新たな分岐点に立つ。

 灰原さんが亡くなった翌日の夕暮れ刻、わたしは七海さんと共に高専の外の空き地に立っていた。
 昨日、夏油さんに「今は休め」と諭された七海さんは、わたしに「明日の夕方、寮の裏に来てください」と告げた後、自室に戻った。
 一晩身体を休めた七海さんは、寮の裏で待つわたしの前に現れると、開口一番「私と戦ってください」と言い放った。
 驚きに目を白黒させるわたしとしっかり視線を合わせ、七海さんは続けた。わたしが本当に呪霊であるかどうか確認すべきだ、と。
 最初に行ったのは、わたしの武器の調達である。
 七海さんは、高専の武器庫からわたしの希望の武具を持ち出すというので、苦無と短剣を依頼した。それを手に人気のない裏門から結界外に出たわたしたちは、特に言葉を交わすこともなく、近所の空き地を目指して歩いた。
 高専の結界内では、未登録の呪力を感知するとアラートが鳴る。つまり、七海さんとの呪術合戦を校内で繰り広げようものなら、たちまち関係者が飛んできて、呪霊のわたしは祓除されてしまうだろう。そう考えての行動だった。

「どんな形でも良いので、呪力を使ってみてください」

 七海さんはそう言うが、わたしは呪力操作が壊滅的に下手だ。
 だが、呪霊は身体そのものが呪力。手に握った短剣の柄から、急速に刃先に呪力が流れ込む感覚は、これまで経験したことのない高揚感を伴っていた。
 身体と呪力、武器までもが一体となり、自由自在に呪力をコントロールできる感覚。生前――人間だった頃とは明らかに違っていた。
 七海さんの合図で、わたしたちは同時に地面を蹴った。
 七海さんの体術は相当なものだったが、呪力操作を会得したわたしの動きは、彼の動くスピードを上回っていた。力では敵わないが、体術の俊敏さとしなやかさは生前のわたしが絶えず伸ばし続けた分野だ。勝機は十分にある、そう直感した。
 鉈の一撃を避け、呪力で強化した脚でステップする。彼の死角を狙い短剣を振るうも、なかなか決定打とならない。さすがの反応速度だ。
 この勝負の決着は、七海さんの鉈の一振りがわたしの短剣に振り落ろされ、刃先が真っ二つに折られたことだった。肩で息をする七海さんと視線がかち合う。

「……やりますね。苦無を使わなかったのはハンデですか?」

 七海さんの言葉に、わたしは口を開いたまま固まる。
 わたしの戦闘の本領は暗器。制服を弄り回してあるので、身体中に苦無を仕込むなど造作もない。
 苦無を使えば七海さんを圧倒できた自信はあるが、そうしなかった。彼は敵ではないから――などというのは建前で、『呪霊になった自分が、呪術師を打倒する』という構図があまりにも笑えないという理性が、きちんと頭にあったからだ。
 わたしは確かに未練があった。格上の敵に敗北したことも、自分の弱さへの憎悪もその一部だろう。呪力操作さえ上手くできれば勝てた、そう考えた回数は数え切れない。
 だが、呪術師として死んだことは誇りに思う。
 わたしが強く在ることより、誰かを守れたことのほうが遥かに意義がある。わたしを慕ってくれた友達がいる事実のほうが、ずっと嬉しい。だからわたしは、もう二度と、わたしを思ってくれる人を傷つけたくない。
 目の前の七海さんの思いに、わたしは応えたい。



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