3月14日の昼過ぎから任務が入った。呪霊祓除を視野に入れた現地調査。五条さんから詳細の説明を受け、手元の手帳に必要事項を書き留めていく。これは深夜までかかりそうだと経験則から察し、ふうとため息を吐き出す。私のその動作と表情から、一つの可能性を察知した向かいのソファに腰掛ける五条さんは、楽しそうに口を開いた。

「ねえ七海、もしかしてデートだった?」

 違いますと食い気味に返す。にやつくその頬を引っ叩いてやろうかという衝動は、さすがに現段階では大人気ないと判断し、口には出さなかったが。

「僕、ちょっと前に見ちゃったんだよね〜、七海がスマホで世田谷の方の高いレストラン調べてるの」
「引っ叩きますよ」

 今度は躊躇いなく口から出てしまった。世田谷の方、と言ったのはおそらく誘導尋問だろうが、事実ではあるので変に反応を示すのは旗色が悪い。補助監督兼事務員の、同僚女性の自宅が世田谷方面だ。つまり、目の前の変なところで勘の鋭い男は、彼の言うところのデートの相手まで的確に言い当ててきているというわけだ。腹が立つ以外の感情が湧かない。

「まぁまぁ、そう怒るなって。いいね、ディナーなんて楽しそうじゃん」
「ハァ。たった今、あなたの任務で潰れましたがね」
「人聞き悪いな〜、これは割り振りだよ、適材適所!」
「それくらいわかっていますよ」

 別に任務を押し付けられたとは思っていない、意趣返しに口答えをしたい気分だっただけだ。不服そうに唇を尖らせる五条さんに、子どもですかと追い討ちをかける。なんにせよ、ホワイトデーの夜に食事に誘う線はこれで消えた。バレンタインに彼女から手渡されたチョコレートは上品で気に入ったし、当日夜に急に決まった夕食のために彼女が選んだイタリアンは、居心地も味も悪くなかったばかりか、むしろ好みだった。ここまでしてもらったのだから、相応のお返しをと考えるのは自然だろう。考えを巡らせていた私に向け、不意に五条さんの声が飛ぶ。

「そういえば、京都出張も14日だった気がするけど。つーか、確か泊まり。伊地知が言ってた」

顔を上げる私に、五条さんは「めっちゃ気にしてるじゃん」と鬼の首を取ったように口角を釣りあげた。京都校への出張は事務方がこなす仕事の一つだが、誰が行くかは決まっていない。だが、ここ数ヶ月はすっかり彼女の仕事として、本人も周りも受け止めていた。事実上、担当者だろう。毎回出張の翌朝に、律儀にも京都の土産菓子を笑顔で渡してくるものだから、その姿が容易に頭に浮かんだ。個包装の生八つ橋を渡すべく、晴れやかな表情で私の名を呼びながら近づいてくる彼女はさながら尻尾を振る子犬のようで、その時間をいつも心待ちにしている自分がいる。2月14日に神妙そうに言葉を選びながら、震える手でチョコレートを差し出す姿も、別の意味で胸を打つものがあった。ホワイトデーに食事に誘ったら、彼女はどんな顔をするだろうか。仕方がないとはいえ、このプランは一旦取り下げにする他ない。また次の手を考えることにして、一旦思考を仕事モードに引き戻した。

中編≫

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