生前よりも色鮮やかな。

「わたしを祓ってください」

 七海さんの見立ての通り、今のわたしは呪霊だ。実戦を通じて抗いようのない自覚が生まれた。
 その後に感じたのは、死んだ時以上の喪失感。
 迷いのない口調で懇願するわたしを見て、七海さんは「ちょっと待ってください」と素早く口を挟んだ。

「いくら私でも、灰原が“信じたい”と言ったあなたを祓えませんよ」
「それでも、お願いします。呪霊になってまで生きてるなんて嫌です。いやっ、生きてるのかわからないけど!」

 わたしの顔を見て、七海さんは珍しく目をまるくしていた。そういえば、七海さんがわたしの姿を視認できるようになってから、まだ一日しか経っていない。わたしの言動を新鮮に感じるのは当然かもしれない。
 彼はしばらくわたしの両目に視線を留めた後、無言で息を吐いた。

「……落ち着いてください。せっかくですから、少し話しませんか。灰原のこととか」

 わたしはえ、と声を漏らし、次の言葉を止めた。そして不意に、七海さんの心情に思い至る。
 彼は灰原さんの唯一の同期だ。目の前で灰原さんを亡くした翌日に、わたしのような得体の知れない相手のことを思いやり、こうして時間を作ってくれた。本当は、そんなことをする義理なんかないのに。
 七海さんは呪術師として任務先に赴いた。格下と思われた呪霊が実際は格上で、命からがら逃げ延びた。わたしと似ている。わたしは死んでしまったし、わたしはその瞬間一人きりだった。だから、生き残った人間の苦しみを考えることはなかった。
 わたしにも同期がいる。死んだのが自分の方でよかった。そんな風に考えたことすらある。
 わたしは、休憩のために地べたに座る七海さんの近くに、一歩近付いた。

「……すみません。つらい時に、ひどいことを言いました」

 合点がいかぬような表情の七海さんから二人分距離をあけて、わたしも地面に座り込んだ。
 七海さんは今、呪術師で在ることすら迷っているかもしれない。だが、同期を大切に思う気持ちだけは、わたしも同じだ。もし許されるなら、灰原さんを知っている存在として、それを七海さんに伝えたい。彼らが憎むべき呪霊のわたしが、許されることがあるのなら。

「……ひどいこととは?」
「……、今のわたしは呪霊です。今すぐに消えるべきだけど、自分じゃどうしたら良いかわからない。でも、今の七海さんに言うことじゃない。ごめんなさい」
「確かに、呪霊から“祓ってくれ”と頼まれたことはないですね」

 七海さんが穏やかに言う。

「ですが、あなたは私と灰原にとっては呪霊というより、おばけの友人です。灰原はあなたを大事な友人と考えていました。あなたはどうですか?」

 次の瞬間、わたしは泣いていた。
 涙が頬を伝い落ちる感覚は、いつぶりだろうか。わたしは七海さんの眼前で、頬を両手で押さえながら、こくこくと何度も頷いて見せた。

「……わたし、わたしは、記憶もなくて、理由もわからないまま、気付いたらここにいました。灰原さんに見つけてもらって、七海さんにも存在を認めてもらって、すごく嬉しかったです。灰原さんはいつも優しくて、笑顔が見たくて、手に触れたくなって、生きてる時も知らなかった気持ちがありました、言葉にしたい時には届かなくて……死んじゃったのに、わたしはもう死んでるのに会えなくて」

 流れる涙と同じように、溢れる言葉が止められないことを、わたしは今初めて知った。生きている頃より、ずっと色鮮やかな感情が、この胸の中に宿っている。

「灰原さんが、好きです。会いたいです」

 七海さんが小さな声で、そうですね、と呟いたのが聞こえた。



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