×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


 私のドタキャンにより延期となってしまった童磨さんとのデートの機会は、案外早く訪れた。

 二日後の日曜日、仕事がオフで昼前に目を覚ました私はスマホを見てギョッとする。童磨さんから朝イチで『名前ちゃん今日の夜なんて空いてないよね?』と連絡が入っていたのだ。何回かやりとりをし、18時に私の住むアパートまで童磨さんが迎えに来てくれるという形で話は落ち着いた……のだけれど。

「……はぁ」

 心持ちは複雑だった。それもこれも全部冨岡さんのせいである。プライベートで冨岡さんの顔を思い出したことなんて今日の今日まで一度も無かったのに、別れ際に見せたあの表情が二日経った今でも脳裏に焼き付いたまま離れないのだ。……ああもうだめだめ早く忘れないと!だって今日こそあの童磨さんとデートなんだよ?あとちょっとで約束の時間なんだし気合い入れて準備しなくちゃ。

 頭を切り替えた私はすぐに洗面台に向かい、化粧もそこそこに仕上げてからクローゼットにしまってあるワンピースに手を伸ばす。二日前にも着たこの服やパンプスは何となく避けたい気持ちもあったけど、他に勝負用の服なんて持っていなくて。しばらく悩んだ末、先日とほとんど同じような服装に決めた私は約束の五分前に一階のエントランスへと足を進めるのだった。




「あ!やっほ〜名前ちゃん!」

 エントランスの前には私の住むアパートには似つかわしくない高級そうな車が一台停まっており、うわ〜凄いなぁと完全に他人事のように思っていたら中から顔を出したのが童磨さんで大慌てで近くまで駆け寄った。

「やっほー…じゃなくて!童磨さんどうしたんですかこの車……」
「ああこれ?父さんのこっそり借りて来ちゃったんだ〜。さあどうぞ、乗って乗って」

 乗って……って、もしや。お恥ずかしい話、迎えに来るっていうのはてっきり歩いてここまで来てくれるものだと思い込んでいたし、童磨さんは日頃バイクを使って出勤することが多いから車というイメージはこれっぽっちも頭に無く。にしても、いきなり密室かつ二人っきりだなんてハードル高すぎなんじゃ……。予想外のこの状況に軽く眩暈を覚えたが、「どうしたの?早く早く〜」と促されるまま助手席に乗り込み、シートベルトをかっちり締める。それを確認すると童磨さんは車をゆっくり発進させた。

「名前ちゃん今日は突然誘っちゃってごめんね。本当に用事とか無かった?」
「あ……はい、元々日曜日は休みですし童磨さんからのお誘いがなければきっと一日中家にいる予定だったんで…」
「あはは!今日予約してるお店ね、土日しかディナーやってないからちょうど良かったよ〜……あっやべ、ちょっと急ぐね」

 少しだけスピードを上げた童磨さんは「そこのオーナー、猗窩座さんっていう人なんだけどめちゃくちゃ時間にうるさくってさあ。何分か遅れただけでも絶対店に入れてくれないんだよ。ひどくない?」と困った口調の割にやけに楽しそうな笑みを浮かべている。

「童磨さんとそのオーナーって仲良しなんですね」
「え〜どうかなあ?まあ俺は猗窩座さんのこと大好きなんだけどね」
「昔からのお知り合いなんですか?」
「うん、学生時代からの腐れ縁ってやつ?……あ、だめだよ名前ちゃん、猗窩座さんに興味持ったら。猗窩座さん既婚者なんだし今から行く場所も奥さんと二人でやってるお店なんだからね」
「ふふふ、わかりました」

 さりげなく会話をリードしてくれる童磨さんのおかげで、緊張も次第に解れていく。ほら、やっぱり童磨さんはこんなにも素敵な人じゃないか。童磨さんのことを悪く言っていたどこかの誰かさんにも聞かせてあげたい気分だ。そんなことを考えながらしばらく童磨さんとの会話を楽しんでいると、「あ!名前ちゃんあれだよ、見える?」と、都心からやや外れた長閑な場所に一軒のカフェレストランが建っているのがわかった。店と向かい合った場所に用意されている駐車場に車を停め、私たちはそのまま入口へと向かう。

「いらっしゃいませー……って何だよお前かよ」
「え〜猗窩座さん第一声がそれって!久しぶりに会ったのに冷たいなあ」
「それよりお嬢さん、コートお預かりしますね」
「あ、ありがとうございます」
「猗窩座さん俺のも俺のも〜!」

 今日の童磨さん、仕事をしている時とはまた違う顔になってる。…もし今以上の関係になったら、もっと色んな顔を見ることができるのかな、なんて。相変わらず猗窩座さんと楽しそうなやりとりを続けている童磨さんを横目に、柄にもなくそんな乙女っぽいことを考えてしまうのだった。









「ほら名前ちゃん、グラス持って。…それじゃあ二人のデート記念にかんぱーい」
「か、かんぱーい…」

 この後運転を控えている童磨さんと、翌日早めに出勤したいと思っている私はノンアルコールのシャンパンで乾杯をする。一口飲んで顔を上げると、真正面にはいつも憧れの眼差しで見ていた人が座っていて何だか不思議な感じだ。そんな私に気付いたのか、童磨さんもゆっくり視線をこちらに移動させる。

「そんなに見つめられたら照れるんですけど」
「え!あ……ごめんなさい……」
「あはは、そんないちいち謝らないでいいよ〜。本当名前ちゃんって可愛いんだから」

返答に困って口を閉ざしていると、料理の皿を持った女性がこちらに向かって歩いてくる。

「こんばんは童磨さん、苗字さん。本日はご来店ありがとうございます」

 ふわりと優しく微笑むこの人はきっと猗窩座さんの奥さんなんだろうな。雰囲気がどこか猗窩座さんに似ている気がする。それに、小柄な上に色が白くてかわい…

「あっ久しぶり〜恋雪さん!今日も変わらず可愛いねえ」

 思考を遮るような言葉に、頭の中が一気に真っ白になる。さらに言葉を続ける童磨さんは、私が今どんな表情をしているのかきっと気付いていない。ううん、絶対気付いていない。恋雪さんと呼ばれる女性が「──それではごゆっくりなさって下さいね」と再び厨房へ戻って行くと、ようやく童磨さんは私に声を投げかけた。

「じゃあ早速食べよっか!……あれ名前ちゃんどうしたの?何か顔色悪くない?」
「い、いえ。そんなことないですよ」

 こんな言葉一つで一喜一憂して、自分でも単純だってわかってる。わかってるよ。でも今まで浮足立っていた気持ちがだんだん滑稽なものに思えてしまって、何とか表情だけは崩さないようにしていても頭はすっかり冷静さを取り戻していた。その後も表面上は大いに食事を楽しむ私に、童磨さんが少し抑えめのトーンで話を切り出してきたのは最後のデザートを食べ終えた時だった。

「名前ちゃんってさ、鬼舞辻グループって知ってる?」

 知ってるも何も、この国に住んでいる以上誰しも一度はその名前を耳にしたことがあるはずである。ちなみに鬼舞辻グループとは医薬品から生活用品、果てにはカフェチェーン店まで幅広く手掛けている日本屈指の大手グループで、私が使っているシャンプーや洗濯用洗剤だって鬼舞辻グループの子会社から発売されているものだった。

「?はい、勿論知ってますけど……」
「ほんとに?良かった〜。実は俺、代表の一人息子なんだよね」
「へえ、そうなんですか……って、む、息子…?!」
「そう。だからあと何年かしたら俺が代表になるんだ〜」

びっくりした?と子供みたく聞かれて、ただこくこくと頭を動かす。…けど、その話が本当なら一つだけ腑に落ちない点がある。

「あ、その顔。じゃあ何で喫茶店でアルバイトなんかしてるんだって思ったでしょ」
「……おっしゃる通りです」
「父さんがさ、若いうちはとにかく色んな経験しろってうるさくて。だから俺、調理師免許も取ったし海外の大学で経営学の勉強もしたんだけどそしたら次は自分でアルバイト先を見つけて社会人経験してみろだって。突然そんなこと言われたって困るじゃん?でもちょうどあの喫茶店で求人の張り紙してるの見つけたから何とか助かってさあ──」

 喫茶店には一年近く通っているけど、こういう話を聞くのは初めてだった。なるほど、それならある日突然童磨さんが従業員として働き始めたのも納得である。

「……ねえ名前ちゃん聞いてる?」
「!す……すいません、聞いてませんでした」
「じゃあもう一回言うね。名前ちゃん、もしよかったら俺と結婚しない?」
「………はい?」

あまりにも自然に飛び出した言葉に思わず目が点になる。え、なに?今……結婚って……?

「俺、結婚相手だけは自分で決めたいからお見合いとか全部断ってきたんだけど名前ちゃんといたら楽しいし、結婚したらもっともっと楽しいんじゃないかって思うんだ。だから俺と結婚しようよ」
「い、いやいや!結婚だなんてそんなこと急に言われても…」
「あ、わかった。じゃあまず付き合ってから決めてもいいよ。俺名前ちゃんのこと大好きだし!ね、そうしようよ〜」

 そう言われて両手をぎゅっと握られても、手放しで純粋に喜べないのはどうしてだろう。だって私、今まで童磨さんが……童磨さんのことが……。そんな中、急に童磨さんのポケットに入っているスマホが振動して「あ、ごめんちょっと待ってて」とスマホを持ったまま店の外へ出て行っては、数分もしない内にまた私の向かいの席に戻って来る。

「あの、何かあったんですか?」
「んー?いや、マスターからの電話だったんだけどね。なんか義勇さんが昨日からひどい風邪みたいで明日代わりに仕事入れないかーって」
「……え?」
「義勇さん滅多に仕事休んだりしない人なのに…よっぽどツラいのかなあ?心配だよね〜」

風邪?しかも、昨日から?最後に見たびしょ濡れの冨岡さんの姿が脳内に浮かび上がる。

「そんなことよりさ、名前ちゃんさっきの返事は?」
「あ……えっと、」

多分、今日の私はどうかしている。こんなの「はい」か「イエス」しか選択肢が無いはずなのに、

「……ちょっと考えさせてください」

ほら、やっぱりどうかしている。

(2020/05/30)
<<   >>