幻のドラゴン | 17


「こっちで亡くなった方の中に、お知り合いがいるんですか?」
「いえ……そうではないんですけど」

吉田が首を傾げながらこよみに疑問を尋ねる。こよみはゆるく首を横に振って否定を示した。
二人は、呪術高専京都校の敷地内、幅の狭い坂道をゆっくりと登っていた。

「高専の敷地内にあるんですね、墓地が……」
「はい。ただ、徐々に手狭になってきまして。東京校のように外に土地を買うのも、検討する時期かなと」

「まぁでも、お墓の土地がないのって、呪術師に限った問題ではないですよね」と付け加え、吉田はしみじみと笑う。
それはそうだと、こよみも同意して頷く。
しかし、高専の墓地は原則、呪術師のための土地だ。

「……百鬼夜行で亡くなった方もいらっしゃるんですよね」

こよみの問いに、吉田は目を細めて頷いて答える。

こよみが空き時間に吉田に案内を希望したのは、京都校の所有する高専専用墓地であった。
事情は東京校と同じ。呪いに関わる事件・事故の被害者のうち、身元引受人がいない、又は引き受けを拒否された人物が埋葬される。

「呪術師って職業が、日の目を見る日が来れば良いんですけれど……」
「……吉田さんは、どうしてそう思うんですか?」
「だって、家族にすら理解されない仕事って、とても寂しいです」
「……」
「呪いの存在を誰もが知っていれば、遺体の引き渡しを遺族が拒否するなんて悲しいことも起こらないんじゃないかって、たまに思います」

吉田の声は、取り繕ったような明るい声音のままだ。
こよみは吉田の気持ちが身に染みるように理解できた。こよみもまた、そんな悲しい遺族の言い分を聞くことが多い立場だからだ。

「呪いの存在を知らないからこそ、人々の心の平穏が保たれると。呪術界の上の人たちはそういう姿勢ですよね」
「そうですね。……それでも、呪いは日々生まれていますけど」
「……わたしも、吉田さんの言いたいことはわかります。呪術師ばかりが危ない目に遭い、感謝すらされない。ひどいって思います」
「…………」
「わたしの先輩も……非術師のために密かに呪術師が暗躍することこそが理想だと言った人がいました。結局、納得できなくなってしまったようですけれど」
「……、その方は今どうしていらっしゃるんですか?」
「……亡くなったと聞いています」

吉田は開きかけた口を閉じた。
こよみが頭に浮かべているのは夏油だ。まさか、百鬼夜行の首謀者の話をしているとは言い出せない。

「わたしに……補助監督にできることは、呪術師の皆さんにたくさん感謝をして、その心に寄り添うことだと思うんです」
「……鬼怒川さん……」
「吉田さんのこと、尊敬しています。いつだって場を明るくして、笑顔でいる。わたしもそんな補助監督になりたいです」

夏油ほどの実力者でも、理想を叶えることができなかった。
百鬼夜行の中で多くの呪術師が亡くなったのは、彼の本意ではなかっただろう。こよみは、そう思いたかった。

吉田はしばらく沈黙した後、ありがとうございます、とぽつり呟いた。

「私にできることってたかが知れてるって思っていたけど、鬼怒川さんの言葉で元気が出ました」
「え?そうですか?それは良かったですけれど……」
「呪霊も呪詛師もおっかないですよね。私はとても戦えません。でも、何か呪術界に貢献したくて補助監督になったんです」
「ふふ。わかります」
「ヘンテコな呪術師の言動に嫌になっちゃうこともありますけど……たぶん世の中の役に立ってるんでしょうね、そういう私たちのストレスも」
「ストレスっていうか、わたしたちの仕事ぶりが……ですよね?」
「あは、そうですそうです!」

一瞬沈みかけた吉田の表情は、いつもの晴れやかなものに戻っていた。
補助監督が元気でいること。それだけでも何かが良い方向に向かうと、こよみは信じたいと思った。

「あーあ。でもわたし、少し、鬼怒川さんのことが羨ましいです。京都には話の通じない呪術師が結構いるので」
「えっ……そうですか?昨日会ったメカ丸くんや三輪さんはとっても良い子だと思いましたけど……」
「あの子たちは良い意味で論外です。他の学生たちは個性的ですよ……まぁ、実力のあるすごい子たちなんですけど……」
「そうなんですか……」

悩ましげに眉間にしわを寄せる吉田に相槌を打ちながら、こよみは東京校のことを思い出していた。
学生はみんな良い子だ。言語的な意味で話の通じない狗巻もまた、優しい心根の持ち主であると、相対すればすぐにわかるほどに。

「それにほら、七海さんがいらっしゃるでしょう?」
「あー……はい、そうですね……」
「うちにも七海さんみたいに強くて学生に尊敬されるOBがいれば、少しはまとまる気がするんですが」
「…………」

しみじみとぼやく吉田の隣で、こよみは気付かれぬよう苦笑を浮かべた。
そんなに素晴らしい評判の主と、こよみは共に渦中なのである。




京都校の墓地は、高専敷地内ということもあり、東京校の所有する霊園と違い高い柵などの隔たりは存在しない。
それでも、校舎やグラウンド・寮といった生活圏からは徒歩十五分ほどかかる場所に位置する。
広大な敷地内の丘の上、蛇行する道程の突き当り。ひっそりとした環境が起因して、普段からあまり気に掛けることはないようだ。

「数年前から、墓標に名前を彫るのをやめてしまったんです」
「……それって、東京校の墓地であった、お墓を暴く呪詛師騒動のせいですか?」
「はい。高専の結界内とはいえ、用心するに越したことはないという上層部の意向で……」

墓標にはそれぞれ番号が振られ、埋葬されている者の情報は管理簿に保管されている。
それが学内に存在するのだから、「あまり意味がない気がするんですけどね……」と吉田がため息交じりにぼやいた。

「そうだ、鬼怒川さんはお聞きかもしれませんけれど。昨日、七海さんをここにご案内したんです」
「え?そうなんですか?」
「あれ?お聞きではなかったんですね。まぁ、言う必要はないかもですけど」
「どうしてですか?空き時間に?それとも業務上何か必要性が……」

初耳だ。
こよみは驚き、頭に浮かんだ疑問を次々と吉田にぶつけた。
吉田はその勢いに一瞬だけ息を呑んだが、特に聞き返すこともなく、質問に答えようと口を開いた。

「午後の予定が始まるまで時間があったので、その時ですね。グラウンドでお待たせするのも忍びなくて、お手伝いできることがあればとお聞きしたら、お墓参りをしたいとおっしゃって」
「お墓参り……」
「お知り合いがいらっしゃるのかと思いお尋ねしたら、百鬼夜行で亡くなった方に手を合わせたいと」
「…………」
「七海さんが現着する直前に、現場にいた呪術師や、高専関係者が何名か亡くなっています。私はそれならと管理簿を持ち出してご案内を……、鬼怒川さん?」

「わたしも……案内していただいても良いですか?」

まぶたに熱を感じ、声が震えた。
こよみはせめて涙が落ちないようにと、引き結んだ唇の内側で、歯を強く噛んだ。

「ええ、もちろんです。……七海さんも鬼怒川さんも、お優しいですね」
「七海さんがそうするから、わたしもそうしたいと思っただけですよ」
「でも、鬼怒川さんは七海さんの真似をしてここに来たいと言ったわけじゃないでしょ?ふふ、私は知ってるんですから」

吉田が笑った。
こよみも泣くのではなく、小さく笑うことにした。
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