正午、件のパン屋さんの前。可愛らしい外観のパン屋さんの前に形成された行列は整然としており、大きな混乱はない。何か問題点を指摘しろと言われたら、わたしの心臓がそれはもうバクバクの大騒ぎですと主張したい。もちろんそれは、隣に並ぶ七海さんのせいだ。
 いかにも女性をメインターゲットに据えていますといった雰囲気にならい、行列の大半は若い女性ばかりだ。わたしの隣に行儀良く無言で並ぶ七海さんは、正直とても目立っていた。薄いベージュのスーツと青いシャツに違和感はないが、いつもの色の入った眼鏡がこういった一般人の集団の中で目立つことを自覚してか、今はグレーの細縁のウェリントンの眼鏡をかけている。些か冷たい印象を受ける目元に抜群に似合っていて、本人がなんの他意もなくそういうことをやってのけるところに、わたしは今朝ぶりの「ずるい!」という感情をどう処理して良いのかわからずにいた。そんな近寄り難い雰囲気がダダ漏れる七海さんだが、その内心は入店を楽しみに待つ可愛い一面を持っている。そういうところだぞと口に出さずつっこむ。
 行列を何度か折り返す瞬間、高身長の七海さんには誰だって、意識せずとも視線が向く。時折、ひそひそ話が耳に届いた。「あの人すごく背が高いね」「インテリイケメン」「海外の俳優さんみたい」……どれも彼の容姿を賞賛する内容だった。わたしもずっとそう思ってましたと、心の中で同意と少しの抵抗を送りながら、七海さんは一般社会では引く手あまただろうなぁと考え至る。ルックスは当然のことながら、中身も素晴らしい人格者だ。呪術師として高専に所属する彼に女性の影を感じることは皆無。わたしは身勝手な片思いで楽しく勘違いしていられるが、本来はそうじゃないのだろうと突きつけられた気持ちだった。ふと、はるか上から名前を呼ばれわたしは勢いよく顔を上げた。七海さんと目が合う。

「どうかしましたか。ずっと下を向いていますが」

 あなたがかっこよくて直視できませんとも、モテることを思い知らされて落ち込んでましたとも口に出して伝えられるはずもなかった。わたしは「なんでもないです。待ち遠しいですね」と笑顔で七海さんに向き直り、そして逸らした。

「私と二人では退屈するでしょう。すみません」
「えっ?とんでもないです。一人で来る方が寂しいです」

 何も話さなくても、周囲から不釣り合いに見えても、七海さんと一緒にいる時間を退屈とは思わない。七海さんは気遣いを欠かさない人だし、わたしは常に(勝手に)ときめきで胸を満たしているのだから、感謝こそあれ、謝られてしまっては困る。身長差がすさまじいわたしたちは、近距離で目を合わせるのも一苦労だが、わたしはそれでも彼の隣にいられる時間が嬉しい。おそらくわたしの頭のてっぺんしか見えていない七海さんは、そうですかと穏やかに返事をくれた。ああ。やっぱり好きだ。そう思った。

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