にほとんど変化はなかった。たとえ刃こぼれがなくなっても、業はなくならない。けれど、愛用の呪具を綺麗に保つことは良い事だと思った。

 もうすぐ、呪霊になってから最初の春が来る。
 おそらく幸運なことに、高専の関係者と接触する機会はなかった。呪詛師を先回りして始末したり、東京近郊の森で準一級の呪霊を祓除したりと、そこそこ目立つ行動をした自覚はあるのに、まだ存在を知られていないのだろうか。
 一人でいるのは寂しかった。死んだらどうなるのか興味が湧いた。そういう時には、灰原さんのことを何度も考えた。でも、わたしには死ぬ方法も、彼に会う方法もわからなかった。
 高専の桜が咲いた日、わたしは物陰に隠れて、校門を通り過ぎる人影をじっと見つめていた。七海さんはこの春、たった一人の三年生になる。制服姿の人影は、見慣れない姿ばかりだった。それに、女の子がいない。ということは、わたしや同期はこの年の新入生ではないのだろう。
――あと何年のうちに、わたしは、わたし自身に会えるだろうか。そして、最愛の友達に。
 自分自身の問いかけに、わたしは途方に暮れそうになる。呪術師の生きる意味が呪霊を祓うことだとしたら、死んでしまった呪術師であり、呪霊でもあるわたしは一体、これからどうしたら良いのだろうか?
 ふと懐かしい気配を感じ、わたしは顔を上げた。校門の前で七海さんがわたしを見ていた。わたしはじわりとまぶたに熱を感じた。あぁ。生きている。良かった。そんな気持ちを伝えたくて、わたしはほんの少しだけ、笑顔を作ろうと唇を動かす。

「来年の春、また来ます。わたしと、友達……わたしの最大の未練に、出会うために」

 それは、お互いに生きて会おうという約束でもあった。七海さんは少しだけ呆れたように、だがほんの少しだけ目を細めて応えてくれた。あれが七海さんなりの肯定なのだと、わたしは信じている。



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