ありふれたせかいせいふく | 01


「生意気な一年坊にはちょうどいい任務、くらいに思われてんじゃねーの」

その口調にも体勢にも、ふてぶてしい態度を隠そうともせず、五条悟は言った。
向かいの座席に座る夏油傑がおもむろに顔を上げ、五条の顔を見る。
自身の左の体側にどっかりと無遠慮に伸ばされているのは、五条の両足だ。
揺れる電車の四人掛けの座席を窮屈に陣取る、黒い制服姿の大男二人は、特段周囲に迷惑をかけているわけではないものの、その存在感は異様なものがあった。

「悟、行儀が悪いぞ。足を下ろせ。ただでさえ目立っているのに」
「ワリィな、足が長いもんでさ。ここ指定席だろ、いーじゃん別に」
「私たちの指定席は窓際二つだけだよ」
「じゃあお前、そこ座っちゃダメじゃん。ウケる」
「誰のせいで窓際に座れないと思っているんだ?」

夏油の左手が五条の足を軽く叩く。
五条はそれでようやく渋々足を下ろすと、やはり窮屈そうに足を組んだ。

「お前の実力はともかく、私たちはまだ入学して間もないからな。まぁ、旅行気分で行こうじゃないか」
「それ、俺の台詞じゃねえ?珍しいな、傑が任務に対してそのテンションなの」
「悟が任務のレベルを下に見ているからだろう。そこに関しては私も同感だしね。ただまぁ、気がかりなことはある」

夏油が手持ちの荷物から取りだしたのは、今回の任務の概要と、出張先の地図が記された書類だ。
静岡県のちょうど真ん中あたりに位置する観光地。名物は温泉とイノシシ鍋、そして黒い鳥居の神社だ。

「特級呪物の回収ねぇ」
「もっと正確に言うなら、特級呪物になりかけている“何か”だな。特級かどうかもまだわからない」
「ガキのお使いかよ。そんなの誰にでもできるだろ」
「だからこそ一年生の私たちに課せられたんだろ。というか、特級呪物の回収は軽い任務じゃない」
「はいはい。で、どこにあるんだって?それ」
「現時点では不明。探し出すところからが私たちの任務だ」

五条が「うげ、マジかよ」と言いながら表情を歪める。
夏油が口にした“気がかりなこと”とは、どちらかと言えばこちらのほうだった。
呪いの存在についての秘匿の原則。一般人――非術師にとって呪いとは視認もできなければ、触れられたことに気付くことすらできない。
それでも、そういった存在にまで害をなすモノ。
等級の高い呪物は、強い呪いを寄せ付ける。それを、呪いの見えない人間に説明して理解させることは、呪術師が呪いを祓うことよりもよっぽど骨の折れる作業だ。

「噂によると、この土地は地域信仰に熱心で、その中心にあるのがおそらくこの神社なんだろうね」
「あー」

合点がいったように、五条が心底面倒くさそうに息を吐く。

「わかりやすくて助かるけどね。熱心な人たちから信仰の中心を取り上げることになるとしたら、少し手間だな」
「モノっつーより、人の信仰心のほうがよっぽど怠いだろ」
「違いないな。まぁ……そのための対策も用意はしてあるけれど」

書類の底にある、仰々しく白い布で包まれた物体を見下ろし、夏油は溜め息を吐いた。



* * *



電車で約70分、バスで50分。合計二時間。
東京からの新幹線と在来線の乗り換えの時間も含めると、総移動時間は約四時間。
旅行を目的とする“観光地”なのだから、それ自体におかしな点は見当たらない。

「任務で来るにしちゃあ遠いよな〜」
「その割には電車は快適だったね」
「観光電車?ってやつだし、駅弁食うにも余るほど時間があるしな」
「どうせ泊まりだし、旅行気分で」
「二回言ったな。傑も割とめんどくせーなって思ってんだろ?」

夏油は後ろからちょっかいをかけてくる五条に適当に返事をしながら、頭を上げて周囲を見回した。
二人を降ろしたバスは次のバス停へ向けて発進していった。
同じバスを降りた観光客と思しき若いカップルと家族連れは、観光マップを眺めながら思い思いに散っていく。

「雪風神社っていうみたいだな」

五条が言う。
周囲から聞こえてくる、自然に耳に入ってくる単語だった。
五条と夏油が目星を付けていた神社は、観光雑誌に“雪風神社”という名前で掲載されているらしい。

「よし。悟、聞き込みしよう」
「うえっ、なんでだよ。別に、もうその神社行って呪物回収すれば良くね?」
「それはそうだが、気付いたろ、この村の異様な雰囲気」

夏油が視線を上に向ける。
鳥のように空を飛び回る生き物は、明らかに異形の様相を呈している。
見る者が見ればすぐに理解できる、あれらは全て呪霊だ。
明確に視線を向ける者がいないというだけで、辛うじて平和との均衡を保っている状況。

「こんなにうじゃうじゃいるのに、ここの人ら、誰も呪霊見えねーのかよ。やべえだろ」
「ああ。これでは一人でも“事情を知らない”“見えるだけの者”がこの場に入り込んだ瞬間に、血の海になるかもしれない」
「それに、帳を下ろすにしてもなぁ……」
「生活圏に呪霊が入り込みすぎているし、さすがに村全体となると範囲が広い」

等級はさほど高くはないものの、空を覆い尽くす勢いで飛び回る呪霊が日を遮り、五条と夏油の目には村全体が薄ら暗く見えるレベルだ。

「どーする?」
「そうだな。とりあえずあれらを祓おう」

言うが早いか、夏油の操る呪霊が空に放たれ、周囲は夜のように暗くなった。
巨大な雲が日差しを遮るように、より質量の大きい生物が村を覆い、尚且つ異形を食らう様子は、呪霊が見える者からしたら相当な恐怖だろうと夏油は察する。
大型のウツボのような形の呪霊が、角砂糖に群がる蟻のような下級呪霊たちを、あっという間に丸飲みにしていく。
そうして役目を果たした夏油の使役する呪霊は、音もなく姿を消し、辺りは再び穏やかな日光が注ぎ始める。

「おい傑、あれ」

五条に肩を叩かれ、夏油は彼の視線の先を見やる。
五条が顎で指し示す先には、赤いランドセルを背負った一人の少女がいた。
額にびっしりと脂汗をかき、真っ青な顔で、何もない空を見上げている。
腰を抜かしたように砂利道で尻餅をつき、ランドセルの肩ひもを掴む手ががたがたと震えていた。

ふと前方で、全身黒の大男二人が自分を見て何かを話していることに気付いた少女は、大きく肩を震わせた。

「指をさすな悟。怖がらせるだろ」
「いや、もう遅いって。化け物見たような顔してんじゃん」
「実際、見たんだろうな。……よし、あの娘に聞いてみることにしよう。行くよ」
「えー。俺ら、下手したら職質されんじゃねーの?」

ぶーぶー文句を垂れる五条を置いて、夏油はさっさと少女のほうへ向けて歩き出した。
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